バンから降りた俺に駆け寄ってきたミサは、2年前よりは少し大人になった笑顔を浮かべていた。 コートの下は相変わらず露出の多いカットソーに、ひざ上のスカート。 生足主義も変わっていないようだ。 付き合っていたのが今と同じ季節だから記憶から引き出しやすい。 プライベートでもそういう格好をしていたから、それで体調管理できるのか? と、何度も呆れていた事を思い出した。 あの頃が確か、23歳だったか? 「アキラさん!」 「ミサ。久しぶりだな、どうした?」 時間が迫っているから歩みを止めないまま声をかけると、ミサは傍について指先だけを俺の腕にかける。 「ここで写真撮ってもらってたの」 「―――へえ? 雑誌?」 俺はさり気なく尋ねる。 確か、俺と別れた後に直ぐ結婚して、それからこっちは活躍の場を失っていたはずだ。 ここ1年は噂すら聞いた事がない。 「ううん。相葉センセに撮ってもらってたの」 「・・・そうか」 苦笑する。 その"相葉先生"が、俺の知っている相葉正和なら、ミサはヌード写真集を出す可能性があるわけだ。 俺の腕にかけた指先が払われないのを確認して安心したのか、ミサは、今度は掌で触れてきた。 「撮影終わったから帰ろうかと思ったんだけど、アキラさんが後から入るって噂聞いて、久しぶりだな〜って待ってたの」 相変わらずネコ科なヤツだ。 「・・・元気なのか?」 「うん。元気だよ」 夜目に判断はし辛かったが、見上げてくる顔色は悪くはないと思う。 けれど、大人っぽくなった表情の中に憂いが感じられる。 「大丈夫なのか?」 俺が、仕事の事を言っているんだと気付いたんだろう。 ミサは目を細めて静かに笑った。 2年前には見せなかった、何かを飲み込んだような大人の笑み。 「ミサ?」 「アキラさんは相変わらず優しいね」 ふふ、と声を出して笑うから、俺も思わず吹き出した。 「口だけだけどな」 「うそっ、根に持ってたりする?」 二人の思い出を匂わす会話にはしゃぐ様子のミサ。 いつの間にか、腕が組まれた格好になっている。 「旦那に誤解されるぞ」 「ふふふ。大丈夫。このままどこかで相手してあげよっか? アキラさん、あたしの口は、好きだったでしょ?」 「ミ〜サ」 「冗談」 肩を竦めて口許を隠しながら、クスクスと鈴を鳴らすような笑い方は変わってない。 スタジオの入り口前で立ち止まり、そんなやり取りをしていると、 「アキラさん」 追いかけてきた藤間の声が手首を触る事で時間が差し迫っている事を伝えてくる。 「ミサ、行かないと」 「うん。・・・マネージャーさん変わったんだね」 俺の腕から、ミサの腕が引き抜かれた。 「それじゃあ、あたし行くね。久しぶりに会えて嬉しかったよ、アキラさん」 「――――、ミサ!」 来た時と同じように一目散に駆け出して行きそうなミサを思わず呼びとめた。 「なにかあったら頼って来いよ」 ミサの目が、大きく見開かれ、何か言いたそうに唇が動き、けれど次の瞬間には、 「うん! その時はお願いする!」 スタジオ内の蛍光灯の明かりに照らし出されたミサの顔は満面の笑顔に見えた。 手を高くあげる。 ひらひらと振られた指の間から、何かが反射して光る遠くの景色が見え隠れしていた。 「アキラさん、行きましょう」 「・・・ああ」 藤間に促されて歩き出す。 思い出すのは2年前。 俺とミサが終わった理由。 『可愛いも好きだよも、口ばっかり。会えた時に言うのは簡単なの! 会えない時に想ってくれて、求めてくれなきゃ意味無いの! アキラさん、あたしの事、ちょっとでも仕事の合間に思い出したりする? ――――ないよね。昨日、あたし見てたよ。スケジュールが変わって、急に空き時間が出来たアキラさんのこと。・・・あたしが同じビルのスタジオに居るって知ってたクセに! その収録終わったらあたしはオフだって知ってたクセに! いつでもアキラさんからの連絡を確認できるように、ブラに携帯隠し持って移動しているのだって知ってたクセに・・・!』 その後は嗚咽で言葉にならなかった。 今思い出しても、悪い事をしたと思う。 突然のオフが舞い降りたあの時、ミサちゃんに会う時間ありますよ? と当時のマネージャにすすめられ、 『あ〜、いい。セリフまだ入ってないところがあるから。・・・ミサにはオフになった事伝わらないようにしといてくれ』 俺としてはあくまでも優先順位の結果であって、彼女を蔑にしたつもりはなかった。 だが、本人が聞いていたとしたなら、愛し合っていると信じていた相手からの、会っていない時のその言葉は、あまりにも真実で、あまりにも凶器だと言う事は判る。 次に俺が会う時間を作るまで、ミサは一人でその辛さを乗り切る事ができず、ファンだという一般の男と朝帰りがスクープされた。 『可愛いも好きだも口ばっかり!!』 泣き叫びながら訴えたミサ。 当時、"かわいそうな事をした"と、俺はそれくらいだった。 年が離れていたとか、そういう事じゃないんだ。 ケリに出会った今なら、今ならその意味がわかる。 小悪魔的な思考と、それを口に出す正直さ。 浮き沈みの激しい芸能界で、特に競争の厳しいグラビアという括りで、16歳の時から身体を張って生き残ってきた強かさ。 そんな強さとは裏腹に、献身的に好きといい、甘えてくる姿は可愛かった。 そう。可愛いと思っていたし、確かに好きだった。 ――――じゃれ合って、楽しむくらいには・・・。 今日、2年振りにミサの顔を見て、確信した。 あれは愛でもなく、恋でもなかった。 ただ、楽しかっただけだ。 他の女達も、多分、大差ない。 遠一の言う通り、誰かに本気で惚れた事は無かったのかもしれない。 本当に何もかもが、ケリへの想いと違うんだ―――。 だけど、好きだった事は否定はしない。 偽善は嫌いだが、助けを求めてきたら、力にならない理由はない。 「なにかあったら頼って来いよ」 2年前の、一緒にいた頃の楽しい時間に礼を尽くして、心から出た言葉だった。 |