熱い涙が溢れてきた。 揺らされる度に、次から次へとこめかみに流れていく。 あたし・・・、 なんでこんなことしてるんだろう―――――。 カサブランカの香りが強く漂ってくる。 室内を照らす陽の光が差し込んでくる窓が上の方に見える。 ああ、そういえば、初めての時も、 ずっと月を見ていたっけ―――――。 今日は、晴れてるんだ。 空が青いな。 まるで、夏の空みたい・・・。 あたしは、現実から逃避するように、 額に汗をかいて快楽に身を委ねるカズイの肩の向こうに、 涙で滲むその青を見つめていた。 ―――――― ――― 「――――お前は忘れているみたいだがな」 行為が終わると、自身から外したゴムをティッシュに丸めて捨て、ベッドに座った状態で、カズイは全裸を恥じることもなくあたしに向き合った。 「初めてお前がここに来てから、もう三か月近く経っている」 「・・・え?」 あたしは、ゆっくりと体を起こした。 この人は、何を言ってるんだろう。 頭がうまく働かない。 「今日は7月28日」 「・・・」 あたしは、導かれるように窓の外を見上げた。 「ちなみに、学校はもう夏休みに入ってる」 夏の、空――――――。 そういえば、この部屋、クーラーが入ってる? 言われて思い出せば、カズイが着ていたものも、さっき見た他の4人が着ているものも、夏の洋服だった。 あたしも・・・、 脱がされて床に散乱している、見覚えのあるチュニックを見る。 さっきは気が動転して気づかなかったけれど、あの、水色と緑のコントラストが綺麗な、インド綿のチュニックは、去年の夏の、あたしのお気に入り――――。 シーツを握りしめる自分の手の震えを見ながら、ふと、手首に目が行った。 あたしの左手首に、歪な、太めの白い一線。 いつどうしたのか、まったく覚えがない傷から、目が、離せない。 あんなに痛かった擦り傷なんかは1つもなくて、その替わりに存在する見知らぬ傷は、 まるで、 それはまるで・・・、 「それ、お前が自分で切った」 カズイの言葉に、あたしは冷静に、やっぱり、と受け止める。 けれど、次の言葉は絶対に呑み込めなかった。 「そのあと、お前は俺といることを選んだ」 「――――嘘!」 「嘘じゃねぇ」 金髪をサラリとかきあげて、カズイはニヤリと笑った。 手にはスマホが握られていて、 「これがある限り、お前は俺から離れない」 「・・・なに?」 カズイの指が、画面を滑る。 「ほら」 「!」 それは、裸であたしが眠っている写真だった。 「他にもいろいろある。見るか?」 「あ・・・」 目の前が、真っ暗になった気がした。 「い・・・、いいッ!」 差し出されたスマホの画面から目をそらし、あたしは頭を抱え込む。 じわり、涙がこみ上げた。 「なんで、なんで?」 なんであたしが、こんな目に――――。 「真由っていう友達や、海外にいる親父さんに送らないって条件で、お前は俺の傍にいることを選んだ」 パパ・・・。 「お前は死んで楽になれるが、親父さんは世間での居心地は悪そうだな」 真由ちゃん・・・。 「ま、俺が飽きるまでの辛抱だな」 真由、ちゃん・・・? 「ま・・・ゆちゃ」 声に出して、気づく。 「あたし、学校は・・・?」 「ああ、心配すんな。夏休み始まるまでちゃんと行ってた」 真由ちゃんの声が聞きたい。 電話・・・、あたしの携帯、どこ? 視線を泳がせて部屋の中を探す。 あたしの荷物らしいものは見つけられなかった。 「鞄か?」 カズイの問いに、あたしはおずおずと頷く。 「隣の部屋だ。着替えて行って自分でとれ」 彼は立ち上がり、藍色のジーンズと黒のTシャツを素早く着けた。 バックルを留めていないベルトの金具が、カズイが動くたびにカチャカチャと鳴った。 「ああ、そういえば」 言い聞かせるように彼は言う。 「外の連中は、これ使って俺が脅してること何も知らないから、お前のことを本当に俺の女だと思って大事に扱ってる」 「・・・?」 「俺は、ブラックホークスの7代目総長だ」 「!?」 「つまり、お前は必然的に、ブラックホークスの"姫"だってことだ」 "姫"? あたしが? もう、いろんなことが一気に入り込んできて、頭がパンクしそうだった。 「まあ、俺を恨むのは勝手だが、何も知らねぇ他の奴は巻き込むなよ」 「!!」 怒りが、湧いた。 巻き込まれてるのはあたしだよね? 脅されてるのはあたしだよね? なんであたしが、こんな言われ方――――――・ 「ま、俺が飽きるまで、お前も"姫"を楽しめよ」 「・・・ッ」 カズイが部屋を出ていった後も、あたしは悔しさで噛みしめた唇を離すことができなかった。 |