都会の雑踏には、罪悪を誤魔化すにはちょうどいい騒音が蔓延っている。
特に今、目の前にある深い濃さを持つ夕暮れの景色は、薄汚れそうになっている私の何もかもを燃してしまいそうな程に強いパワーを持っていて、気を緩めたらうっかりと呑み込まれてしまいそうだ。 「いい、のかな…」 呟いた途端、声と一緒に勇気が霧散してしまったのか、急に腰が引けてきて全身が震えた。 湧き出たその慄きに抗えずに、気が付けば片足が後ろに下がってしまっていて、 恐る恐る周りを見渡せば、私が一人佇むショッピングモールの広場には、眩しいほど健全に見えるカップルが多く行き交っていた。 「…どうしよう」 今なら、まだ引き返せる? コサージュが付いた小さめのショルダーバッグを、無意識の内に強く両腕で抱き締めながら、考え付いたのは決心する前のスタート地点に出たもう一つの答え。 「やっぱり私…」 こんな事はいけない。 しちゃいけない。 帰ろう。 そんな決意が胸を掠めた時だ。 「お待たせ、サヤ」 男の声で名を呼ばれ、進もうとしていた時間も、打ちかけていた鼓動も、何もかもが奪われたように世界が止まる。 「悪かったな。少し待たせたか?」 自然な動きで私の肩を抱き寄せた存在を見上げると、左側の前髪からサイドまできっちりと後ろに流し固めた黒髪の、とても端正で、綺麗な顔立ちをした男の人が立っていて、 「…どうした?」 心配そうに私を覗き込んでくる彼の出で立ちは、夕暮れよりも鮮やかで、やってくる夜にきっと映えるだろう赤のジャケット。 コントラストになっているのは、中の黒シャツと、セットせずに垂らしている右側の黒髪の艶。 目にかかるくらいの前髪の先に導かれて、その睫毛の長さを見せつけられた。 「ケイ、さん?」 私が口にすると、彼、ケイさんは僅かに目を見開いた後、薄い唇の端を上げる。 「悪いな。今日はケイじゃなくて、サクがいい」 「え?」 「サクだ」 上がり眉の直ぐ下から、とても色香のある眼差しが真っすぐに私を見つめてくる。 「えっと…」 「呼べよ、サヤ」 戸惑って押し黙った私の唇を、彼の曲げた人差し指が下から押して促してきた。 「呼べって」 「…サク、さん」 そう呼んだ私の肩を、ケイ――――――もとい、サクさんは更に強く抱き寄せた。 「良い子だ。行こうか。予約してあるんだろ? ホテル」 少し屈んで顔を近づけてくるサクさんの声音が、言葉を刻むたびに私の耳殻に形無く触れてくる。 鳥肌が立つようなその刺激に、頭の中が、求めていた欲を鮮明に思い出していた。 「――――――はい」 応えた私に、サクさんは満足そうに目を細める。 もう、引き返せない。 私は、熱くなった息を飲み込んで、サクさんのジャケットの裾を小さく、指先で掴んだ。 ―――――― ―――― 壁も床も本当に真っ黒。 アクセントで入る金や銀の太かったり細かったりするラインが、お洒落というべきか悪趣味というべきなのか、私には良く判らない。 照明はシンプルで、これもまた、安っぽいともスタイリッシュとも、どちらとも呼べる印象に思えた。 広い部屋の奥にはキングサイズのベッドが一つ。 シーツは白で、シルクのような手触りの掛布団は黒。 ガラスの壁の向こうにはシャワールームがあって、その先にはジャグジーが見える。 タイルは一見木材のような模様が入っていて、やっぱり黒で統一されていて、――――――もしかすると、一つ一つを見るのではなく、全体の雰囲気が良ければいいのかなと納得した。 トータルコーディネート。 遠目で評価すれば、きっと素敵な部屋だったと称される区分なのかも知れない。 「奮発したな」 「いえ…」 楽しそうに部屋を見て回るサクさんにそう言われて、私は思わず目を逸らす。 ラブホテルなんて私は初めてで、口コミを辿り、最終的にはWeb予約とカード決済が決め手となった部屋だったけれど、確かに値段はシティホテルよりも高かった気がする。 「オレとの時間の為だろ?」 「サクさん…」 傍に戻ってきたサクさんが、指で私の顎を掴んで持ち上げた。 あまりの至近距離に、息が止まりそうになる。 