「今後一ヶ月、ケリに関する記事はインターネット内も含めて僕が必ず抑える。それまでには、天城アキラと別れるか、マスコミ対策不要の"俳優じゃない"別の男を探すか、どっちかにしてよね」 『え? ちょ、ルビ?』 ケリがまだ何かを言いかけていたけれど、ほとんど言い逃げで通話を終えた。 電話の向こうで、目を白黒させている彼女の姿を想像して少しは気が晴れる。 「いいんですか? ルビ」 昨日から"Stella"で抑えているホテルのスイートルーム。 ソファの上に携帯を投げ置いた僕に、ウェインが紅茶を出しながら尋ねてきた。 「なにが?」 僕は不敵に笑って応える。 今回のゴシップの件をエリカから報告を受けて以降、その対策に追われて、指示、交渉、指示、交渉の繰り返し。 そんな事を数時間も続けていた。 少しくらいの意地悪は許されるはず。 「別れて欲しいのは正直な気持ちだし、別にいいと思うよ」 開き直った僕の態度に、慣れているウェインは短く息を吐くだけ。 ケリと天城アキラを引き合わせた張本人だから、つまりはウェインへの戒めにもなっているわけだ。 さて、これからどうしようか――――。 紅茶を啜りながら、午後から登校すべきかどうか考え始めた時だった。 ローテーブルのPCから電子音が鳴り響く。 僕はマウスを操作し、Web会議室をアクティブにしてラインを開いた。 『ルビ』 WEBサイト上で分割された画面の一つに映るのは、エリカだ。 「やあ、エリカ。ご苦労様」 さらりと僕が告げると、エリカはその綺麗な顔を微妙に歪めた。 僕が会長を務める本宮グループの傘下にある日本のIT企業の会議室に籠り、つい先ほどまでLAにある"Stella"本社のウォールスクリーンにその動画を送って次年度のイメージキャラクター発表を敢行していた彼女は、かなり憔悴しきった表情を隠さずに悪態をついてきた。 『やっと解放されたわよ。最近のインタビュアーは馬鹿な質問しかしてこないから本当に時間の無駄で疲れるのよ。この私が! ここまで尽力したのよ。もちろん"オオモト"はどうにかしたんでしょうね?』 「もちろん」 ソファのひじ掛けに頬杖をついて、僕は飄々と答える。 「データからコピー回数も確認したし、しばらく動きもマークする。ケリにもしっかり釘をさしておいた」 『ケリに?』 「うん」 『・・・嫌な笑顔ね』 エリカの頬がピクリと動いたのを見逃しはしない。 「どうとでも」 昨日、ジョニー企画との契約には子供っぽいところを見せてしまった僕もいつもより意味深の態度を取り、お互いが状況を読みあって無口になった少しの間の後、 『―――ウェイン、居るの?』 諦めたようにエリカが言いだした。 ウェインを見ると、動く気は無いらしい。 「居るけど、―――カメラは遠慮したいみたいだ」 僕の言葉に、 『聞こえてればいいわ。お礼を言いたいの』 エリカは、赤い唇を綺麗な半月にして、目を細めた。 『ケリに素敵なチャンスをありがとう。ほんと、よくやったって感じよ!』 エリカの興奮度とは反対に、ウェインは黙してキッチンへと歩いて行く。 そんな彼を尻目に見送りながら、僕はエリカに言った。 「いいの? このまま天城アキラなんかに持ってかれて」 『ケリが幸せになれるんならいいと思うわよ?』 「ふ〜ん。まあ、いいけど」 『―――何が言いたいかは判るけど、私に対する越権行為よ』 綺麗な顔は、怒るともっと美しく輝く。 「エリカがゲイじゃなきゃ、抱いて慰めてあげたのに」 僕の呟きに、ピクリ、とエリカの頬が本日二度目の痙攣。 『エロガキ! あんたと"する"くらいならウェインの上に乗る!』 「いいね」 クククと笑う僕に、エリカは深いため息をついた。 『―――ったく・・・』 火を点けられない煙草を弄び、何かを考えるようにした後で伏し目がちに切り出してくる。 『ケリ、・・・ケヴィンの事、天城アキラに話せるかしら』 「どうかな」 『バレた時、どっちかっていうと、警戒すべきはジョニー企画の方よね』 「多分ね・・・」 ケリの利用価値に気付いた時、ジョニー企画はどう"出る"だろう―――。 『私はただ、ケリが幸せなら、それでいい―――』 20年近く想いを紡いできたエリカの言葉は、まるで祈りのように僕の鼓膜に響いていた。 |