小説:虹の橋の向こうに


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∞ 虹をてのひらに

 「あら、美織。出掛けるの?」



 春の日差しが柔らかく降り注ぐ景色の中、洗濯物を干していたママが、着替えをして部屋から出て来たあたしを目敏く見つけて声をかけてきた。



 「うん」

 「でもレント君、今日は学校の急な仕事で会えないって言ってなかった? もしかして瑠璃ちゃん?」

 「ううん。レント君。さっき時間出来たってラインが来て、もうこっちに向かってるんだって」

 「そう。良かったわね。気を付けてね」

 「うん。行ってきます」



 ふわりと微笑んだママに、軽く手を振って応えて家を出る。



 「レント君に会えるの、2週間ぶりかな・・・?」



 なんだかドキドキしてきた。

 あたしは相変わらずの実家暮らしで、目まぐるしい学芸員1年目はあっという間に過ぎてしまった。

 無事に教員採用試験に合格したレント君は、ここから電車で2時間くらい離れたところにある工業高校に赴任していて、会えるのは月に2度か3度。



 大学の時、毎日一緒にいたのが嘘みたいで、好きな事を仕事に出来て充実はしているけれど、ふと、一人で過ごす日常が寂しさで色褪せて見える時がある。



 でも、今日は3月3日。

 ひな祭りでもあり、あたしの23歳の誕生日。

 ずっと前から約束はしていたけれど、先週になって研究会が入ったって駄目になって、



 もうシフトで休みを入れていたあたしは、のんびり家で過ごそうかなって思ってた。



 そこに、





 『どうにか抜けられた。もうすぐ着くから、長虹橋まで降りてきて』



 "抜けられた"って事は、多分直ぐ戻るんだろうけど、





 "今から会いに行く"



 じゃなくて、



 "もうすぐ着く"



 ってところがレント君らしい。

 こういうところ、ほんとに大好きだなって思う。



 気を遣わせて、くれないんだよね――――――。





 いつもレント君に幸せを貰ってばっかり。

 いつかあたしが、レント君をこんな風に自然に癒してあげる事は、出来るのかな?





 マンションの敷地を出て、長虹橋へと右に曲がる。





 紫、藍、青、緑、黄、橙、そして赤。



 緩いカーブを描いて伸びる長虹橋の、剥げてしまった塗装を直したのは去年の事で、くっきりとした綺麗な七色が橋の向こうまで続いている。





 まずは紫。





 「――――――あれ?」





 橋の上に、ふと目に入ったモノがあった。



 何かを予感して、吸い寄せられるように近づいて見ると、そこには、川の底にあるような丸い石が置かれていて、それには、ペイントが施してあった。



 紫で、





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 ・・・5。





 藍の方へと歩き進む。

 やっぱり、そこにもあった丸い石。

 今度は藍色で描かれていて、





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 4。







 「・・・ミンサー・・・だ」





 呟いて、辺りを見回す。





 レント君――――――だと思う。





 もしかして誕生日のサプライズ?







 凄くドキドキしてきた。

 どこかから、あたしが戸惑ってるのを見てるのかな?





 青。





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 そして緑。





  ■ 

 ■ ■

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 黄色、橙、そして赤――――――。





 あたしの手には、ミンサー織の模様が7色あって、



  いつ までも、一緒にいたい――――――。





 そんな気持ちを交わしながら、二人でグリーンフラッシュを見たハワイの海を思い出した。







 ・・・あれ?





