小説:虹の橋の向こうに


<虹の橋の向こうへ 目次へ>


主虹の紫



 出会いは偶然。

 次に会う約束は必然。



 それが初めての恋だったあたしは、

 よくわからないまま、

 たどたどしいまま――――――、



 あっという間に、全てを薔薇色に染められた。





 そして、





 『――――――お前、面倒くせぇ』




 一瞬で冷却された心が、

 グシャリと握り潰されたのも、あっという間で――――――・・・






 ・・・・・・ねぇ、


 見つめ合ったあの瞬間が全て幻だったというのなら、




 ・・・あたしは、




 あたしは――――――・・・・・・









 「あ、悪ぃ、これお前の?」




 ちょっとぶっきらぼうな男の子の声がしたかと思ったら、


 「え、」

 突然腕を掴まれて、


 驚いたまま動けなくなっていた数秒の間に、スッと視界に入って来た男の子。


 焦げ茶色の綺麗な瞳。
 赤茶っぽい、サラサラの髪。
 サイドに細いクリーム色のメッシュが幾つか入ってて、

 短く着崩した学ラン。
 中から覗く赤いシャツ。
 腰から下がる鍵の束。
 チェーン付財布はブランド物。

 あ、キーホルダー、パパと同じだ。


 「ねぇ、聞こえてる?」

 「――――――え?」


 気付けば、また一言だけを返してたあたしに、困ったように眉を顰めて、小さくため息をつく彼。

 「いや、だから、―――――コレ」

 「――――――あ」


 目の前に差し出されたのは、見覚えがあり過ぎる、黒地に紅い花模様のハンドタオルだった。
 スクールバッグのサイドに引っかけていたのが、いつの間にか落としていたみたい。

 「オレ踏んじまっ、」
 「ありが、」

 お互い、それぞれ何かを言いかけた時、


 「美織!」

 「きゃ」

 あたしの肩が、今度は背後から引っ張られた。







 「ちょっと、なんなんですか!? この子にナンパなんてやめて下さい」

 あたしを守るように彼との間に入り込み、ファストフード店レジ前に響き渡るほどの大声をあげた、あたしの親友、瑠璃ちゃんに、

 「ナンパって・・・」

 男の子の眉が、不本意そうに中央に寄せられる。


 「なら、その手」

 瑠璃ちゃんは、あたしの腕の掴んだままだった彼の手を指差した。


 「その手をさっさと放してください」

 「瑠璃ちゃ」

 「ナンパするなら、スカーフの色、ちゃんと確認しなさいよね! っていうか、そもそも何で、・・・」

 強気の姿勢のまま、周囲にいた大宮女子の生徒なら誰でも想像がつくだろう言葉を口にしかけた瑠璃ちゃんは、多分意志で、それを止めた。

 「・・・もう行こ、美織」

 彼の手を払うようにあたしから除けて、その代わり、今度は瑠璃ちゃんがあたしの腕を掴む。


 「瑠璃ちゃ」


 あたしは、呆気にとられている様子の彼に見つめられるのも心苦しくて、

 それと同時に、

 胸に赤いスカーフを結んだ、同じ高校の女の子達からの咎めるような視線に、本当は、知らない振りをしたかったけど、

 「あの、これ、」

 やっぱり、タオルを拾ってもらったお礼だけはどうしても伝えたくて、瑠璃ちゃんに強く腕を引かれながらも、何とか肩越しに振り返って口を開く。

 「ありがとうございました!」

 そんなあたしを見ていた彼は、一瞬驚いたような顔をしていたけれど、



 少しすると、照れた様子で鼻先をかき、



 目を細めて、小さくコクリと頷いた――――――。








 「もう! 美織ったら美織ったら美織ったら!」

 あたしの手を引きながら、瑠璃ちゃんが振り向きざまに叫んでくる。

 「あんな"いかにも"な手口に引っ掛かってどうすんのよ」

 「でもね、タオル落としたのはあたしで、あの人、拾ってくれたんだよ?」

 「それでも、急に腕掴むとか、痴漢と一緒じゃん」

 「・・・ぅん」

 確かに、アレには思わず固まっちゃいました。

 「だいたい、何で円(まどか)工業の生徒が大宮女子(うちのこうこう)のエリアにいるわけ!?」

 「・・・そう、だね」

 「自分達のテリトリーに寄ってくる"白"だけ相手にしてたらいいのに!」

 「瑠璃ちゃん・・・」

 「放課後待ちきれずにこんなとこまで狩りに来たとか? どれだけヤリたいかっての!」

 怒りに任せた感じでずんずんと早歩きで進む瑠璃ちゃんに、あたしはとうとう小走り対応。

 「ちょっと顔がイイからってさ!」

 そのセリフに、あの人の顔を思い出してみる。
 確かに、カッコいい人だった。

 「ああ、もう! 自習になったからって、あたしが美織を買物に付き合わせたばっかりに――――――ッ! ほんとに怖い思いさせてごめんね、美織」

 話を右へ左へと進ませて、それと同時に表情がクルクルと変わる瑠璃ちゃんに、あたしは思わず苦笑するしかない。
 そして、しっかりと手に握っていたハンドタオルを見つめながら、

