GWが明けて半月。
どういった流れで、私が 通りの見えるカフェテラス、四人席の一つに座り、興味津々の六つの視線を真っ向から受け止めながら、話せる部分だけを取捨選択してどうにかエピソードを伝え終えた私は、ひとまずホッと息を吐いた。 渇いた喉を潤そうと目の前に放置されていたアイスコーヒーを一気に半分まで減らし、コースターへと戻す。 すると、 「はい!」 私のそれをタイミングとして待っていたかのように、メンバーの一人である逸美が指先まで真っすぐに伸ばして手を挙げた。 「はい、逸美さんどうぞぉ?」 細くて長いパフェ用のスプーンを、まるで指示棒のように使って加勢したのは、私の隣に座っている藤代さんだ。 「ありがとうございます」 そして、それを受けた私の正面に座る逸美は、真剣な眼差しで会釈をしながら、右手でマイク持ったフリ。 …気分は絶対に会見場の芸能記者だと思う。 「西脇さん。見方を変えると、そのサクヤ・ロランディの行動、世間では"ストーカー!" と呼べなくもないものではないかと思うのですがコレいかに」 …ぇっと――――――、 「逸美さぁん、それってぇ、凄く良いポイントだと思いますぅ。――――――ちなみにあたしも、心の底から同意見ですからぁ。ほんと有り得ない有り得ない。他の男に可愛がられてるのを見てるだけとか。しかもドアの隙間から覗くような自虐的S、もしくは消極的M」 急に表情を引き締めて、鋭い目線を思考の果てに向けながら言った応えた藤代さんに、 「ちょっと藤代さん! 口調変えたからって説得力増し増しだなんて思わないでよ! あのメガネ男子からの脱皮力! 今日という日が来るまで、会社で顔を合わせる度に、興味津々大興奮気味の未希子の視線の方が、機嫌の良いベッドの上の 高校からの親友である逸美と、社会人になってから出会った未希子。 いつか紹介しようと思っていたけれど、まさかこの話題が共通のテーマになって漸く二人を引き合わせる切っ掛けになるなんて思いもしなかった。 そして何故か、休日だというのにしっかりとこの場に収まっている藤代さんの存在も。 「でも結局ぅ、室瀬さんは眼鏡に戻っちゃいましたねぇ」 口調を戻し、まだまだ可愛らしい形のパフェをスプーンでつつきなが言った彼女に、私は頷いて応える。 「うん。やっぱりPCの画面が気になるみたい」 「あー、それ大事ですよねぇ。なるほどぉ、ブルーライトカットの眼鏡だったんですね、アレ。ふうん…ブルーライトカットかぁ」 「そう言う 「――――――うん」 ずっと私の …時々、ベッドでの営みに 「こう見ると、なんとなく昔の にんまりと笑った逸美に、未希子が「あ」と声を上げる。 「もしかしてミスコン前がこんな感じだった?」 「まさか。あの頃は、 そこで言葉を切った逸美の手によって、細長いグラスの中でカットされたレモンがクルクルとストローで回される。 「化粧は適当だったし、髪はいっつもひっつめてて、バイト中心だったからスカートは滅多に着ないし。大学の先輩で、美をとことん追求してるヒロって人がいたんだけど、その人が随分と吠えてたわ。素材が泣いてる〜って」 それを見兼ねて、比呂ちゃん先輩が私の首根っこを掴まえたのがミスコン挑戦の始まりだった。 「でも、今の 「なるほど。 「確かにそうですよねぇ」 「ぅ…すみません…」 話の中で思わず謝罪が口を突いて出てしまう。 会社では出来るだけ控え目にってお願いしてるんだけど、気が付いたらいつも 「彼氏、ちょっと浮かれすぎなんじゃない? って思わせといて、でも結構冷静に 「わかりますぅ。室瀬さんってぇ、そういうのも含めてぇ、日々調教って陰湿さがチラチラ見え隠れしてますよねぇ」 「ああ、やっぱりそういう感じの男なのね。