 違う・・・。







 あの時レント君が、ミンサーの模様に込めたって言ってたのは――――――、









 「――――――美織」





 考え込んで俯いている内に、目の前に突然現れた人影。

 ハッとして顔を上げると、そこにはレント君が居て、



 「7色、集まった?」



 僅かに目を細めて、優しく微笑むレント君に、春の光がサラサラと落ちる。



 会う度に素敵になる。



 ネクタイも似合うようになって、羽織るジャケットも、最初の頃よりずっと着こなしが上手になった。





 「ふふ。やっぱり犯人はレント君だよね。もし違ったらどうしようって、ちょっと思った」

 「ミンサー織なんて石に描くの、オレくらいだって」

 「そうだよね」



 笑った拍子に、手の中の石が、ころりと動く。



 そっか。





 7色。





 紫、藍、青、緑、黄、橙、赤。





 「レント君、あたしに、虹のプレゼントだね。ありがとう――――――」





 嬉しくなってそう言うと、





 「虹を見たら幸せになれるって、そんな話もあるけどさ」



 レント君が、少し屈んであたしの額にキスをした。





 「オレ、美織がそばにいる方が、一番幸せになれるんだ」





 「――――――え?」





 驚いて目を瞬かせている内に、7色の石ごと、ギュッと手を握られる。

 石と一緒に握られた中に、明らかに手触りの違うものが混じっていて、





 「・・・」



 卵型の、スウェードの箱。





 それはまるで――――――・・・、









 「樫崎美織さん。――――――オレと、結婚してください」





 「・・・え?」





 レント君は、石を落とさないように気を付けながら、あたしの手の上でその箱を開ける。



 中に入っていたのは、7色の石がまるで虹のように光る、凄く可愛い指輪で、





 「まだ、教師1年目で、稼ぎ少なくて、ミサオさんにはすっごい怒られそうだけど」

 「・・・」

 「この1年、仕事と距離に阻まれて全然会えなくて、先生するの好きだけど、でも、やっぱりどこか寂しくて」

 「・・・」

 「離れてなんか、いられないんだ」

 「レント君・・・」

 「美織がいないと、どんな大きな虹が出ても、オレは幸せになれないんだなって、この前一人で虹を見上げた時、すげぇ実感して、道の真ん中で本気で泣きそうになった」



 声が震えたレント君の様子に、

 じわりと分厚い涙が滲んで、周りが良く見えなくなる。





 あたしも同じ事を想ってたよって、伝えたいけど、口に出来ない。

 ちょっとでも声を出したら、そのまま子供みたいに泣いてしまいそう・・・。





 「・・・美織。何か言って・・・? オレ、ちょっとへこみそう・・・」



 「あ・・・、あたし・・・」





 ずっとずっと、レント君に幸せにしてもらってばかりで、ほんのちょっと、不安だった。





 でも、





 "美織がいないと、幸せになれない――――――"





 レント君が、そう言ってくれるから、





 「あたし、・・・ほんとにレント君を幸せにしてあげられる?」





 キラキラ光る指輪から、レント君へと視線を上げてあたしは尋ねた。





 「何言ってんの?」





 レント君は、少しだけ呆れたような笑いを浮かべて、





 「オレを幸せに出来るのは、美織だけだから」



 「レント君・・・」







 まだ恋に恋をしてた頃。

 あたしは、虹の橋の向こうには、きっと幸せがあると思っていた。





 でも、





 「返事は? 美織」



 「はい」









 「――――――え?」





 まるで違う答えを想定していたのか、レント君の目が驚きに見開かれる。







 「あたしを、レント君のお嫁さんにしてください」



 「あ・・・、マジ・・・で?」





 「うん」



 「美織!」



 「きゃ、あ、レント君、石が、――――――指輪!」



 「落とさないで!」



 「もう!」





 抱き上げられて、足をパタパタしながらもレント君をギュッと抱きしめる。





 でもね。



 こうして何年も、レント君と手を繋いで歩いている内に気付いたの。





 二人でいたら、いつも幸せ。

 あたし達、まるで虹の上に立ってるみたいだって――――――。





 だから、ね。



 レント君。





 これからもずっとずっと、







 「ずっと愛してる、美織」



 「あたしも、レント君」







 こうして二人で、





 虹の上を歩いて行こうね――――――。








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