小説:クロムの蕾


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ルビ
PROLOGUE


 僕が腰を振る度に、長くて綺麗な金髪が白いシーツに波を打つ。

 目の前の背中から、血管が浮き出る白い項まで舌を這わせて、跡がつかない加減で肌に吸いつく。

 【ああっ、んっ、あっ】

 隠れて見えない胸の柔らかさを手探りで掴んで、何度か大きく揉みまわし、僕は折っていた身体を起こして膝立ちの体勢を整え直した。
 彼女の奥を突く律動は止めない。

 【ん、あぁ、……ッ】

 快感が走る度、華奢な体にくっきりと浮き上がった彼女の背骨が右へ左へくねくねと曲がる。

 本当は、後ろから愛するのはあまり好きじゃない。
 僕にとってセックスの楽しみは、ほとんどが女性が悦ぶ顔にあるんだ。 

 でも"今"抱いている彼女は、僕の顔を見ると神への冒涜だという懺悔の心に苛まれるとかで、これまでもなかなか色っぽい顔を見せてはくれなかった。

 【んんっ】

 痙攣するように身体が大きく震えたから、腰を掴んでゆっくりとした動きに変えて様子をみる。

 【――――イライザ?】

 頬をシーツに押しつけて、肩で息をして何かに耐えていたようなイライザは、僕に呼ばれると徐に身体を反転させてきた。
 繋がったまま向き合いたかったらしいから、僕も協力して叶えてあげる。

 前から見る21歳のイライザの身体は、色香が湧いて出てくるようでとても美しかった。
 やっぱり血管が蒼く浮き出る白い肌。ところどころ、僕に愛撫された所が桃色に染まっている。
 その身体の妖艶さには比例していない、うぶに真っ赤になった彼女の顔を見て、僕はクスリと笑った。

 【どうしたの? 今日は顔を見ていいの?】

 汗で額に張り付いた前髪を指で避けると、イライザは綺麗な青い眼差しで僕を見つめ返してくる。

 ああ、またか。
 僕はその意味深な表情を黙って受け止めた。


 【……ルビ。今日で最後にしましょう?】


 やっぱり――――。


 【……どうして?】

 【ルビ】

 彼女の手は僕の頭に伸びてきて、労わるように撫でてくる。

 【たくさん愛してくれてありがとう。あなたは神様からの贈り物だわ】

 【イライザ……】

 大人の女性の線引きはよく分からない。
 どこからが僕は"愛人"で、どこからが"贈り物"なんだろう?
 その判別はもちろん、僕と彼女の関係の場合、彼女の方が決定権を持っているわけで―――。