――――――まあ、それにすっかり馴らされてる それはちょっと、 「言い過ぎだと思う、逸美」 「そうね。わかったわよ。あいつとも、確かに愛はあった。でもその五年の間に、別のところにも愛があった。――――――ま、 微笑む逸美は、本当に嬉しそうに私を見つめてきて、 「その五年の間に悶えた室瀬さんスチル、それを傍で支えたのはもしかして宮池 その隣で、未希子がまた変なオーラを醸し出し始める。 「やだ、あのイケメン二人が…なんて想像するだけで脳内が溶ける、蕩ける…ッ! BLって美しさがあればこそなのよね、私。それ以外は興味ないんだけど、あの二人なら基準を軽く超えてるわ! ブラボーよ!」 すると、藤代さんがゆっくりと首を振った。 「残念ながらぁ、あの二人にはその期待に沿う事実はないんですよねぇ」 「え、確認済み? え? そうなの? 嘘なんじゃないの? 実は 「んんん〜、聞いたのは 「…え、オレはタチだ! …って事?」 「先輩…なんていうか、理解力が願望に偏り過ぎててびっくりなんですけどぉ、――――――でもそれも有りな気もしてきました。今度はその方面で攻めて見ますね」 「頼んだ!」 何て言うか…、 「思い返してみれば、制服だった高校の時の方が地味にもててたわね。 本当に何て言うか、 「え、ちょっと逸美!?」 どうしよう、この女子トークの場面、会話が進めば進むほどに、 「そういうのは話さなくていいから!」 凄く居たたまれない。 「何となく分かる気がしますぅ。西脇さんってぇ、遠くから見ると大人しそうで清楚に見えて、でも近づいて話すと明るくて気さくで、悪い大人に高値で買われちゃいそうな女子高生って感じですよねぇ。あたしはぁ、一緒にお代官様ごっこしたいですぅ。西脇さんをこうくるくるくるっと。今度三人でどうですかぁ? 室瀬さんと、あたしと、三人でぇ」 「ちょっ、藤代さん?」 どうして会話がいっつもそっち方面へと転がって行くのか。 未希子とは違った危うさがある藤代さんに、私は動揺させられてばかりだ。 「わかる! わかるわよ藤代さん! 自分が男に生まれてたらって、この悔しさ、 「やだ金井先ぱぁい、女同士だってひぃひぃ言わせる術は幾らでもあるんですよぉ? 良かったらご指南差し上げましょうかぁ? 有料ですけどぉ」 「それって実践!?」 「逸美!」 前のめり気味に反応した逸美に、思わず声が上ずってしまう。 「いいじゃない、 「未希子まで…」 「でも今はまだ興味は半々かな。もうちょっと私が枯れて、必要なのは男じゃないって時が来たら言い値で買ってあげる」 「お待ちしてまぁす」 「逸美ぃ…」 ニンマリと笑った逸美と、目を細めて笑う藤代さんとのこのやり取りの、一体どこまでが本音でどこまでが遊びなのか、私にはさっぱり線引きが出来ない。 「それにしても、サクヤ・ロランディ。こうして話を聞けば聞く程、私が聞いてた印象と違い過ぎるわ」 頬杖をついて眉間を狭めた逸美に、その隣の未希子が首を傾げる。 「大学の時は今みたいに一途な感じじゃなくて、女にだらしないゲス野郎だったとか?」 「違う違う」 逸美は小さく肩を上げた。 「目立つ存在だったけど、女を食い散らかすような"下衆野郎"じゃなかったみたいよ。私が言ってるのはその見た目、容姿!」 容姿。 その言葉に、ドキリと胸が弾けてしまった。 「同じ会社の室瀬 あの日――――――、 『お前の事がずっと好きだったんだ、 玄関に入った途端、情熱的に告げられたその言葉と同時に壁に押し付けられて、 『……ゃ、 『 数センチ先に見つめていた黒い眼差しが少し細くなり、 『 しっかりと重ねられた二人の唇、強く抱えられた頭と、それに比例するうっとりとするほどに優しく伝わって来る肩から腰までを撫でられる感覚。 