小説:ColorChange


<ColorChange 目次へ>



これで終わりでいいですか?
《 Acting.by アキラ 》



 撮影中のスタジオに入ると、ソフィがポラ撮りの真っ最中だった。

 「あれ? アキラさん?」

 気づいた野口が駆け寄ってくる。
 その声に、周囲のスタッフが驚いたように顔を向けてきたから、敢えて、唇に指をあてて冷静を促した。
 幸い、撮影中のソフィまでは、このざわつきは届かなかったようだ。

 ホッと息をつく俺に、

 「すみません・・・」

 声が大きくなった事に眉尻を下げながら、野口が首をひねる。

 「でも、一体どうしたんですか? ソフィちゃんが何か?」

 「いや、・・・ちょっと気になってな」

 言いながら、俺は感良くポーズを決めるソフィを見た。
 集中して浴びせられる白いライトの中、ドレスを着て舞うようにショットを撮られる彼女。
 まだ小さい体で精一杯表現して、カールされた黒髪が跳ねるたび、笑顔は増していくように見えるのに――――――、


 「はーい、ソフィちゃん、こっち向いて」

 「いいね。目線は右ね」

 「笑顔ね〜」


 カメラマンが指示を出す度に、だんだん不機嫌になってる・・・?
 リズムが合わないのか、それとも、何かに、怒って――――――?


 「さすがの貫禄ですよね」

 苦笑しながらの野口に、俺は息をついた。

 「お前にはアレがそう見えるのか?」


 そう思わせるソフィを褒めるべきなのか・・・。


 「え? 違うんですか?」

 「9才の子供がする笑い顔じゃないだろ?」

 幾ら業界が長くて慣れているんだとしても、綺麗すぎて、違和感がありすぎる。




 『大丈夫よ――――――』

 そう言いながら、痛い程に無理をして笑う、ケリの笑顔を思い出した。



 「あ、いいね〜その笑顔」

 カメラマンがそう言った瞬間、


 「・・・」

 泣く、


 何故か、強くそう思った。


 休憩が告げられ、歩き出すソフィ。

 『ママが、最後に作ってくれたデザート・・・』

 あの寂しそうな顔が、何故か俺の胸を掴んでいる。
 どこまで関与していいのか思考するうちに、スタジオのドアが開かれて、藤間がひょっこりと入って来た。

 「出番か?」

 「いえ」

 首を振る藤間。

 「アキラさん、すみません。スポンサーのゴリ押しで、ショットの撮影が追加されました」

 「いつ?」

 「今日です・・・」

 俺に対しての申し訳なさそうな、というよりも、

 「くく、お前も、帰れないな」

 クリスマスに瞳と過ごせなくなった藤間に、意地悪く、笑いを聞かせてやる。

 「いえ、ボクは別に。―――――瞳も解ってくれてますし・・・」

 「―――――だな」

 この様子だと、

 『アキラさんが働いているのに、当たり前でしょ!』

 事務所の事が絡むと強気になる彼女は、恐らくそんな叱咤激励をしたんだと思う。

 「それから、年末年始は1週間、ホテルに滞在しろと樋口さんが」

 「ホテル?」

 俺が眉を顰めると、「あ〜」と野口が頭をかいた。


 「年末特番の営業とっちゃったんで、もしかしたらソレ関連かもですね」

 「特番?」

 「はい。実は、この局の年末6時間特番が、司会者のスキャンダルで放送出来ない事になっちゃいまして、その穴に、うちの事務所から企画をぶち込んだんです。今、視聴率が取れる番組が少ないですからね。意外と二つ返事で呆気なく決まっちゃって。うちのアイドルグループ総動員のお祭りにして、後半は俳優陣をゲストで呼んで、その、・・・ちょっと、・・・"大人な色気"を出していこうって・・・」


 チラリ、と野口の視線が上がって来た。

 「まあ、つまりそこが、アキラさんの出番なんですけど・・・」

 合わせていた視線が逃げ出した。

 「あの企画、通ったんですね〜、・・・あはは」

 「・・・」

 どんな企画か、あまり聞きたく無いような気がする――――――、


 ため息交じりに肩を落として、

 「?」

 視線を感じて顔を向けると、ソフィがこちらを見つめていた。
 軽く手をあげると、ソフィも返してきて、

 「・・・ああしていると普通の女の子なんですけどねぇ」

 気を取り直した野口が、ソフィを見て微かに笑みを浮かべる。


 "VIPちゃん"

 考えてみれば、野口はソフィの事を最初からそう揶揄していた。
 その表現に、有名な若手女優か子役だと勝手に想像していたが、顔を見ても、俺の記憶の中には該当が存在しなかった。


 「野口、ソフィは、」


 湧き上がる疑問を、口にしかけた時だ。
 震え出した藤間の携帯。

 「―――――わかりました。アキラさん、やっと次のシーンに移れるそうです」

 「そうか・・・」

 意図せず、息が漏れる。


 『こんな事ばかり繰り返していたら、女優として後退する』


 大人気なくイラついた俺にそう窘められたカンナは、それ以降、すっかり演技の勘を失っていた。

 もう少し、うまく言ってやれれば良かったのか――――――・・・。

 だが、"男"を求められている以上、曖昧な態度は必ず後に響く。
 特に、"女"の行動に事務所の意向が入っている時は――――――。


 「すみません」

 不意に、耳に届いた藤間の声に、思わず目を見開く。

 「次からは、きちんとブロック出来るようにしますから」

 「――――――」


 何かを、聞いたのか。
 それとも、察したのか。

 どちらにしても、今の藤間の目を見ていると、カンナとの事は事務所にとってはプラスに働いたらしい。

 それだけでも、収穫出来た事を、良しとするか――――――。
 自然と笑いが零れた。


 「期待してるよ」

 藤間の肩をポンと叩き、意味深な笑いを浮かべながら会釈をする野口に手を振って、俺はスタジオの外へと歩き出した。








著作権について、下部に明記しておりマス。



イチ香(カ)の書いた物語の著作権は、イチ香(カ)にありマス。ウェブ上に公開しておりマスが、権利は放棄しておりマセン。詳しくは「こちら」をお読みくだサイ。