小説:虹の橋の向こうに


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キャンディー・ケーン

 ――――――
 ―――――


 『あ――――――、篤の奴、彼女とうまくいったみたいだ』


 篤への返信を操作しながら、隣で居眠りしていた美織にそれを伝えると、


 『そっか、良かった・・・。レント君も、一安心だね』

 垂れた目尻をなおさら下げて、ふんわりと笑い、

 ――――――多分、睡魔に襲われて、意識半分は夢の中へ旅行中。



 "やばい、レント、慰めてもらいに行っちゃうかも"


 そんな、雲行きの怪しいメッセが届いてから2時間。


 "彼女からクリスマスプレゼントゲット"


 どうやら篤から、イブの突撃は食らわずに済んだみたいだ。


 『篤君、何があったの?』

 『詳しい事は書いてないけど、ちょっと行き違いがあっただけで、直ぐに仲直りしたらしい』

 『そうなんだ。凄いね・・・。あの篤君を本気にさせた女の子・・・会ってみたいなぁ・・・。 大宮 うち の2年の子なんだよね?』

 『うん。――――――けどオレは、どっちかっていうと、同情するかな』

 『・・・同、情?』

 『そ』

 『・・・どうして?』

 眠気を我慢する、ウルウルとした瞳で見上げられ、


 『・・・』


 いろいろ――――――、体がウズウズとヤバくなる。



 ちなみにここは、オレの部屋。

 クリスマスケーキを食べて、プレゼントを交換して、


 世帯主であり、ここに一緒に住んでるお袋は店に出てるから、必然的に美織と二人きり――――――のナイスシチュエーションなんだけど、



 "楽しんできてね"

 美織をマンションまで迎えに行った時、オレ達を送り出してくれた美冬さん(美織のお母さん)の、あの全てを許容するような眼差しでそんな風に言われたら、


 ――――あまり遅くならないうちに送ってきます。


 気が付けばそう口にしてしまっていた。


 もしもあれが娘を守る為の手段なら、オレにはかなり有効。
 美織のご両親の作戦勝ちだ。


 多分考えすぎなんだろうけど、

 美織との将来を視野に入れてるオレとしては、あの二人にはなるべく嫌われたくないし、
 美織に関してかなり小心者のオレは、まぁ、信頼を得る事で自分が楽だったりするから、オレと美織の関係はいたってスローペース。

 "いいのよ、レント君。せっかくのイヴなんだから、明日まで美織をよろしく"


 美冬さんは笑顔でそう言ってくれたけど、だからといって、据え膳としてありがたく美織をいただく事は、――――――今まで構築してきたその信頼ゆえに、結構難しいんだな、これが。


 『――――――篤ってさ』

 眠りそうなのを我慢しながら答えを待っている様子の美織に、床に広げていたDVDを片付けながらオレは言った。

 『チャラチャラして見えるけどかなり真面目。どっちかっていうと、潔癖に近いかも。"彼女"がいる時は、女友達の髪の毛一本にも触らないし、触らせないし。どんな事情があっても二人きりになったりしない。警戒心、かなり強いよ』

 『・・・意外・・・かも』

 『学校の事とか、家の事とか、イベントフラグの友達付き合いとか、そういった用事以外、スケジュールは全部彼女が優先だし。――――――そんな篤に、本気の相手が出来たとするなら、大いに同情の余地があるでしょ?』

 『・・・』


 きっと美織の脳の中は睡魔の嵐が吹き荒れている。
 ちょっとだけ考える目線の仕草は見せたけれど、直ぐに降参して首を傾げた。

 ――――――可愛いくて、構いたくなって、その前髪を指で梳く。

 出会った頃以上に、美織を見ているだけで、幸せな気持ちになってしまう。


 『・・・どう、して・・・?』

 『篤がそれをしないのは、つまり自分が"やられたら嫌"だって思うから』

 『―――――あ』

 『相手にそれを求めると、どうなるんだろうね〜』

 『・・・』


 あ、きたかな。


 『――――――美織?』

 『・・・』

 『美織ちゃ〜ん?』

 『――――――すぅ・・・』



 ――――――――――はい。


 美織さん、見事な寝落ちです。



 オレの肩に安心しきった頬を寄せて、すぅすぅと気持ち良さそうに寝入っている美織の、
 もう感触は覚えてしまうくらいたくさんキスを重ねてきた薄桃色の唇が、少しだけ開かれた状態でそこにある。



 付き合い始めて1年と3ヵ月。

 同じ大学を受験する事も決まっていて、同じ目標に向けて一緒に勉強もしたりしてる。



 オレの部屋のサイドボードに、50cmくらいのツリーを飾ったのは美織だ。


 緑と赤のライトが交互に光り、白の綿に輝きを灯す。

 アクリルのリンゴや、リボン、松ぼっくりに白い綿。

 赤と白のJのオーナメントって、サンタの杖なのかな?