『ん…』 広い背中に回した手でしっかりとシャツを掴んでいないとどこかに倒れ込んでしまいそうな程に深くて長い長いキスは、 『…ぁ』 合間の呼吸が本当に息を繋ぐものだと実感できる程に、私の全身から何かを奪っていって、 『… そして――――――、 ギュッときつく抱き締められた後、耳元で囁かれたのは、 『見た目が変わっても、オレはオレだ。――――――そうだろ?』 『… どうして、そんなに切羽詰まったような声になるのか、疑問に思った瞬間には、 『――――――え?』 どうして、私を見る表情がそんなにも不安に駆られているのか、私にとって、究極として行きつく 『これが、 まるで操られるように、私の手が持ち上がって、人差し指が 『…凄い…』 それはまるで、誰かの手首を飾っているパワーストーンを填めたような、正直、黒以外は映画やTVの向こう側にしか馴染みのない私にとって、本物の人の眼とは思えない程に鮮やかな色。 プラネタリウムで見上げた天の川の近く、白んで見える星空の一部を映したかような、そんな明るい綺麗な、藍の色だ。 『…本物…だよね?』 言い聞かせるように呟きながらも、その美しい両目の中には、確かに私のシルエットがあって、 『コン、タクト…?』 くるくると回る思考の中から口を突いて出たのはそんな言葉。 違う、伝えなくちゃいけないのはもっと別の言葉だと、判っているのに、考えが感情に追い付いていない。 『黒の方がな』 そう言って これが、水晶のようだと魅入られていた黒の眼差しの正体。 『…どうして?』 まるで隠すように、黒で覆っていた理由を問えば、 『…まだ秘密』 少し目を伏せた その仕草が、まるで迷子になった事を強がって隠す子供のように思えた私は、既に溶けて消えていた驚きや戸惑いの後に残った感想だけを声にして紡いだ。 『凄く、綺麗…だと思う』 そんな私に、 『 あ、…でも、ごめんなさい。 ちょっとだけ大変、かも。 『何て言うか、煌びやか過ぎて、慣れない、感じはする…けど…』 この端正な顔にプラスされた、まるでおとぎ話のようなその眼差しの色は、現実にはあまりにも素敵過ぎて、見つめられた私の鼓動は無性に暴れてしまう。 ときめきを超えた恥ずかしさみたいなものが全身を駆け巡って、きっと赤くなっているだろう自分の顔を隠してしまいたくなる、けれど――――――、 "見た目が変わっても、オレはオレ" 『 宝石のような瞳を持つ外国の人に、普通はそんな太鼓判を押す事はないけれど、敢えて秘密を晒す前にそれを告げた事には意味があった筈だ。 『黒じゃなくても、 きっと 『 再び、体を引き寄せられて抱き締められた。 私の形を確かめるように動く 鼓動が一つになっていく感覚。 触れ合った部分から、体温が溶けていく感触――――――。 それをしばらく堪能していると、耳に息がかかる距離で 『今は、見せられないけど、もう一つ』 『もう一つ…?』 『髪も、本当は、黒じゃない』 黒、じゃない…。 髪の毛も…? 『…えっと…、それも、藍色、とか?』 馬鹿な返しをしたな、とは思ったけれど、 藍色、の髪――――――。 韓流のアイドルとかならいそうだけど…。 なんて考えてしまった私の頭の中は、四方八方から色んな情報が一気に入り込んできた事により、混乱を極めていた事は確かだった。 ―――――― ―――― 「――――――私が聞き知ってるサクヤ・ロランディって、一番何が有名だったかって」 逸美の声が、 「王子様って誰もが認めてしまう、その見た目だったらしいのよ」 「誰もが認める王子様ぁ…?」 未希子が、小さく首を傾げた。 「うう〜ん?」 「何か不満ですかぁ? 金井先輩?」 「う〜ん、まあ、確かにあの美形度は買うけど、さぁ。――――――室瀬さんのあの容姿を、誰もが認めてしまう王子様って評するのは、ちょっと言い過ぎなんじゃないかな〜って。