「――――――彼氏、いいの?」 「…酷い…」 すべて知っている癖に、それを尋ねるのはわざとなのか。 「悪い」 泣きそうになった私とは反比例。 短く謝罪したサクさんの唇は笑みを象り、くっきりとした二重の目が、妖しい色香と共に細められた。 「なら遠慮なく、サヤを啼かせてもいいわけだ」 「サクさ…」 私の唇を、サクさんの指先がゆっくりと撫でる。 「お前、良い匂いがする」 「シャワー浴びてきたので…」 「ふうん?」 始めは髪にそっと触れるように、次第に髪の毛の中へ。 サクさんの唇が、探るようにして何度もキスを落としてくる。 頭皮、耳の裏、そして首筋…。 サクさんのキスが点になって、それを標に、 「ぁ」 恥ずかしいくらいに肩が跳ねて、思わず涙が溢れてくる。 「感じ易いな。――――――楽しみだ」 そんな言葉が齎された次の瞬間には、弧を描いたサクさんの唇と、閉じる事を忘れて乾燥してしまった私の唇は、隙間なくしっかりと重なっていた。 指先が。 男の人の指先が、こんなにも繊細で、そして燃えるような愛撫を与えてくれるなんて、私は知らなかった。 赤い舌が。 ただの舌の筈が、食べ物以外をこんなにも深く激しく 「だめ、ぁ、ダメ、…サクさ」 追い立てられるように、中に入り込んで暴れる指から逃れようと、腰がベッドから浮いてしまう。 そうして突き出した胸の先に、開かれたサクさんの口が待ってましたとばかりに食らいついてきた。 熱い舌の動きが、振動に近い摩擦で私の敏感な部分を熟れさせていく。 「は…ッ――――――ああッ、はぅ」 喘ぎ声。 私の喉から堪らず漏れるのは、そんな可愛いものじゃない。 「いや、サクさん、だめ、いっちゃ、いっちゃぅ」 まるで水が流れるように、サクさんに呼応しているのは私の中の愛液。 「イケよ、見てるのはオレだけだ、サヤ」 指の激しさとは手法を違えて、優しいキスが胸の膨らみの輪郭をなぞる。 「ゃ、サクさんッ、いく、はぅ、…あ」 中からは灼熱、肌に触れるのは優しさ、そして、止まらない快感に被せて、剥き出しにされた小さな蕾を潰すような強さが、私に何かを開放させる。 「あ…ああああぁあ、あぁぁ、ぁッ、ぁ、ッ…」 これまで、上ったこともない高みから、その先へと無理やり飛ばされた。 自分の体が、魚のように跳ねている様をまるで他人のように眺めている気分になる。 「いいイキっぷり」 "恥ずかしい" 裸になった最初の内には確かにあった筈のそんな感覚が、私の中からすっかりと消えてしまっている。 「すげぇな、カメラ回す奴の気持ちが少しはわかるわ」 舌を出して唇を舐めるサクさんから、妖艶な香りが降ってきた。 「血が走りまくって、サヤ、お前の肌が、桜色」 膝立ちの姿勢で私に跨ったサクさんは、気痩せするタイプだったのか、うっすらと筋肉のついた綺麗な身体をしていた。 下着もいつの間にか脱ぎ取っていて、目の前には、大きくなったサクさんのモノが弾けそうな勢いで上を向いている。 「シタ事、ある?」 その言葉の意味を、私も知らないわけじゃない。 でも、 「マジ?」 小さく首を振ると、サクさんは驚いたように目を開き、直ぐに口の端を僅かに上げる。 「やってみる?」 「…」 「まあ、無理強いはしないけど」 文字だけ見れば優しく聞こえるけれど、サクさんの眼差しは、私の逃げの選択を封じていた。 私の視線が、丸みを帯びたその先の不思議な形に向けられる度に、どうぞとばかりに腰を出して来るのもその一つ。 「触って、サヤ」 待ちくたびれたのか、サクさんが気持ち腰を左右に振ると、動いたそれを掴んでみたい衝動に駆られてしまう。 その動作を子供っぽく感じてしまうのは、私の精神状態がおかしいからなのだろうか。 肘で上身を支えるように体を起こし、見事に反ったその太い物に左手をそっと添えてみる。 皮膚の感触。 伝わって来る熱。 割れた先の形から、何故か目を離せない。 「舐めてみて」 言われて、確認するように上目でサクさんを見上げると、 「…可愛がってみろよ。――――――サヤのだろ?」 「私の…?」 「ああ。