 「――――――怖くなかったし、ほんとに大丈夫だよ。最後に見せてくれた笑顔なんか、とても優しそうだったし・・・。

 あたしは本気でそう言ったのに、





 「あ〜、もうホントごめん〜」

 半泣きを演出しつつ、立ち止まってあたしの頭をグリグリする瑠璃ちゃんは、子煩悩なあたしのパパが頼りにしちゃうくらいとっても過保護。
 実際、かなり心配をかけちゃっている事もあって、こと円工業の話になると、瑠璃ちゃんの過敏な反応には、いつも申し訳ない気分になってしまう。


 「ごめんね、瑠璃ちゃん」

 思わず呟いたあたしに、瑠璃ちゃんは一瞬だけ本当に泣きそうに顔を歪めて、


 「美織のバカ。ほら、帰るよ」

 「――――――うん」


 あたし達は、大宮女子のエリアに背を向けて、毎日登下校している通学路を、方角的には、円工業高校の方へと歩き始めた。


 「美織、今日はうちで一緒にワッフル焼いて食べない?」

 「あ、うちに昨日フルーツが届いたんだよ。生クリーム作って、贅沢にしちゃおうか」

 「いいね〜。テスト勉強も捗りそう〜」

 あたしと瑠璃ちゃんが帰るのは同じマンションで、中学入学と同時にあたしが家族と沖縄から引っ越してきたのがご縁の始まり。
 以来、高校2年生になった今も、ずっと仲良しだ。


 「なんか雨降りそうだね」

 瑠璃ちゃんが遠くの空を見て呟いた。

 「あ、ほんとだ・・・」

 立ち止まった目の前の大きな十字路は、

 右へ曲がるとあたし達が住んでいるマンションへ。
 横断歩道を渡って左へ進むと大宮女子高校へと続く、今来た道とは別ルート。


 そして、正面のこの先は・・・、


 実は、この足元にはかなり大きな川が流れていて、明らかにコンクリートの色が変わるそこから先は、"橋の上"だったりする。

 空の隙間を縫って、まるで迂回するように長くかけられたその橋は、車道も片側二車線の結構大きな橋。
 左右にある幅広の歩道も綺麗な石畳で造られていて、下の川沿いにある公園や、遊歩道、ジョギングコースを、透かし手摺から見下ろしながら歩く事が出来る。

 橋の手摺には一定区間毎にカラフルな色が塗られていて、今あたしが立っている位置から、紫・藍・青・緑・黄・橙・赤の順に向こうの端に続いている。


 完成時、一般公募から命名されたその橋の名前は、


 長虹橋(ながにじばし)――――――。


 とても素敵な名前のこの橋は、この街のシンボルであり、


 そして、この街の学生にとっては、ある意味の、


 "境界線"



 「でさぁ、アツシ君がぁ」
 「絶対レント君の方がいいってぇ」


 橋の手前で右に曲がったあたし達を抜くようにして、大宮女子高校の制服を着た女の子が二人、高い声を上げながら、楽しそうに通り過ぎて行った。

 明るいピンク色のリップ。
 綺麗な薄いオレンジのネイル。

 そして、恋に弾む、"白"のスカーフ――――――。


 ふと、こちら側を向いて話していた女の子と目が合った。


 「・・・」

 ドキン、と身体が動かなくなって固まってしまう。
 彼女の視線は、そんなあたしのスカーフにゆっくりと下ろされて、


 「――――――クス」


 あたしの"赤"のスカーフを見て、意味深に笑った。
 そして、あたし達なんか、まるで眼中にないと言わんばかりに、止まっていた会話を再開して、楽しそうに歩き出す。


 ・・・円工業のテリトリーに向かって――――――。



 「――――――美織、帰ろ?」

 「――――うん」


 やっぱり、ちょっと胸がチクチクってするくらいには、羨ましいなって、感じてしまう。

 自分を見下ろすと、揺れる赤いスカーフ。
 あたしの誇りではあるけれど・・・、



 ――――――あたしも"白"なら・・・、


 もっと何かが変わっていたのかな――――――?








著作権について、下部に明記しておりマス。



イチ香(カ)の書いた物語の著作権は、イチ香(カ)にありマス。ウェブ上に公開しておりマスが、権利は放棄しておりマセン。詳しくは「こちら」をお読みくだサイ。