 あと、ジンジャーマンのクッキーも。


 気に入ったものを次から次へと飾っていって、美織のツリーは、存在感のあるでっぷりとしたモノになっていた。



 去年のクリスマスは、付き合って二か月くらいだったから、イルミネーション見て、キスして、それで家まで送って行ったっけ。

 その時あげた、ミンサー織の模様を刻んだシルバーのピンキーリングは、今でも美織の小指にあって、


 " いつ か、 めに"来い


 オレの、聞く人によってはかなり重たい願掛けが込められている事を、美織は知らない――――――。




 コツン、と美織の頭にオレの頭を乗せて、


 美織とこうして一緒にいられて、凄く幸せだとは思うけど、


 ――――――なんかオレ、日に日に男として退化してる気がする・・・。



 はぁ――――――・・・と深いため息が零れた時だ。




 チリン。

 テーブルに置きっぱなしの美織のスマホが、オレもすっかり聞きなれてしまったメール受信を知らせて来る。


 見るつもりはないけれど、薄暗い部屋の中、明るく目についたその画面に表示された、メールの内容は――――――、




 "美織。明日のクリスマスは何してる?"



 送信者名は、 こう 君。


 『・・・あのヤロ』


 美織の兄貴分で、
 彼氏という立場のオレにとっては、迷惑でしかないくらい、妹分の美織を溺愛しているお兄ちゃん(注:アカの他人)。



 チリン、


 "もしかしてレント君と一緒なのかな?"


 『・・・絶対に解ってて送ってるだろ』



 チリン、


 "美織、明日はレント君も一緒に うち においで。 あお が美織のためにケーキを焼いたんだって"



 『・・・』


 明日の朝、美織が目覚めてメールを見て、

 どんな展開になるのかなんて、この時点で出したオレの答えは、絶対に満点の筈だ。





 去年の暮れから始まった、美織を挟んでのオレと煌さんの攻防戦は 熾烈 ・・ を極めてる。


 大晦日も、初詣も、なんだかんだと理由がついて、何故か煌さんが一緒だった。

 バレンタインは、美織の家でチョコレートフォンデュを 三人 ・・ で食べて、

 今年の3月の美織の誕生日は、美冬さんの執り成しでどうにか独り占めできたけど、ホワイトデーは、美織のお父さんのミサオさんを餌に使われて、公園でキャンディーをあげた直後に拉致られた。

 4月のオレの誕生日は一日中デートして、

 GWはほとんどの日数を家族ごと煌さんの別荘に攫われ、夏休みに入ったら煌さんも仕事が忙しくなったのか日本に居ないことが多くなり、受験勉強をしながら、平和に秋がきて、冬がきて、そしてこのクリスマス・イブ。


 どっちかっていうと、美織の攻略よりも、煌さんの攻略の方に手を焼いているような気がする1年だった。

 そんな事を思い返している内に、時刻は24時を過ぎて、クリスマス当日。



 『・・・ん・・・、レント、く・・・』

 オレの肩で、もそっと頭を動かした美織が、小さくオレの名前を呼んだ。


 『・・・』


 ――――――ま、いっか。


 美織の額に唇を当てて、胸の中にしんみりとくる幸せを感じる自分を確認する。



 本音を言うと、美織とシてみたい。

 オレの 彼女 もの だって、誰よりも美織の近くにいって、美織の全部を暴きたい。



 "レント君、美織んと一緒に居るとき、どうやって性欲抑えてんの?"