お前のだ」 私の…。 今は、私だけの――――――…。 吸い寄せられるように近づいた。 頭上のサクさんから、細く長い息を吐く音がする。 私の頭に、促すように大きな掌が添えられて、 「…」 私は舐める前に、そのままパクリと先端を口に含んでしまっていた。 「ん…」 先の窪みから滲んでいた液体がぬるりと舌に広がり、慣れない味が、唇の裏まで香り始める。 舌の裏から唾液を運んで、味を薄めるように工夫すれば、匂いも含めてあまり気にならなくなっていった。 ノックすれば音が出そうな程に固くなったそこは、喉の近くまで必死で呑み込んでも全部は入りきらなくて、 「根元…指で擦って」 「ふ…ちゅ、ん…」 「はぁ、やばい。何、お前」 肘で支える体勢がとても辛かったけれど、気持ち良さを少しでも返せるようにと、必死になって手や口を動かしていた私の前髪を、サクさんの指がそっと分けてきた。 「もう挿れさせて、サヤ」 綺麗な男の人が、快楽に染まったらこんなにも狂気的に綺麗なのだと。 香水…付けていないと思ったのに、不思議。 とてもいい香りがする。 「ぅん…」 色香に酔わされたような気分で答えれば、サクさんは心なしかはしゃいだ様子であらかじめテーブルの籠からベッドの枕元に移してあった避妊具へと手を伸ばした。 少し時間をかけて被せた避妊具はサクさんのには凄くパツパツで、本人だけじゃない。 なんだか 「サヤ」 「ぁ」 舌が絡む深いキスをされながら、私は再びベッドに仰向けに組み伏せられた。 息が途切れ、唾液が口の周りに溢れる醜態。 その間に、サクさんのモノはずっと私の入口に擦りつけられて、ただそれだけなのに、私は既に小さな痙攣を繰り返す有様だ。 「よく聞け」 至近距離で目を合わせて、サクさんがこれまでで一番、優しく微笑む。 「お前は、このセックスを絶対に忘れない」 「…サクさん?」 「なぜなら、お前が本当に女になるのは、今だからだ」 「え?」 処女ではない私に、一体何を言っているのか。 その疑問は、一気に挿入された瞬間、見事に吹き飛んだ。 「あああああぁぁ、いや、あぁぁッ、あ、あ、…め、イク、い…ッ」 サクさんが、これでもかと私に入り込んでくる。 奥に、もっと奥にと、辿り着いた先のその左右もかきわけて、私自身が知らなかった場所にぶつかってくる。 「さくさ、いや、またイクの、駄目、ダメッ――――――…ッ、ぁく、…ッひ、待って、あ、またッ」 イッてもイっても、上がり切ったところから一度も下ろして貰えない。 全身を包まれるように優しく抱かれていたかと思ったら、胡坐の上に抱えられて前後に揺すられ、そこから倒れるように横になり、それから逃げるようにうつ伏せても、サクさんは体力の限界を迎えずに何度も何度も私の中を突き続ける。 三度は、射精した筈だった。 備え付けの避妊具の二つ目が無くなった時、フロントに電話して運ばせたのは三個綴りのLサイズ。 サイズの合わないキツさが少し緩和されたからなのか、さっきまでの三度目と、今も継続中の四度目が、最初の二回に比べて凄く長い気がする。 「イクッ、イクッ、ぁ、いや、ゃッ」 自分が、もうどこを向いているか判らなかった。 ベッドからは出ていない筈なのに、まるで宇宙にいるかのように、このシーツの世界が無限に広い気がした。 「も、やめて、こんなの」 「サヤ、まだだ」 気持ち良い。 「イクッ、サクさん、ぁ、ああッ、ゃ、また…ッ」 「もっとだ」 気持ち良い。 「イっちゃう、イクのッ、ぁ…、ッ、ふ、くぅッ…――――――ぁ、はぁ、…はぁ」 「はは、すげぇな。まだ足りねぇって、オレのが食いつかれそうだ」 自分の身体じゃないみたいに、指先までサクさんの思う通りに跳ねている事が、快楽とは裏腹に、とても恐ろしくて心が竦む。 「お前のここ、オレの形をしっかり覚えて素直に呑み込んでいる」 「サク、さん」 「このまま死んでも良いってくらいもっと素直にイキきれたら、そこで終わってやるよ」 「そんな――――――、ああッ」 結局、五つの避妊具全てを使い切るまで、サクさんは眉間に皺を寄せながら、没頭するように私へと腰を振っていた。 