だって、誰もが認める白馬の王子様的な王子様って普通、金髪碧眼とか、ほら、風が揺らす髪からキラキラトーンが点描で書かれるくらい見た目あかるーい、爽やか〜って感じの線が細そうで綺麗な人で、ゲームとかでも攻略対象ならセンターに立ってる感じの人。その点、室瀬さんはどっちかって言うと隣国の殿下! みたいな、王子の忠実な騎士様! みたいな、左から二番目とか、一番右端とか、そんな役割の感じの美形じゃない? もちろん、初めて食堂で見た時の、眼鏡からの変化が一番のごちそうで、私はお腹いっぱいだったんだけど」 「金井先輩ってぇ、世界観判り易くて素敵ですねぇ」 「…あんた、実は同調出来るタイプのクセに他人の振りするのはやめなさいよね」 「ええぇ? よくわかんないですぅ」 「まあまあ。その室瀬さんはわかんないけど、――――――そ。ずばりそこなのよね。黒じゃない。断じて黒じゃないのよ」 そう言った逸美は、改めて私を見る。 「いい? サクヤ・ロランディの目はまず青。光の反射具合でそう見えるってレベルじゃなくて、間違いなく青!」 …確かに、綺麗な青でした。 あの後、色から想像したパワーストーンの名前が知りたくて検索したら、その石の名はカイヤナイト。 海の青でもない、宇宙の紺でもない、とにかく単純な表現にあてはまらない色、とても明るくて美しい藍の青。 「そして髪の色が――――――」 ふと、逸美の目が、私を超えて何かを捉えた。 「そうそう、ほら、ちょうどあの人と同じ感じよ」 ――――――え? 振り返った私の視界に入ってきたのは、淡いオレンジを光沢として被せたような綺麗な ではなく、 「… そう、私が知っている室瀬 「って言うか、アレがサクヤ・ロランディだわ、 半ば茫然と呟いた逸美の声。 「青眼に金髪! センターキャラ!」 一気に興奮に火が点いたようで、ちょうどカップの上あたりで空気机を叩き出した未希子。 「…わぁ…、なんかもう完全に、西脇さん捕獲を目的とした攻撃態勢ですねぇ」 そして最後は、棒読みの藤代さんのセリフがぼんやりと頭に入って来て、 その後は、何て言うか、ほとんど思考が飛ばされた状態。 「 「…え、っと…」 私を目指して一直線にテーブルの合間を縫ってきた 「ど、どうしたの?」 正直に言えば、この姿で普通に日本語を話している事自体に違和感が拭えなかった。 もちろん、 確かにこの見た目なら、大学時代から逸美が知っていたサクヤ・ロランディに対する王子様という評価が決して誇大された風評では無かったと解る。 元々美形だけれど、それに加えてこのキラキラしい煌びやかさは反則だ。 ふと、初めて 彼女をどこかで見た事があるような顔だと思ったのは、TVとか雑誌とか、そう言う事じゃなくて、髪色が違い過ぎて結びつかなかったけれど、二人の顔の造りがそっくりだったから。 この日本人離れした美しい顔立ちと存在感は、間違いなく生粋のイタリア人だという母方の血筋だと思う。 「派手ですねぇ…」 「…」 少なくとも、私の心の内をすっかりまとめてくれた藤代さんのその発言に、当の本人である 「でもぉ、どんなに溺れてもぉ、絶対に自分を失くしちゃダメですよぉ? 西脇さん。でないとぉ、全部都合の好いようにもってかれちゃいますからぁ」 「え…?」 思わず藤代さんへと顔を向ければ、何かしら腹に秘めたような乾いた笑顔が私を迎える。 「浮かれた優しい王子様ほど、質の悪い暴君だよねぇって、そう思うんでぇ」 「えっと…それはどういう…」 微かに、好奇心よりも恐怖心の方が勝った私の疑問は、 「おい」 カイヤナイトの青が、何故か研ぎ澄まされたような温度で藤代さんへと注がれている。 けれど、その端正な顔に浮かべているのはとてもとても愛想のいい笑顔で、 「藤代、さん…だったか?」 「…そう、ですけど?」 