 ふと、この前、篤に言われた事を思い出した。


 ・・・オレ、そう言えば、最近はヌいてないな・・・。


 美織との想像が刺激強すぎて、AVとかではあんま勃たなくなってんだよな――――――。

 かといって、美織で頻繁にしちゃうと、本物を見る目がおかしくなりそうで、暴走しそうな性欲に、理性がうまくストップをかけている。



 今年中は、もう無理だろうな――――――。


 そんな結論を出しながら目を閉じて、

 案の定、翌日は煌さんの家に行く事になったクリスマスから、また1年――――――。




 「レント君、今年はね、クロカンブッシュにしてみたよ」

 「お、すげぇ」


 オレの家に、小さなシューを、まるでツリーのように三角に積み上げたお菓子を両腕に抱えて運んできた美織が、すっかり女子大生っぽくなった薄化粧の顔を綻ばせて、素直な喜びを見せながらやってきた。

 「凄いでしょ?  あお さんに教えてもらって、頑張ったんだ」

 「そっか」



 篤がやっと本気の彼女をモノにしたクリスマスtoクリスマス。

 その1年の間、


 ――――――時々煌さんに邪魔されながら、それなりに楽しめた大晦日にお正月、バレンタイン。

 2月、無事に大学に合格して、3月の卒業記念の旅行には美織と月虹を見にハワイに行った。


 残念ながら目的だった月虹には出会えなくて、

 その代わり、すれ違いかけた美織と二人で、水平線の向こうに神秘的なグリーンフラッシュを見る事が出来た。



 その時、


 " いつ か、レント君のお めさんに"


 ピンキーリングに込めたオレの願望をリバーシブルして、美織がお嫁さんになりたいなんて夢を語ってきて、


 『・・・あたしも、レント君が欲しい。誰よりも、一番近くに来てほしい』


 真っ赤になった美織にそんなお誘いを受け、

 冗談抜きですっげぇ盛り上がったけど、


 ――――――結局、煌さんの醸し出す色んな存在感のおかげで、関係が進展する事はなく。



 大学に入って、学校が違ってた高校の時以上に公認カップルとして周りに騒がれつつ見守られ、


 郷土研究会なるサークルに入り、


 4月のオレの誕生日。
 それなりに期待をしてたけど、女の子の事情が重なって、またしても腕に抱いて眠るだけで終了。


 その後の、GWと夏休みは、世界中の伝説や伝承を研究しながらサークル活動を満喫して、



 そして、


 『レント君は美織と一緒の部屋でいいでしょう?』

 当然のようにそう言って来た あお さんに、

 『どっちでもいいですよ』

 投げやりってわけでもなく、特に強いこだわりも無くそう応えてしまったオレに、煌さんが一瞬眉を顰め、


 『――――――ねぇ、もしかして、君達って、"まだ"だったりする?』


 その確認に、美織が寂しそうに笑ったのは、煌さんの誘いを受けて、オレも一緒に長野の別荘にお邪魔した、この前のシルバーウィークの事だ。




 "今年のイブは、あたしがそのままレント君のお家にいくね"


 そう言って、 あお さんと挑戦したというクロカンブッシュの完成形を、美織は運んできたのが、今年のイベントの始まりだ。

 今年の美織は、真っ白なコートを着ていて、


 「美織、コート、かして」

 「あ、――――――うん」

 「・・・」


 あれ?

 と、ちょっと思う。


 脱いでも、真っ白なワンピース。

 布自体に模様が入って、なんだか、お袋のクラブのホステス達が雑誌で見てた、ウェディングドレスみたいだな――――――。

 頭の隅で、何となくそんな事を思った。


 ホワイトクリスマスを意識してんのか――――――?


 レースのカーテンで隠れた窓の向こうはすっかり真っ暗だったけど、天気予報では雪もあり得るっぽかったもんな。



 ふと、色鮮やかに視界に入ってきたクロカンブッシュに、

 「あ、サンタの杖、みっけ」

 お砂糖で表面にひっつけられた飾りの中から、見知ったそれを見つけて指差すと、

 「――――――サンタの杖?」

 美織が、不思議そうな声でオレの視線を追ってきた。


 「うん。ほら、これ」

 赤と白のストライプの、Jのキャンディ。



 「――――――レント君、これね、キャンディ・ケーンっていうの」

 そう言った美織の声音が、笑いを混ぜて高かった。


 「キャンディー・ケーン?」

 「うん。 キャンディ ケーン

 「うん、やっぱ杖だよな」

 頷きながら応えたオレに、美織は小さく首を振った。



 「これは、サンタさんの杖じゃなくて、羊飼いの杖なんだよ」

 「――――――え?」

 「迷える子羊を引っ掛けて、群れの中に戻してあげる、羊飼いの杖」

 「・・・へぇ?」


 羊飼い、――――――ねぇ?