その間に繋がったのは、決して体だけじゃない筈だと。 覚悟してコトに臨んだ私がうっかり信じてしまいそうになるくらい、サクさんは真剣に私を高める事に挑んでくれた。 額に浮かぶ汗が、更に甘い香りを私に落とす。 首筋に流れる汗が、更に官能を強く匂わせる。 食虫花。 そんな単語が、思考の中心に飛び出してきた。 甘い香りで女を呼び寄せ、獲物として平らげる。 分かっていた筈なのに、溶かされて消えてもいいとさえ思ってしまう自分に驚いた。 このままサクさんに身を堕としてしまいたいと、女としての本望が屈服して諦めてしまいそうになる。 『これは遊び。本気になっちゃ、駄目なのよ』 親友の言葉も、遠くに霞んでいきそうだった。 「サヤッ、オレも、イク…、ッ」 「サクさん――――――ッ」 長く続く射精の間、サクさんから漏れる微かな声が、私の耳元で何度か繰り返された。 心が繋がっていなくても、確かに、セックスで泣きたくなる程に埋まるものがある。 この時間と切なさを、しっかりと覚えておこう。 胸に刻む為に、私はサクさんの背中に両腕を廻し、力いっぱい抱き締めた。 それに答えをくれるように、サクさんの手も私の背中まで廻されて、全身を労わるように包んでくれる。 「…好きだ、サヤ」 サクさんから吐息のように漏れた言葉に、私は思わず泣き笑いを浮かべてしまった。 「私も…」 決まり事のように答えれば、今度はサクさんが苦笑して、私の頭を優しく撫でてくれる。 それからゆっくりとサクさんが抜かれて、そのズルリと離れて行く感触が、大切な何かの一部を喪失したように錯覚させて、途端に心細くなった。 「少し寝るか。時間は大丈夫なんだろ?」 「ん…」 このままホテルを出る体力は、とてもじゃないけど絞ってもカスも無さそう。 ベッドに、全てが沈んでいく感覚――――――。 「おやすみ、サヤ…」 額にサクさんの唇を感じた次の瞬間には、私は深い眠りの世界に沈み込んでいた。 ―――――― ―――― ――――――ああ、こんなに眠れたのは、一体どれくらい振りだろう。 「起きたか?」 「はい…」 ぼんやりと考えながらうっすらと目を開けたら、そこには、自分の肘を枕にしたサクさんがいて、 「シャワー、浴びてスッキリするか」 起き抜けだからか、昨夜より少しだけ声が低い。 表情も、朝の無防備な気怠さが濃く出ていて、昨夜はきっちりと固めていたヘアセットが崩れているのが、少し可愛く目に映った。 「…ぅん」 少し遅れて、ちょっと照れながら答えた私の声はガサガサ。 化粧も、全部とれていると思う。 ここが陽の当たるようなホテルじゃなくて良かったと、改めて胸を撫で下ろした。 「サヤ、一緒に入るか?」 「…」 悪戯っぽく笑ったサクさんに無言を返すと、 「分かったよ。先に入れ」 シーツを腰に絡めたまま、サクさんはずるずるとベッドを動き出す。 「きゃ、サクさ」 胸が零れそうになって、私は慌ててシーツを引き留めた。 「…お前、あんだけオレに全部見せといて、今更かよ」 肩を揺らしてクツクツと笑うサクさんに、思わず口を尖らせる。 「それとこれとは、別です」 「別、ねぇ…。まあいいさ、行ってこい」 シャワールームを顎で示されて、まるでウェディングヴェールのようにシーツを引き摺ったままベッドから降りて歩き出した。 「オレはどうすんだ、これ」 楽しそうな声は努めて無視して振り向かず、私はシャワールームへと入り込んだ。 ガラスの向こうで、ベッドに残された裸のサクさんが、スマホを片手に私に顎をあげて合図を送ってくれる。 そんなサクさんに小さく会釈をしてお湯を出せば、しばらくすると、ガラスは湯気で帳を下ろし、 「はぁ…」 漸く一人きりになった世界で、私は大きく息を吐いた。 ―――――― ―――― サクさんを待たせないようにと、軽く汗だけを流してシャワールームを出れば、 「早いな」 ベッドに腰掛けたままスマホを触っていたサクさんが、未練もなくテーブルにそれを置く。 こういう気配りは、さすがだと感心した。 