 芯のある女性は強い。
 か弱そうに見えても、一度決断すると身を焼く事も拒まない。

 イライザの今日の瞳も、そんな意思を持っているように見えた。

 僕は、止めていた律動を再開した。
 こすれ合う結合部が卑猥な音を立てる度、イライザのふっくらとした唇から色付いた吐息が洩れる。

 【綺麗だ……肌が、バラ色に、染まっていく】

 彼女を揺らしながら、首筋から下腹部にかけて指先を這わせる。
 ビクンビクンと身体を反応させながら、彼女は何度も僕の名を呼ぶ。

 両肘で彼女の両膝を開かせて支え、伸ばされた彼女の手をそれぞれ握る。

 【ルビ……ッ】

 スピードをあげて身体を波打たせていくと、僕の眼下で、一つになった場所から愛が湧きたつ音がする。


 【もっと、啼いて】

 【ルビッ】

 【そうやって、乱れるの、可愛い、よ、イライザ】

 【ああっ! ッ、ふッ、……ッ】

 中の痙攣が体中に打ち響いているようだった。
 再びイってしまった彼女に合わせて動きをとめ、僕は組み合った手を彼女の顔の横で押さえつけ、唇を重ねる。

 【ふぅ、ん、……ルビ、は? イったの?】

 【ううん。これから】

 【―――え?】

 【黙って】

 "僕"はまだ彼女の中。
 一番奥にたどり着いた状態で止まっていた。

 唇を開いて舌を出し、イライザの口に深く挿し込んで、引き抜く。
 何度か繰り返すうちに、擬似的にそこが結合部のような快感が走る。

 喘いでも飲みこまれてしまう深いキスに、僕が動かなくても、彼女の中は溶けそうなほどの熱を持ち、自然とうねってきた。

 "僕"を包みこんで、次第に強く収縮していくのが分かる。

 その熱い自然の抱擁に任せながら、両手で彼女の頬を挟んで、ただ、見つめる。

 彼女の瞳に僕が映るのが見える。
 その奥まで覗けそうなほど、視線で侵す。

 ビク、と彼女の中が強張った。

 【ああ、あ、ああっ、】

 跳ねるように細い身体が痙攣した。
 彼女の目尻から涙がこぼれる。

 頭を振って僕から目を逸らそうとしているけれど、両手で抑えつけて、決して許さない。

 【……あ、イクッ! あッ】

 小刻みに全身が震え、青い瞳が一瞬、現実以外の場所へと羽ばたいてイったのが分かった。



 【綺麗だ―――】


 そう言って僕が微笑むと、朦朧としたイライザは、幸せそうに微笑んだ。


 【イライザ……】


 親愛を込めて長く額にキスを落とし、僕は再び身体を揺すった。
 高まっていく感覚を、女性であるイライザは脳のどこかに、男性の僕は物理的な場所に集めて溜めこんでいく。

 【凄く、いい】

 最後まで、止まらずに動き続ける。
 次の波では僕も素直に快感を吐き出し、左肩にはそれに応えた爪跡が残されていた。



 ――――――
 ――――

 眠っている間に出て行っていいかから――――。

 そう言ったイライザが眠りについてしまう寸前まで、バードキスを繰り返した。
 笑みが綻び、時々涙も零れていたけれど、出会った三ヶ月前に比べればとても健やかになったと思う。
 穏やかな寝顔に、情はある。

 「幸せに……」

 着替えを済ませた僕はそう日本語で呟いて、一度だけ彼女の頬を手の甲で撫でてから、部屋を出た。

 【お待たせ】

 ドアの横で立ったまま待機していた黒いスーツの男2人に手をあげる。

 うち一人、一番僕のボディガード歴が長いウェイン・ホンがもう一人に指示を出すと、さっそく車を呼びだす連絡が取られた。

 僕は足を止めずにエレベーターまで進んでいく。
 先回りしてウェインが呼び戻しボタンを押してくれた。

 背後に男二人を従えてロビーを突っ切り、そのままエントランスを出ると、タイミングを見計らったように黒のBMWが目の前に滑り込んでくる。
 開かれた車内に素早く乗り込んで深く息を吐き出すと、反対のドアから隣に乗り込んできていたウェインが僕を見た。

 【どうかしたんですか?】

 車は走り出し、ロングビーチ地区特有の低い建物の間をすり抜けていく。


 【――――捨てられた】

 【そうですか】

 【ここ最近で3人目。まあ、来月には僕から終わらせなきゃいけなかったから結果的に都合は良かったけど、――――どうしてかな】

 【あなたに問題があるんじゃないですか?】

 【……どこに?】

 【不誠実さ?】

 生真面目に答えるウェインに、僕は思わず笑いが零れる。


 【愛人……、セックスフレンドに誠実さを求めていたってこと? 意外とロマンティストだね、ウェイン】


 くすくす、と一頻ひとしきり笑った後、僕はウェインと反対の車窓に目を移した。
 足を組み直し、フルスモークの窓に映る自分の顔を見る。


 【ルビ。―――あなたはまだ15歳の少年です。あまり急いで大人になる必要なんかないんですよ?】

 僕の向こうに映るウェインがそんな言葉をかけてきた。

 【……僕はただ、楽しく過ごしたいだけだよ――――――】



 あなたは、神様からの贈り物だわ……


 イライザの言葉を思い出す。

 クリーム色に近い金髪。
 ヒマワリが咲いたようなヘーゼルの瞳。
 くっきりとした二重に、鼻筋も、この唇の形も。

 世の女性の8割は美形だと認めるらしい顔。

 ハリウッドスターとして世界に名を馳せる父親あいつから濃く受け継いだDNAの産物は、自分の顔ながら、本当に良くできていると思う。

 作りだけは、良く似ている僕たち親子。
 ただし、彼の精悍さと僕の儚い空気感は余りにも違いすぎて、親子だと知らない者はなかなかイメージが結びつかず、この関係を悟られる事は少ない。