それなのに、それを受けた藤代さんの上身は、強気な言葉とは相反して、一秒毎に仰け反っているように私の目には映りこんでくる。 「―――――― え? どうしてこのタイミングで私? 戸惑って声を出せずにただ茫然としていると、 「これから少し手伝って欲しい事があるんだ」 「…え?」 思わず首を傾げてしまった私の頬に、 「えっと…これから?」 「ああ」 「…すぐ?」 「出来れば」 「…それは、私に出来る事なら手伝うのは構わないんだけど…」 何だか蚊帳の外のようになってしまっている逸美や未希子の事が気になって、思わずチラリと視線を流す。 すると、そんな私の気持ちを汲んでくれたのか、オレンジがかった金髪がサラリと揺れる程に、 「こんにちは」 スッと表情を抑えこんだ雰囲気は、見た目を前髪で隠していた時の室瀬咲夜のものだ。 声音も、心なしか硬い気がする。 「金井さんは初めてではないですよね?」 「はい。前に食堂でお会いしてますね。改めてよろしくお願いします」 社会人らしく、きちんとそう返した未希子だけど、 「こちらこそ」 うわ、凄いわ…これぞ眼福。チカチカする…。これがセンターの力ね――――――なんて、心の声が表情に駄々洩れでの状態で。 「で、こちらが――――――」 言いながら、 「あ、彼女は私の高校の時からの親友で――――――」 紹介しようと慌てて口を開きかけた私を遮ったのは、当の本人だった。 「初めまして、 一瞬だけ、 「…はじめまして。室瀬です。いつも 「いつも …え? 「い、逸美…?」 急に声を大きく張り上げた逸美に、私は驚きで目を瞬いてしまった。 けれど、そんな私には目もくれずに、逸美は徐に語り出す。 「この子ったら、昔からしっかりしてるように見えて結構お人よしだし、押しが強い人の意見には割と流されやすいところもあったりするんですよね」 「ちょ、逸美?」 「だから――――――今の状況もとても心配だわ」 右手を頬にあてながら眉根を寄せるという仕草を見せた逸美に、 「…という言うと?」 二人共どうしちゃったの…? 混乱した私の思考で、明確に浮かんだのはその疑問だけ。 「なんていうか、貴方にご迷惑をおかけする結果にならないといいんですけど…」 え――――――? ちょっと、逸美、何を言って――――――、 "もしかしたら今は好きだと思い込んでいるだけで、後で我に返って錯覚だったなんて、そんな悲しい未来にならないといいですねぇ" 「――――――大丈夫ですよ。目を離さずに大切にしますから」 "どんな手を使っても逃がしませんからお気遣いなくぅ" え、ええと…? 「ああでもほら私、 "あなたなんかより …、 「…確か向坂さんは年の半分は海外にいらっしゃるとか? なるほど、心配は尤もですね。わかりました。 "これまでの時間の蓄積なんか、これから直ぐに追い抜いてやるぜぇ" 「――――――藤代さん、変な意訳を囁くのはやめて」 「ええ? 西脇さんを挟んでの、間違いなく両者の心の声ですよぉ?」 「藤代さん」 「…はぁい」 会社にいる時と同じ先輩風で軽く窘めて見れば、口を尖らせる様子の藤代さんはとてつもなく可愛い。 そんな彼女にあるのは、こうすると可愛いと目に映るだろうという"あざとさ"ではなく、当の本人が素のままで"こう"なのだと理解した。 プライベートな付き合いがこれから増えていけば、きっとまた別の思いがけない一面も見られるのかもしれない。 藤代さんを誘ってもいいかと提案してきた未希子の言う通り、そんな彼女との付き合いがこれからとても楽しみな気がしてくる。 「ま、そう言う事で、私がいない間の 「こちらこそ」 私が藤代さんと話している間に、逸美と 「 綺麗な金髪の輝く横顔を見つめながら名前を呼べば、青い眼が私を捉えて、再び右手が私の背中に添えられる。 