間違いなく日本を代表する俳優の1人である天城アキラという人の、これまでの歴代の彼女さん達は煌びやかな女性ばかり。 女優、グラビアアイドル、モデル、有名なスタイリスト。 それから時々、ファンからもつまみ食い――――。 ほとんどは、ボクがマネージャーに着任する前の話だから、あくまでも事務所の先輩方や、受付をしている瞳から聞いた噂ばかりが情報源になるわけだけど。 「なんか、本当にご執心なんっすね・・・」 運転席のカカシが、街灯で照らしだされているマンションを見上げて呟いた。 今年21歳になるカカシは、アキラさん専属の運転手として務め出して2年になる。 セカンドマネージャーとして配属されたボクよりもアキラさん歴が1年長い。 つまり、ボクよりもアキラさんに関わった女性を知っている。 カカシというニックネームは、黄色に染められたボブがあちこちに跳ねた髪型から、遠一さんに初日でつけられたらしい。 本名は聞いたことも、正直言うと気にした事も無かった。 「オレ、アキラさんがこんなに女に夢中って、初めて見るっすよ」 ハンドルに顎を乗せて口を一文字。 開いているのか判断しにくい目が、今も多分閉じてはいないんだろう。 「そうです、ね・・・」 助手席のボクも、思わずマンションの方を見る。 ついさっき電話をかけたら「直ぐに降りる」との一言で忙しなく切られてしまった。 たった3時間の空き時間。 過密なスケジュールの中、これまでは特定の女性がいても身体を休める事を優先して、完全なオフ以外は決して無理して会うなんて事はなかったのに、現在の彼女は、アキラさんにとって、まったく破格扱いの女性となった。 つい半月前までは、こんな状況になるなんて想像もしていなかった。 現在の天城アキラの想い人、ケリ・M。 Mは、"あの"本宮ルビの母親という事だから、多分本宮のMなんだろうと思う。 ボクが感じているその人の印象は、 "とても雰囲気が綺麗な人だとは思うけど、美人ではない" 芸能人でもなく、ファンでもなく、一般人。 綺麗な人なら周りにたくさんいるアキラさんを、一体彼女の何がこうまで魅了しているんだろう・・・。 「あ、来たっすよ」 カカシの声にハッとしてマンションの方に目をやると、エントランスから駆け足でくるアキラさんの黒いシルエット。 ボクが慌てて助手席を降りて出迎えようとすると、それに気付いたアキラさんが手で制して、自分でバンのドアを開け入ってきた。 「悪い、間に合うか?」 「あ、はい。なんとか」 ボクが応えると、 「そうか」 アキラさんはホッとしたようにシートの背もたれに身体を預けた。 少し長めに吐かれた息は、何を意味するものだろう? 「出します」 カカシの一言と、アクセルを踏み込む動作が重なる。 動き出した車窓。 アキラさんの目線は少しの間、マンションを追っていた。 「―――この後、コマーシャルのスチール撮りだったか?」 不意のアキラさんから入る確認。 「はい」 ボクはスマホを取り出し、ロックを解除してオートログインしているオンラインスケジュールを更新して確認する。 「その後は、ドラマの深夜ロケに入ります」 「あがりは?」 「予定通りで夜中の3時です、ね・・・」 チラリと、肩越しにアキラさんを見た。 不服そうな顔だ。 「明日は?」 「映画のタイアップ曲のチャート関連で音楽番組のコメント収録と、ドラマ撮影、宣伝用のクイズ番組出演と、」 「――――分かった、もういい」 諦めたように、腕を組んで目を閉じる。 「明日も無理か・・・」 アキラさんがそう呟いたのを聞き逃さなかった。 「・・・」 カカシがボクに目線を寄こしてくる。 言葉は無くとも、意思の疎通は完ぺきだと思う。 まったく、同感だよ。 今離れたばっかりなのに、もう次に会う事を考えている。 本当に、誰もが羨む男としてのステータスを全て持っているようなこの人に、一体何が起こっているんだろう? 車内に蔓延った重苦しい沈黙に耐えきれず、カカシがラジオのボリュームを少しだけあげた。 以降誰もが無言のまま、ボク達3人の乗ったバンは、次の仕事先であるスタジオの乗降用スペースに乗り入れた。 完全にバンが停止する直前、 「アキラさん」 そう声をかけたのはカカシだった。 カカシから声をかけるのは珍しい。 ボクは彼の視線を追った。 乗降用スペースの向こうに、女性が一人、立っていた。 濃いブラウンの、カールされた腰までの長い髪。 ナチュラルなメイクが白い肌に映える、手足の長い可憐な感じの女性。 ―――――見覚えがある? 「ミサ・・・」 呼んだのはアキラさんだった。 それで思い出した。 2年くらい前まで、グラビアアイドルとして一世を風靡していた、森永ミサだ。 アキラさんがバンを降りると、森永ミサは満面に微笑んで駆け寄ってきた。 止まらずに歩き続けるアキラさんの腕に、自然と手を絡める彼女。 アキラさんはそれを退ける様子も無く、苦笑しながらも会話をしている。 「2年くらい前の、アキラさんの元カノっす」 カカシの言葉に納得する。 まあ、アキラさん歴1年のボクが知らないのは当然だけど、つまりは歴代彼女の一人ってわけだ。 「でも、確か彼女、結婚したはずっすけどね」 続いたその言葉に、 「へえ・・・」 なんとなく、波乱の予感がした――――― |