ピピピ、と。 ボトムのポケットに入れておいた携帯のアラームが小さく鳴った。 ケリの髪を撫でる手を止めて、ため息をつく。 今日は次の仕事までの合間を縫って会いに来ていた。 オフの時間は3時間。 今のアラームは、準備と移動時間を加味した50分前の通知。 これからまた、会えない時間に突入する―――――。 「ケリ・・・」 名前を呼ぶと、寝息を立てていたケリの睫がふるふると揺れた。 頬に、そっと唇を寄せる。 『アキラ』 名前を呼ばれた時、こんなに自分の名前が美しいのかと驚いた。 彼女が呼ぶとまるで呪文のようで、俺をいちいち幸せにしていく。 そして、 『あなたが欲しい』 あのセリフは、一つ、ケリの心の殻を破れたと思っていいのだろうか? 求められた時、頭も、腰も、わけがわからないほど狂いだして、世界の全てが炭酸のように弾けて見えた気がした。 ケリが色々と寝技を覚えだした時、俺は正気でいられるだろうかと真剣に悩んでしまう。 「・・・ん」 小さな声と同時に、ケリがゆっくりと目を開けた。 さっきまでの情事に思いを馳せていた俺は、無意識に彼女の耳たぶを触っていたらしい。 ケリの身体は、未だ余韻を残しているのか、そんな触れ合いにさえピクリと反応したようだ。 「天城、さん?」 「は?」 俺は不機嫌さを隠さずに聞き返した。 起き抜けだというのにそんな声のトーンを敏感に感じ取り、少し考えるような仕草をして、 「アキ、ラ・・・?」 照れたように笑いながら俺の名を口ずさむ。 「ん」 俺は満足して笑い、横になったままベッドに肘をついて、その手で持ち上げた頭を支えた。 少し高い位置からシーツに縋るようなケリを見下ろし、空いた手で横の髪を梳いてやる。 彼女は気持ち良さそうに目を細めて、それから笑った。 「ずっと起きてたの?」 「ああ。あんたを見てた」 「・・・退屈じゃなかった?」 「まさか」 指でその唇に触れる。 キスで口紅は全て舐め取っているから今はヌードカラーのはずなのに、ほんのりと赤みが強い唇。 キスをし過ぎたのかも知れない。 「俺のものかと思うと、一瞬だって目が離せない」 「!」 ケリの顔が真っ赤になり、恥ずかしそうに毛布を口許まで引き上げた。 「隠すな。キスできないだろ?」 「もう、いい」 「なんで?」 思わずムッとしてしまう。 そんな俺の態度を気にもせず、彼女はふわりと目を細めた。 「だって、離れられなくなるから」 俺の機嫌を取るように、ケリが手を伸ばしてきて俺の唇に触れた。 「――――仕事、でしょ?」 「ああ・・・」 その指にキスを返してやる。 SEXは不慣れなクセに、話しながらのこういうスキンシップは彼女は得意だ。 なんとなく、甘い日常があった過去を彷彿とさせる。 「・・・一緒に来る?」 離したくなくて思わず口にしていた。 「バカね」 クスクスとケリは笑う。 「"Stella"に迷惑をかけたばかりよ。ルビに怒られちゃう」 「優先順位はルビが上か?」 「そういう話になるの?」 俺は複雑な気分になった。 「同じタイミングで誘われたとして、デートするならルビと俺、どっち?」 「ふふ。デートプランによる、かな」 悪戯っぽく囁いてくるケリ。 前に会った時までは見えなかった表情。 新しく俺に見せた一面。 「俺は抱き潰すよ。その身体に隙間がなくキスマークをつけたい。―――ルビには出来ないデートだろ?」 笑った俺に、ケリが困ったような顔をした。 「体力持つか、自信ない」 「何度でも揺さぶって起こしてやるよ」 手の甲で彼女の頬を撫でて、その瞳が切なそうに揺れた時、2回目のアラームが鳴った。 2人で、ハッとした空気になる。 ―――40分前だ。 あと10分もすれば藤間から電話がくる。 「悪い」 思わず言った俺に、ケリは"解ってる"というふうに眼差しだけで応えてくれた。 ため息をつきながらベッドから起き上がった俺に続いて、乱れたワンピースを直した彼女。 「シャワーを、」 ケリの言葉が止まったのは、俺がその顎に指を添えたからだった。 見つめ合うと、二人の世界に沈みそうになる。 「「・・・」」 どちらからともなく袖を引き合って、俺たちは、僅かに開かれた唇同士をそっと重ねた。 ただ触れるだけのそのキスを、しばらく終える事ができなかった。 |