そして反対の手の指が、私の横髪を耳にかけてくれた。 「――――――で、さっきの話だけど」 「え?」 あまりの接近体勢に、友達の前だからと腰を引きかけた私へと体を屈めて視線を合わせて、 「ほら、手伝って欲しいって言っただろ?」 「…えっと」 動揺しながらも、何とか彼の目を見つめ返して、ついさっきの会話を何とか記憶から引っ張り出す。 せっかくこの青というか美しい透けた藍色の光に慣れ始めたばかりだったのに、今度はこの眩しいくらいの金髪にも慣れなくちゃいけないなんて、 ―――――― 「うん。もちろん、私に出来る事なら」 ちゃんと挨拶もしてくれたし、元カレの事もあってずっと私を心配してくれている逸美も悪いようには受け止めてはいないみたいだし、どうしても必要な事なら、この場を抜けてでも手伝う事はやぶさかでない――――――そう考えた矢先、 「オレの同僚で宮池ってヤツがいるのは知ってるだろう?」 話は何故か、私の想像もしなかった場所へと向かい出した。 「み…宮池さん?」 その名前で直ぐに思い出すのは、皆藤さんが評していたような判り易いイケメンという明るいシルエットではなくて、 「もちろん…知ってるけど…」 「どうやらそいつのネコが今朝から行方不明らしくてな」 「えッ?」 ――――――猫? 私の反応と同時に、 「んぐ」 藤代さんの喉から低い呻きが漏れる。 「けほ、けほッ」 「ちょっと、あんた大丈夫?」 咳き込んだ彼女の向かいから、未希子が紙ナフキンを差し出して来た。 「あ、はい、…こほ…」 私はと言えば、そのやりとりを眺めるしか出来ない程に、何故か 「あいつ、どうやらその猫にぞっこんで、次は逃げ出す隙間なんかないくらい、厳重に整備して家で囲うって言ってたよ」 「…」 うちの社で、王子様と呼ばれ続けてきた宮池 「――――――王道なスチルだわ」 …未希子は、目をキラキラさせて既に空想の世界に浸っているみたいだ。 「えっと、つまり、宮池さんに合流して、その猫を探すのを手伝うの?」 「いや、――――――そう思ってたんだが…」 何故かそれを受けた でもその笑みは、脅迫紛いに口説いてきた時に散々見せつけられた、間違いなく裏腹の思考を抱えている時の表情で、 「実はついさっき偶然見つけたんだ」 「え?」 「その事を、あいつに連絡しようかどうしようか、今、もの凄く迷ってるところで――――――」 「うああああ、ににに西脇さん!」 ガタンと、椅子が背後に飛ばされる程に勢いよく立ち上がった藤代さんが、素早く私の手を握って来る。 「ふ、藤代さん…?」 その迫力に圧されて思わず 「あの、えっと、西脇さん!」 言葉を刻む事がまるで深呼吸。 「あ、あたしぃ、前言撤回させてくださぁい」 「え、…え――――――?」 「自分を失くすくらいに溺れられる恋に出会うなんて、とても素敵だと思いますぅ。たまには流されて正解ですよぉ。そのお相手が、この室瀬さんならばっちりですよね! 仕事出来るし、色々アレだけど、見た目だけは間違いなく最高級彼氏! うわあ、最高じゃないですかぁ」 「ふ…藤代さん…」 あまりにも棒読み過ぎるセリフに、私はなおさら逃げ腰になる。 「…何て言うか、色々アレってところが、結構重要だったりするんじゃない?」 「仰る通り」 未希子と逸美の突っ込みに、私も心の中で激しく同意した。 けれど、そんなやり取りも全く耳に入らない様子で、藤代さんは私へと言葉を紡ぎ続ける。 「はい、ここで追加情報です! 昨日仕入れたばかりなので、まだ裏付けはないんですが、かなり信憑性がある証言であります! この人、どうやらかなりのお金持ちらしいです。なので、借金とかの話は、何かの誤解かも知れません」 「借金? ――――――おい、何の事だ?」 私の頭上で、 「いいえ何でも! 