小説:月光は降り積もる


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目覚めた日02


 熱い涙が溢れてきた。
 揺らされる度に、次から次へとこめかみに流れていく。

 あたし・・・、

 なんでこんなことしてるんだろう―――――。


 カサブランカの香りが強く漂ってくる。
 室内を照らす陽の光が差し込んでくる窓が上の方に見える。


 ああ、そういえば、初めての時も、

 ずっと月を見ていたっけ―――――。


 今日は、晴れてるんだ。

 空が青いな。


 まるで、夏の空みたい・・・。


 あたしは、現実から逃避するように、
 額に汗をかいて快楽に身を委ねるカズイの肩の向こうに、

 涙で滲むその青を見つめていた。





 ――――――
 ―――

 「――――お前は忘れているみたいだがな」

 行為が終わると、自身から外したゴムをティッシュに丸めて捨て、ベッドに座った状態で、カズイは全裸を恥じることもなくあたしに向き合った。

 「初めてお前がここに来てから、もう三か月近く経っている」

 「・・・え?」

 あたしは、ゆっくりと体を起こした。

 この人は、何を言ってるんだろう。
 頭がうまく働かない。

 「今日は7月28日」

 「・・・」

 あたしは、導かれるように窓の外を見上げた。

 「ちなみに、学校はもう夏休みに入ってる」


 夏の、空――――――。


 そういえば、この部屋、クーラーが入ってる?

 言われて思い出せば、カズイが着ていたものも、さっき見た他の4人が着ているものも、夏の洋服だった。

 あたしも・・・、

 脱がされて床に散乱している、見覚えのあるチュニックを見る。


 さっきは気が動転して気づかなかったけれど、あの、水色と緑のコントラストが綺麗な、インド綿のチュニックは、去年の夏の、あたしのお気に入り――――。

 シーツを握りしめる自分の手の震えを見ながら、ふと、手首に目が行った。

 あたしの左手首に、歪な、太めの白い一線。
 いつどうしたのか、まったく覚えがない傷から、目が、離せない。

 あんなに痛かった擦り傷なんかは1つもなくて、その替わりに存在する見知らぬ傷は、

 まるで、

 それはまるで・・・、


 「それ、お前が自分で切った」

 カズイの言葉に、あたしは冷静に、やっぱり、と受け止める。
 けれど、次の言葉は絶対に呑み込めなかった。

 「そのあと、お前は俺といることを選んだ」

 「――――嘘!」

 「嘘じゃねぇ」

 金髪をサラリとかきあげて、カズイはニヤリと笑った。
 手にはスマホが握られていて、

 「これがある限り、お前は俺から離れない」

 「・・・なに?」

 カズイの指が、画面を滑る。

 「ほら」

 「!」

 それは、裸であたしが眠っている写真だった。

 「他にもいろいろある。見るか?」

 「あ・・・」

 目の前が、真っ暗になった気がした。

 「い・・・、いいッ!」

 差し出されたスマホの画面から目をそらし、あたしは頭を抱え込む。
 じわり、涙がこみ上げた。

 「なんで、なんで?」

 なんであたしが、こんな目に――――。

 「真由っていう友達や、海外にいる親父さんに送らないって条件で、お前は俺の傍にいることを選んだ」

 パパ・・・。

 「お前は死んで楽になれるが、親父さんは世間での居心地は悪そうだな」

 真由ちゃん・・・。

 「ま、俺が飽きるまでの辛抱だな」

 真由、ちゃん・・・?



 「ま・・・ゆちゃ」

 声に出して、気づく。

 「あたし、学校は・・・?」

 「ああ、心配すんな。夏休み始まるまでちゃんと行ってた」

 真由ちゃんの声が聞きたい。
 電話・・・、あたしの携帯、どこ?

 視線を泳がせて部屋の中を探す。
 あたしの荷物らしいものは見つけられなかった。

 「鞄か?」

 カズイの問いに、あたしはおずおずと頷く。

 「隣の部屋だ。着替えて行って自分でとれ」

 彼は立ち上がり、藍色のジーンズと黒のTシャツを素早く着けた。
 バックルを留めていないベルトの金具が、カズイが動くたびにカチャカチャと鳴った。

 「ああ、そういえば」

 言い聞かせるように彼は言う。

 「外の連中は、これ使って俺が脅してること何も知らないから、お前のことを本当に俺の女だと思って大事に扱ってる」

 「・・・?」

 「俺は、ブラックホークスの7代目総長だ」

 「!?」

 「つまり、お前は必然的に、ブラックホークスの"姫"だってことだ」

 "姫"?

 あたしが?


 もう、いろんなことが一気に入り込んできて、頭がパンクしそうだった。

 「まあ、俺を恨むのは勝手だが、何も知らねぇ他の奴は巻き込むなよ」

 「!!」

 怒りが、湧いた。

 巻き込まれてるのはあたしだよね?
 脅されてるのはあたしだよね?

 なんであたしが、こんな言われ方――――――・


 「ま、俺が飽きるまで、お前も"姫"を楽しめよ」

 「・・・ッ」

 カズイが部屋を出ていった後も、あたしは悔しさで噛みしめた唇を離すことができなかった。










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