小説:ColorChange


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過去の事って気になりますか?
《 Special-Act.by 遠一 》

 天城アキラという男は、俳優になる為に生まれてきたんだと、オレ、遠一はじめは常々思う。

 今はジョニー企画の統括マネージャーという立場にいる樋口のおっさんが言うには、アキラは9歳くらいの時には既にスカウトマンの間で有名な子供だったらしい。

 美少年って奴は、実はそんなに少ないわけじゃ無い。
 問題は骨格が変わる二次成長期以降。
 そしてその成長期は、個人差があるから見極めるのが難しい。

 小学生の頃は可愛らしい男子が突然逞しくいかついお兄さんでジャンル変わりしていたり。
 結構普通の顔立ちの男子がワイルド系イケメンになったり。

 進化論や退化論。
 オレの周りだけでも伝説は結構あったりする。

 有名だった子役が、突然姿を消したりする理由も、その劇的変化に対応する売り方の切り替え遅延が原因の場合が多い。
 まあ実際は進化も退化もしてないから表現に語弊はあるが、それを踏まえて、イケメンを売りにする役者はもっと深い選別でスカウトしなければならない。

 ただの見た目いい男だけではNG。
 プラスで大事なのが、表現力、順応力はもちろん、

 眼力―――――。

 つまり、目で語る力。

 スクリーンの中で生き残れる俳優とは目力がある人間だけだ、という有名監督の持論に諸賛成。

 確かに、あれだけ目ん玉一つアップにされて、観る側に何も残らないような俳優じゃあどうしようもないと思う。

 アキラは、13歳で樋口さんのスカウトを受けて、鳴り物入りで銀幕デビューを飾った大型新人俳優。
 不治の病を患った彼女との、幼くて甘くて悲しい数か月を前向きに生きる彼氏役という、そのベタで危うい役を、精悍さの中に幼さを匂わせたアンバランスな魅力で演じ切った。
 その作品の出来はなかなかの評判で、海外の映画賞に招待され、14歳にしてレッドカーペットを歩いた経験もある。

 それから25年。
 アキラはこれまでに出演作3作品をノミネートされ、残念ながら個人での賞はもらっていないが、音楽賞やら脚本での特別賞やらは受賞している。
 けれど、作品を取り上げる際に話題になるのは、必ずと言っていいほどアキラが目線で語るシーンが多いから、他ノミネート作品と世界的知名度の差がなければ個々の実力としては、それはきっとほんの少しの差なんだとオレは信じている。



 あの神秘的に長い睫の下からは、目に見えない特殊ビームが放出されているんじゃないかと、オレは本気で疑った事もあるくらいだ。

 目線で愛を語り、放った視線で人を刺す。
 それを出来る俳優はそう多くない。

 アキラが、ドラマや舞台に主軸をおいても、銀幕チームから変わらずオファーが続くのは、彼が日本の志宝だという証だと、樋口さんはほくそ笑んでいる。

 『Color Change』

 取材やなんかで自分の演技を語る時、アキラは主にその言葉で選択する。
 『変色性』という意味があるらしい。
 なんとかという宝石が色を変える時の作用をそう呼ぶんだそうだ。
 その"Color Change"とやらから生まれるあの視線の振り幅に、世界がやられる日が来ると、オレも結構信じていた。
 "Stella"を獲得できたのもその効果なのだと思っている。

 その"至宝"の目線が今―――――
 ケリという一人の女性に対して一心に向けられている。


 愛しむ甘い眼差しと、
 過去に嫉妬する直情の眼差しと。

 これは、かなりやばいと思う。


 「アキラ」

 オレは呆れたように笑った。
 藍色の瞳が、ゆっくりと持ちあがってオレを見る。

 今だって、彼女が目の前にいればすぐにでも組敷いてしまいそうなほど全身で発情している。
 このままTVに出たら世の女達まで発情して、マジでベビーブームの火付け役になれそうだ。
 色っぽくてやべぇ。

 「お前さぁ、多分、ちゃんと女に惚れるの初めてだろう?」

 珍しく諭すような口調になったオレの態度にか、それとも内容にか。
 アキラは口を一文字に結んだまま、その双眸を見開いた。

 「まあ、今までの女共とは本気じゃなかったなんて言わないが、お前、学生の時、ちゃんと盛れてないもんな」

 「―――は?」

 「本当なら、中学高校の恋愛で正常に盛って好きな女とSEXして、そこから色々経験してくはずが、その頃のお前はほとんど事務所のお膳立てで、噂になった相手役の女となんとなく付き合ってたっていう程度だし、それ以降も長続きした女はいなかっただろ? そんなお前が離婚した前の旦那に妬くなんざ"らしく"無さ過ぎだろ? ――――本気で惚れた女と恋愛すんのも、抱くのも。お前、多分初めてなんじゃないか?」


 言ったオレの言葉を次第に呑みこめたのか、アキラは次第に肩から力を抜いた。
 同時に、アキラの全身から放出される雰囲気が優しいバラ色になっていくのが分かる。

 「すげぇな。これも、『Color Change』だな」

 煙草の煙を吐き出しながら、オレは親切心で伝えてやった。

 「相手が彼女だと、お前はそんなふうに変わるんだな」

 オレは短くなった煙草を灰皿に潰しながら口調を変える。

 「まあ、仕事に支障がない程度にしとけよ。やりすぎで過労とかいいネタあげんな」

 アキラが眉を顰めた。
 オレは、ジャケットの内ポケットから折り曲げた一枚のゲラ刷りのコピーを取り出して見せる。

 「明日発売の雑誌に掲載される記事だ。多分、写真は他の雑誌にも持ち込まれてる。派手なキスシーンだな」

 アキラがハッとしてそれを広げた。
 内容を読み込む内に、険しい表情になっていく。

 「撮られたのは昨夜だろう? 朝帰りした事も書かれてる」

 「・・・」

 何かを考えるようなアキラの表情。

 「"Stella"としては、彼女を守るために、新イメージキャラクターについてお前に決定した公式発表を数時間のうちにウェブで実施したいと言ってきた。これで火消しできるか、逆効果で熱愛報道に火がつく可能性もあるが、どうする?」

 「―――どっちでもいい」

 アキラは覚悟を決めたように笑っていた。

 「俺は、彼女の事は誤魔化すつもりも隠すつもりもない、が・・・。ケリの生活に支障が出るようなことは避けたい。それだけだ」

 「了〜解、んじゃ、後は"Stella"とこっちで決めさせてもらう」

 頷いたアキラに、オレは口を斜めにして笑って見せた。

 「・・・なんだ?」

 「いいや?」

 惚けたようにオレが首を振ると、怪訝な眼差しを向けてきたアキラだが、「ちょっとメールいいか?」と携帯を操作し始めた。

 多分、彼女に記事になる事を伝えようとしているんだろう。
 その表情を見て改めて思う。
 本当に楽しみだ。
 この先こいつが、まるで青春を取り戻すような恋愛をする事――――。

 オレにとっては、今世紀最大のラブストーリーのクランクインだった。








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