全然大した話じゃありません! 本当にあたしの勘違いの話ですから、西脇さん、絶対に忘れてください! いいですね? 忘れましたよね? ね? 西脇さん!?」 「は、はい」 痛いくらいに手を握られた状態で、執拗にそれを繰り返された私は思わず頷き返す。 「素晴らしいです! 匂いまで同じになるとか、どこまでなんだってはっきり言って怖いくらいですけど、そこはもういいと思います!」 「…」 やっぱり藤代さんは気づいていたらしい。 改めて他人に言葉にされると、なんだか恥ずかしさが倍になって自分の中に渦巻いてしまう。 ニヤニヤする逸美と未希子を視界の隅に見止めて、きっと私の顔は真っ赤になっているんだろうと想像出来た。 「室瀬さん! 西脇さんとの事、ぜひ頑張ってくださいね、全力で応援してますから!」 「それは助かる。これからも相談に乗って欲しい事もあるし、色々と藤代さんを頼りにさせてもらうよ」 「ええ、もう、室瀬さんの目が届かない部署内の事はこの雪ちゃんにどんとお任せくださぁい。――――――あ、すみません、あの、あたし、ちょっと用を思い出したので、今日はこれで失礼しまぁす」 「え?」 突然の、藤代さんのキャラや、 慌ただしくバッグを肩にかけた途端、全速力で走り出したその後姿にも驚いた。 「ふ…藤代さん?」 呆然と呼びかけた私を他所に、 「これで暫くは問題ないか…」 「え?」 ポツリと、耳に届いた 「――――――何でもない」 指の背で頬を撫でられれば、その端正な顔立ちに背負った、キラキラとした効果色に眩暈を覚えながらも、 「えっと… 「ああ、そうだな。――――――いいですか?」 「断る理由はないわね。じっくりと聞きたい事もあるし」 「逸美さん、それがどの部分か、私、凄く解っちゃうわ」 「でしょ? 未だにその謎を問い詰めていない 三者三様の言葉を紡ぎ、それぞれが楽しんでいるように見える優しい景色が、私の胸に暖かく沁みてくる。 ずっと目を閉じて、見ない振りをしてきた自分を取り囲む世界。 元カレとでは知り得なかった彩りが、別の眩しさで以て私の心を震わせている。 友達がいる景色と、好きな人といる景色が、こんな風に調和して目に映るのはきっと初めての事だ。 そして、自分の居場所に、自信が持てたのも――――――。 「質問には、答えられる事と答えられない事がありますよ? 「うわ、変質的な香りがする表情! 興奮して変な汗出ちゃう」 「…一つずつが、何故か"一発ずつ"に聞こえるから不思議だわ」 「……」 さすがの逸美の勘の良さに、頭を抱えたくもなったけれど、 始めは、黒い眼差しで強引に私を惹き付けて、 そして今は、青い眼差しを優しく細めて、包むように私を引き寄せる人。 そんな 「――――――ったく、休日に家に押しかけてきてまで取るような決済か?」 「あのな、そう言える程に簡単な仕事なら、押しかけられる前に片付けとけって」 「……これでいいか?」 「ん、OK。あとはこっちに電子署名、こっちに直筆のサイン。――――――OK。それから、幾つか人事に関する計画と、業務拡大に関する企画部からの立案書もサーバーにアップしといたから、目を通して週明けには可否を出してね? 本国の仕事も溜まってるって、向こうの専務からもクレーム来てたから、そろそろ本業に力戻さないと、 「わかってる」 「ならいい。――――――それにしても…、彼女、まだ知らないんだ? お前が、自分が勤めてる会社のオーナーだって事」 「 「あー、はいはい。そんなに凄まなくても、ばらしたりしませんよ。雪にもちゃ〜んと言い聞かせてありますから」 開いたドアの隙間から、体力を奪われてベッドの上で微睡んでいた私の耳に、そんな会話が聞こえてきた事については、 「……」 しばらくは、秘密の予定です。 |