 「――――――レント君」

 「ん?」

 「暖かいココア、飲みたいな・・・」

 「ん。ちょっと待ってて」


 珍しくそんな催促をした美織の 表情 かお が、微妙に、いつもと違うものに見えたけど、


 そんなに深く考えずに部屋を出て、そして、


 「おまたせ」


 ココアのたっぷり注がれたマグを2つ、両手に持ってきたオレを出迎えたのは――――――、



 「――――――美織ッ!?」



 危うく、持っていたカップをそのまま落としそうになってしまった。


 白いワンピースの裾を広げて、ベッドの上に座り込んでいる美織の、

 その首には赤と緑の太いリボンが結ばれていて、



 「あのね、今年は、プレゼント、用意してないの」

 「――――――え?」


 ちょっと、待った――――――。



 「どうしても、あたしを貰って欲しくて」

 「美織・・・、なんで、急に」


 嬉しいけど、なんだか混乱の方が先で、


 「あの、煌君が、」



 「――――――は?」


 カチン、と。

 オレの頭を何かが叩く。



 「煌君が――――――?」


 今、自分がどんな顔をしてるのか、

 美織の顔を見ていたら、何となくわかった。



 けど、オレにだってボーダーラインあるよ?


 エッチするお膳立てを、 あいつ から貰うとか、冗談じゃないって、マジで怒りの方がくる。


 「美織・・・、煌さんに言われて、オレに抱かれようとしてるって事?」

 「違う、待って、誤解だから! レント君!」


 悲鳴のように叫んだ美織に、ハッとする。


 やべ。

 ちょっと自分を見失ってた。


 けど、マジで、

 久しぶりに本気でイラついた――――――。



 「あのね、煌君に言われたのは、"レント君に甘え過ぎだね"って」


 「――――――え?」


 「 あお さんにも、言われたの。――――――先に進む事を、全部レント君に任せてるって」


 「・・・」


 「この前、別荘でのあたし達を見て、思ったんだって。まるで、熟年の夫婦を見てるみたいだって」


 「・・・」


 「愛もある。思いやりもある。なのに情熱が無い。世の中にはそんなカップルもいるだろうけど、あたし達の場合は、あたしがレント君に全部任せて、甘えているからだって」


 「・・・別にオレは・・・」


 そりゃ確かに、男なりの事情もあり、独占欲も征服欲も人並みにはあるから、

 美織を好きだという気持ちと同じくらい、めちゃくちゃに抱きたいって願望もある。


 けどそれは、美織のペースを乱してまでも欲しいものか、そう問われれば、違う気がして――――――。


 「どうしたいの? って、煌君に聞かれた時、あたし、"だってレント君が"――――――って、それしか言えなくて・・・」

 「美織・・・」

 「どうにかなりたいのなら、自分から行動してみないとって、 あお さんにも言われて、色々、考えてみたの――――――」

 「・・・」

 「クロカンブッシュは、ウェディングケーキなの」

 「・・・あ」


 だから、白。



 「あのね、レント君」


 ベッドから、アッシュがかった髪をその白いワンピースに垂らしてオレを見上げてくる美織は、ゴクリと喉を鳴らすほどに色っぽくて、


 「あたし、レント君と、次のステップに進みたいです」

 「美織・・・」

 「あたしを、・・・貰ってくれますか?」


 掠れた美織の声を聴いて、

 オレの心の奥底に、ずっと仕舞っておいた美織への欲望を閉じ込めた箱が、パタンと蓋を開けて開放された。


 哲との"初めて"に恋のトラウマを持っていた美織は、

 何をするにも、身体じゃない。


 ――――――心が、いつもとても緊張していて、


 だからオレは、

 いつだって慎重に、美織の表情を窺いながら、自分の理性と折り合いをつけて、一番いい距離を保ってきた。


 けど、慣れて来るとそれは思ったよりも自分を楽にしてくれて、


 「甘えていたのは、オレも一緒」

 「――――――え?」

 「1年前、ハワイで触れ損ねた美織の傷に、もう一度向き合って先に進もうというプロセスを、今でも十分に幸せだから、なんて建前で、ずっと先延ばしにしてきたんだ」

 「・・・レント君・・・」

 「情熱が無いって、煌さんに言われるのは、当然かも――――――」

 「・・・その煌君がね、――――――これからは、もう邪魔はしないよって」