「腹減ってないか? ルームサービスのメニュー見てみたけど、悪くない」 「時間、大丈夫、なの?」 「ああ。食べる時間くらいはある」 「…見てみるね」 テーブルにあったメニュー表を私が手に取る間に、裸で歩き出していたサクさんはシャワールームへと姿を消した。 ほんの少しの時間で、既に透明になりかけていた壁のガラスはお湯が出れば再び曇り始めて、ああして温度差によって目隠しがされるのは当然の事だけど、まるで自然のカーテンのようでちょっと感動してしまう。 「――――――よし」 延長料金って幾らだっけ。 記憶を掘り起こしながら下着をつけて、ワンピースを頭から被り、ボタンを留めつつ計算を始める。 サクさんと会ってから十二時間と少し。 二時間の基本料金と、十一時間の延長、交通費を合わせたら、八万くらいだろうか。 消費税…。 「うん、もういいか」 しかけていた計算を止めて、私はコサージュのついたバックから、封筒と財布を取り出した。 折り畳みの財布を開いて、区切っていた諭吉さん十枚をそのまま取り出して封筒に入れる。 そして、アンケート用のホテルのペンを借りて、封筒の後ろにメッセージを書きこんだ。 <感謝を込めて> 「女にしてくれて、ありがとう…、サクさん」 書くだけでは足りない気がして、気が付けば口にしていたけれど、こんな危険なリフレッシュは、一度きりと決めていたから。 もう、二度と会う事はない。 忘れ物が無いように注意して、私は足早にホテルから立ち去った。 「――――――朝だ」 外に出ると、目に映る世界が久しぶりに眩しかった。 ただの街路樹でさえも、太陽に励まされてキラキラと輝いている。 信号の色も鮮やかで、早朝の烏の鳴き声すら私から微笑みを誘った。 私は、 ちゃんと これからだって、生きていける。 三か月前、相思相愛の恋人だと信じていた人に裏切られていた事を知り、それからどうしても立ち直る事が出来なかった私。 淡々と仕事や生活はこなせても、自分の存在意義に、疑問しか生まれない苦しい日々を過ごしていた。 不眠症とまではいかないけれど、悪い夢ばかり見て、目を閉じるのが怖いと感じてしまうようになって…。 見かねた親友が、ホストを紹介してくれた。 最初は、買春と同じなんじゃないかって、凄く罪悪感が大きかったけれど、ちゃんとした癒しを売る商売だと言われて、調べてみたら、つまりは女性用の風俗みたいなものかなって理解して…。 サクさんに会う直前まで、分岐した未来に、とてもとても怖かったけれど、 けれど今は――――――。 「気持ち良い」 この世界が。 そして、この世界に生きている自分が元気なのが。 サクさんに抱かれてみて良かった。 女として滅茶苦茶に抱かれて、とても清々した気分。 満足。 今の気持ちを表すのに、これが一番しっくりくる言葉だと思う。 隙間のあった飢餓部分を満たされた体。 涙も枯れて、すっかり渇いていた心に沁みた情。 こんな方法をとって、まったく愚かだと、私を嗤う人はいるのかも知れない。 もっと違う方法があったのではと、首を振って呆れる人もいるかも知れない。 でも、今得た結果論ではあるけれど、人間として、女として、この方法が私にとっては最善だった。 身体にはまだ気怠さが残っていて、力は入りそうにないけれど、歩けないわけじゃない。 もし筋肉痛になったとしても、その痛みを抱えた私で、前を向いて未来に進む事はちゃんと出来る。 昨夜の事は、今日からの新しい私に切り替える為のスイッチだった。 もちろん、正々堂々と言えるような事ではないけれど、自分の中では、ちゃんと正しく思えるから。 「頑張ろう」 バックから、サクさんとの約束の目印だったコサージュを外す。 今度は私が、運命の印をつけた素敵な人を見つけにいくんだ。 まだ、裏切られた傷が綺麗に治ったわけじゃないけれど、きっと、私は歩き続けられる。 そして、こうと決める事が出来たなら、決して揺るがないのも小さい頃からの私の長所だから。 「うん。頑張ろう」 私は、充足したそんな強い思考でもって、今日からは後ろを振り返らずに、新しい |