小説:ColorChange


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過去の事って気になりますか?
《 Acting.by ケリ 》

 「とりあえず俺達、はじめてみないか?」

 強く、切ない目線でそう言われ、甘い痺れが体中を走った。
 泣きたいくらい嬉しくて肯定の言葉を伝えたかったのに、その前に唇を塞がれてしまう。

 身体を冷やす夜の空気とは裏腹の、彼の口内の熱。
 その熱が、舌を伝って私の中を温めていく。
 何度も角度を変えられて唇が動くたび、髪に差し込まれた指に力が入り、私を逃がさないように固定してきた。


 「ん、・・・」

 キスの合間、私の頬、彼の頬に、お互いの熱い吐息がかかる。
 そうしている間にも、同じマンションの住人が何人か迷惑そうにエントランスへ入って行った。

 「あ、天城さ、」

 胸を押して、続きを制するように訴える。

 「ん? ああ・・・」

 状況を読み直したような眼差しで、天城さんは私を見下ろしてきた。

 「あの、部屋・・・上がりますか?」

 「いいのか?」

 艶っぽい瞳が、意地悪に光っている。

 「部屋に入れば、今夜も、きっと抱く」

 耳元にキスを送ってきた。


 「というか、抱きたい。いいのか?」

 (え?)

 顔がますます火照るのが分かる。
 一般的に、男の人ってこんなに、直情的なものなの?
 それとも日本人がこういう感じなの?
 でも、ロスの友達に聞く日本人の男性ってそういうタイプじゃなかった・・・。
 ただ天城さんが、そういう人だというだけ?

 一気に混乱してしまって、言葉が出ない。

 「ああ、それと」

 天城さんは、ふと思い出したように甘い表情を打ち消して真顔になった。
 指は私の頬を撫でているのに、厳しい視線が降ってくる。
 その表情に、痛いくらい張りつめた私の心の緊張の糸。

 「一つだけ、はっきり確認しておきたい事もあるから」

 「――――え?」

 天城さんは、私の腰を抱き寄せるようにして歩き出す。
 エントランスからエレベーター、部屋のドアの鍵を開ける時でさえ、天城さんは部屋に入るまで一言も話さなかった。



 ソファに座る天城さんの前に、私はそっとコーヒーを淹れたカップを置いた。
 コートを脱いだ彼は、エントランス前で見た時とは真逆の白のニットを着ていて、組んだ細身の黒の足のラインが一層引き立って見える。

 さっきエリカと話をしていた時に思い出したけれど、
 まだロスに居た頃、私は"Stella"に送られてきたポートレートをルビの持っていた資料の中に偶然見た事があった。
 女性を虜にする妖艶な眼差しのショットと、猫を抱く自然な笑い顔のショット。

 対照的な写真でギャップをPRするモデルは多いけれど、彼の表情は別格だと思った。
 日本を代表できるトップ俳優だと知った時はなるほどと妙に納得もした。

 日本人の顔をしているのに、東洋的な静の魅力と、南米的な煽情感を醸し出す雰囲気。
 彼自身、多分それを理解していて、とてもうまく使いこなしている。
 他人には理解できない何かしらのスイッチが、きっと彼の中に存在しているんだろうと思う。

 私が胸をときめかせているのは、彼の思うところの、どの天城さんなんだろう―――――。

 そんな事を考えながら、私は無意識に天城さんの向かいのソファに腰を下ろして、持っていたコーヒーカップをテーブルに置いた。

 「ケリ」

 天城さんに呼ばれ、顔をあげる。
 昨夜と違って電気を点けていたから、彼の瞳は、初めてK's(ケーズ)で会った時と同じ藍色だった。

 その目が、ジッと私を見つめている。
 愛しむわけでもなく、責めるわけでもなく、


 「さっき言った、一つだけはっきりと確認したい事」


 真実を求める、ただただ、真摯な眼差し。
 前以て、何かを準備している体勢じゃない。
 すべてを、そのまま欲している、一番怖い眼差し――――。


 「・・・はい」

 私は思わず頷いていた。


 「俺以外に、あんたを抱く男は存在するのか?」

 「―――え?」

 思いがけない質問だった。

 「昨日までの事は含めなくていい。・・・今と、これからの事だけ考えて答えをくれればいい」


 どういう意味?

 私がSEXを受け入れたのは本当に久しぶりで、正直、昨夜も全て覚えているわけじゃない。
 記憶がない時間の中に、こういう質問が必要な発言なり行動なりが、私にあったという事なの?



 どうしよう――――
 答えは一つしかないけれど、・・・どう答えればいいんだろう――――

 緊張する――――。


 ゴクリと喉を鳴らして私は応えた。


 「――――存在しないわ」

 天城さんは、しばらく目線を外さずに黙っていた。
 私はただ、答えたままの姿勢で彼の次のアクションを待つ。
 何も判らない以上、私は正直な表情で此処に在るべきだと思った。

 耳鳴りがしそうなほどの沈黙がしばらく続き、ふと、天城さんが頬を緩める。
 組んでいた足を解き、二人の間にあるローテーブルを避けて私の前にやってきた。


 「ケリ」

 さっきとは打って変わった甘い彼の声。
 私の左手を取って、指先にキスをする。
 瞬間、デジャブのような感覚が私の身体を走り抜けた。


 昨夜――――――。

 昨夜も、彼はこんな風に私にたくさんのキスをくれた―――。


 「天城、さん」

 天城さんの唇から赤い舌が出てきて、私の薬指の先を一舐めした。
 ぞくり、と痺れが現れる。

 私の反応を見て楽しそうに、天城さんは舌を動かす。
 指の根元から舌先を這わせた後、そのまま指半分を口内に隠されてしまう。
 暖かさから一変、熱い愛撫がその中で繰り広げられて、私は触れられてもいない身体の奥が絞られるようになる感覚に耐えていた。


 「・・・あ、まぎ、さ」

 もう立てない自信があった。
 どうしてこんなにも、この人に感じてしまうんだろう。

 私の"初めて"は前の夫で、離婚が成立した後も恋人はいなかった。
 つまり、天城さんは私にとって2人目の男性。
 経験値が低いと言える私は、前の夫が特別すぎて、女性であればどの男性ともこんなふうに淫らになる事が普通なのかどうか、まったく判断ができない。

 「ケリ・・・」

 濡れたような彼の瞳が、私を射るように惑わせる。

 「あんたが欲しい」

 熱い息が、耳たぶにかかる。
 髪を梳く手から、甘い痺れが齎される。


 「ここ? それとも、寝室?」


 え――――?

 一気に顔が火照る。
 心臓が止まりそうなくらい恥ずかしい。

 けれど"答えない"という選択肢が無い事を、天城さんは視線で伝えてくる。

 ダメ・・・逆らえない・・・。


 昨夜抱き合ったこのソファも目に入るけれど・・・、

 「――――ベッド」

 俯いたまま、私は小さく呟いた。








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