 似ていても、

 僕は、

 僕はあいつとは違う―――。



 【ルビ、予定通り本社へ戻っていいんですか?】

 沈黙を割ったウェインに、

 【うん】

 応えた後、

 【――――あ、待って。やっぱりケリの所に一度寄りたい】

 なんとなく、彼女に会いたくなった。

 【わかりました。おい】

 ウェインの合図に運転手が頷くと、スムーズに車線変更が行われた。


 半島を巡るような立地のランチョパロスバーデス。
 この地区の、およそ海岸線に近い場所にケリの屋敷はある。

 冬の季節になるとラナンキュラスが咲き誇る美しい庭園は、この夏の盛りは緑が溢れていて、白亜の上にデザイン的にレンガが施された低い建物とのコントラストが綺麗だ。

 駐車スペースから真っすぐに庭園のガーデンテラスに向かう。
 ちょうどシエスタ昼寝の時間だ。

 僕の予想通り、テラスの真ん中で白いサマードレスを着たケリがサンベッドに眠っていた。

 ガラスを通って降り注ぐ太陽の光を浴びて緑色に輝くケリの髪。

 普段は日本人らしい漆黒の髪が、何故か自然光の中では変色する。


 "アレキサンドライト"とは、あいつもよく言ったもんだ――――。


 彼女の隣にあったチェアに腰かけて、僕はケリの頭をそっと撫でた。

 その弾みか、閉じられた瞼の下に溜まっていたらしい涙が、目元からポロリと流れた。

 「ケリ……」

 額にそっとキスを落とす。

 あいつと離婚してもうすぐ3年。
 泣かずに眠れる日はまだ来ないらしい。

 それほどに深愛を捧げた結婚生活で、だからこそ、深く傷ついた過去。

 彼女が一番苦しい時、僕はまだ子供で、助け出せる力を持っていなかった。


 「……ルビ?」

 キスに気付いたのか、ケリがうっすらと目を開けた。
 同時に、新しい涙がぽろりと落ちる。

 「ケリ」

 指でその涙を拭い、僕は瞼にキスを繰り返す。
 恋人のように甘やかすけれど、彼女は歴とした僕の産みの母親だ。

 「ルビ、いつきたの?」

 「ついさっき」

 「そう。―――準備は進んでる?」

 「うん。これから"Stella"の本社に行って数日は籠り切りになるから、その前に会いに来た」

 「嬉しい……」

 僕に支えられるようにして身体を起こす。
 寝起きのケリは、息子の僕でも胸がときめいてしまうほどフェロモンが垂れ流しだ。
 華道や茶道で培われた所作の美しさは社交界のパーティでもいつも注目の的で、外見の美しさではなく、内側から滲み出る透明感に近寄る誰もが魅了された。

 決して目の醒めるような美人ではない彼女があいつに目に留まったのは、性別を問わないこの引力のせいだと思う。


 「日本では、いい物件が見つかるまではホテルに滞在する事にしたからね。やっぱり実際に見ないとウェブでは決断できないよ」

 僕が多少難しい顔でそう告げると、ケリが笑みを零した。

 「いざとなればK'sケーズの一室に入ればいいわよ」

 K'sケーズは、ケリが数か月前に日本にオープンさせたホストクラブだ。
 商業用フロア以外をスタッフ用に住居スペースとしてリフォームしてあるらしい。

 「だめだよ。セキュリティが難しい」

 「ふふ。ルビったら。日本は世界でも有数の"安全な国"よ?」

 「女にとってって意味。Webのマップで確認したけど、結構な繁華街だった。例え誰が一緒でも、あそこにケリがステイするなんて絶対だめだからね」

 「……分かった」

 諦めたように苦笑する。
 ケリは18歳まで日本に住んでいたから移住することにほとんど抵抗は無いらしい。
 僕にとっても何度か観光で訪れた事のある日本だけど、いくら母親の母国とはいえ、住むとなるとやっぱり外国だ。

 「とても良い国よ。ルビも気に入ってくれると嬉しい」

 「うん。楽しみだよ」

 ケリの手を取ってその指先にキスをする。
 愛しそうにそんな僕を見つめるケリの眼差し。


 ……、


 僕の中に、誰を見ているのか想像すると、ほんの少しだけ胸が痛む―――。


 爽やかな緑の風が、それを攫うように吹き抜けて行った。



 これから日本で、二人にとって運命的な出会いがある事を、この時の僕たちはまだ知らない―――。




 





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