小説:月光は降り積もる


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目覚めた日05


 ドアの前に立って、何分くらい経っただろう?

 開けられない。

 この向こうに、いったいどんな世界があるのか。

 あたしの頭の中では、この向こうでリョウって人に獲物だって言われて、10人くらいの男の人に囲まれて怖い思いをして、そこから、カズイに抱かれることになったのは、ほんの二日前くらいの事。

 でも、あれから三か月近く経っているという。

 失くしてしまった記憶。
 その中で、あたしはどんな日々を送っていたんだろう・・・。


 ドアノブを握りしめ、けれど回せないまま。

 「・・・」

 ふう、と息を吐く。

 ずっと出ないわけにはいかない。
 家はどんな状態なのか、マンションにも帰りたい。

 またカズイが来る前に、自分から―――――


 あたしは、思い切ってドアを開けた。





 「あ、結奈っち、やっと出て来た」

 「結奈姫、今日はどうする? 白か黒か」

 「結奈ちゃん、パイちゃんと残してるよ。でもデザートの前にピザ食べてね」

 窓もなく、閉鎖された感が否めない狭い室内には似合わないほど、やさしくあたしを出迎える言葉が次々と向けられてくる。

 『何も知らずに、"姫"だって大事に扱ってる』

 カズイの言葉を思い出した。


 確か・・・最初のダークブラウンの髪の人がミサオさん。
 黒髪の人がミコトさん。
 茶髪の彼がカイ君。

 「結奈ちゃん、和以が待ってるよ。ここにおいで」

 みんなが座っている数人掛けソファじゃなくて、一人用のゆったりとしたソファに足を組んで座っているカズイ。

 おいで、と呼んだのは、そんなカズイの背後に立つ銀髪の人。

 ヒジリさんだ。


 「来い、結奈」

 低い、カズイの声。

 「・・・」

 あたしが動けずにいると、

 「結奈ちゃん」

 またしても、可否を思考することも認めないかのような、さっきもカイ君を従わせた、ヒジリさんのあの命令口調。
 ヒジリさんの黒の眼が、無表情であたしを刺してくる。

 あたしは、足を組んだカズイの傍に少しだけ空いたスペースに腰を下ろした。
 密着度が半端なくて、呼吸がうまくできない。

 「結奈っち、ピザ食べて。階段から落ちてから20時間くらい寝っぱなしなんだからさ、お腹すいてるでしょ?」

 ミサオさんが優しく笑って、紙皿に取り分けたピザをくれた。
 ペコッと頭を下げて、それを受け取ってから・・・はたと気づく。

 「え・・・? あたし、階段から落ちたの?」

 またしても新しい事実。
 もうどう受け止めていいのかもわからない。

 この状況を、まともな感覚では消化できなくて、

 ノートに書いて年表的にまとめたい―――――。


 なんて、そんな事を考えたあたしを、大丈夫? と他人事に考えて笑えてしまうほど、ちょっと精神状態がおかしくなってきた。



 「な〜んだ、覚えてないんだ?」

 目を丸くするミサオさんに、カイ君が笑う。

 「まあいいじゃん。ちゃんとお医者さんにも診てもらったしさ。打ち身くらいで大丈夫だったんでしょ?」

 話を振られ、カズイが「ああ」と頷く。

 「で? 結奈姫、どうするの? 黒? 白?」

 ミコトさんが示しているのは飲み物で、テーブルの上にはコーラとソーダ水。

 「・・・白」

 「ん」

 ミコトさんがにっこり笑ってグラスに注いでくれる。
 渡されたソーダ水を見て、本当に、あたしはここで過ごしていたんだ。

 そう、実感した。

 あたしは基本、飲み物はコーラかソーダ水で、白か黒か、それは小さいころからの符丁。

 3か月、ここにいた。
 それを否定できない証拠を、さっそく見つけてしまった。

 「ピザ食べないと、パイはだめだからね」

 カイ君に軽く睨み付けられて、「はい・・・」と頷き、あたしはピザを口にする。

 こんな状況なのに、確かにお腹は空いてて・・・。

 大好きなチーズがたっぷりトッピングされた、パン生地タイプのオーソドックスなピザ。

 「はい、食べて食べて」

 楽しそうに言うカイ君に後押しされて、

 「・・・」

 残すところは端の部分だけ。

 どうしよう・・・。

 ここは、いつもなら"もったいないお化け"に襲われようとも、捨てちゃってるトコ。

 紙皿の上に残るその端を、どうしたものかと見つめていると、ひょい、と誰かの手がそれを攫った。


 カズイだった。

 「ど、・・・して?」

 声にならないくらいの、あたしの疑問。

 案の定、聞こえていなかったらしいカズイは、無言のまま、パン生地だけのその端の部分を食べている。

 そのことについて、誰も、何も言わなくて、

 「パイ切るね〜」

 カイ君の明るい声が室内に響いた。


 「・・・なんだよ」

 あたしに見られている事に気づいたカズイが、少し不機嫌そうに言う。

 「・・・ううん」

 チ、と小さな舌打ちが聞こえて、あたしはそれを振り払うように、ソーダ水を口に含んだ。








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