 「――――――え?」

 「"僕も、美織を手放すのをずるずると往生際悪く先延ばしにしてきたから、そろそろ開放してあげる"・・・って。――――――レント君に、伝言」

 「・・・ん〜」


 信ぴょう性は薄そうだな――――――。


 オレと美織がそうなったらそうなったで、絶対に次の立ち位置を考えているような気がする。



 「あの・・・、レント君?」


 「なんつうか――――――」


  天敵 ライバル だと信じて疑わなかった煌さんという存在が、


 まさかここにきてオレを置いてけぼりにしてくなんて――――――。



 「――――――美織」


 オレは、覚悟を決めて、ベッドの上に座る美織に近づいた。


 とても好きで、いつだって抱きたかった。

 けど、

 好き過ぎて、その先に進む事に、怯えてしまっているオレも、確かにいたんだ――――――。




 情けねぇ。



 シルバーウィークで会った時、煌さんは、そんなオレの卑怯さに気づいた。

 そして、あえて、美織の方を諭してくれた。



 ――――――確かに、あいつは美織の、


 オレらの兄貴分だ――――――。



 「美織」

 「レント君・・・」

 「もしかしたら、美織を抱いたオレは、美織が好きなオレじゃなくなるかも」

 「・・・」

 「優しく美織を見守っていた、それだけのオレじゃなくなるかも」



 これ以上、美織を大切に思う事を、どうやって止まればいいんだろう――――――?


 初めての"恋"の時は湧き出なかった、泣き叫んだって、美織を傍に繋ぎ止めておきたいという、怖いくらいの執着を、


 「大丈夫だよ?」

 「美織・・・」

 「そしたらね、レント君が、あたしの知らないレント君になりそうになったら、キャンディー・ケーンで、こっちだよって必ず呼び戻してあげるから」

 「・・・」

 「それに・・・」


 不安気に、眉尻を下げて苦笑した美織に、オレは慌てて傍に寄る。

 そっと掌を頬にあてて、



 「・・・美織?」


 オレが美織の正面に座ると、マットのスプリングが、ギシリと泣いた。


 「あたしも、迷ってしまうかも」

 「・・・」

 「もっともっと、ずっと心に隠してた、――――――どの子もレント君にそれ以上近づかないでって、そんな風に叫ぶ、醜いあたしが出ちゃうかも」

 「美織・・・」


 まさか、そんな事を考えていたなんて、全然気づいていなくて、


 「だからね、お互いに」

 「――――――そうだね、美織」


 "恋が二度目なら、もっと上手に出来ると思わない?"


 そう伝えたオレだけど、

 何度目だろうと、きっと"恋"は、


 いつだって迷うし、いつだって立ち止まる。



 そこから進みだそうとする勇気は、


 こうして何かに、


 ――――――誰にかに支えられながら、新しい形へと進んでいくんだ。



 そして、美織とだから、


 諦めずに、迷いながらも、ずっと先まで進んでいきたいと思う。



 「凄く、嬉しい、美織」

 「レント君――――――」

 「真っ白・・・。ほんと、ウェディングドレスみたいだね」

 「・・・」


 ああ、そうやって、頬を染めて俯く美織を、

 ただ可愛いって見守るだけじゃなく、

 ずっとずっと、オレの腕の中に閉じ込めてしまいたかった――――――。



 「今夜は、オレを、美織の一番近くに呼んで欲しい」

 「あたしで、・・・いいの?」

 「美織がいいの」


 いつか、ハワイで交わした言葉の再現。


 「・・・あたしも、レント君が欲しい」

 「美織・・・」

 「誰よりも、一番近くに来てほしい」


 あの時から、二人の想いは変わっていなかったのに、

 イベントに縋って、切っ掛けを探して、それを出来ない言い訳を繰り返して、



 なんて迷って、遠回りをしてきたんだろう。



 「好きだよ、美織」

 「あたしも、大好き、レント君――――――」




 美織の首に結ばれた、赤と緑のリボンを解いたのは、付き合ってから3度目の 聖夜 イヴ の事――――――。



 甘い甘いキャンディー・ケーンで引っ掛けられた羊二頭が、

 それから5年後、イブに結婚式をあげるまでの、新しい二人の物語の始まりの日――――――。









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