閉じている瞼に、朝の光が感じられる。 「・・・ん」 私は携帯を片手に眠りから覚めた。 ぼんやりとした思考の中で、無意識に着信がなかったかを確認する。 昨夜は結局、福岡にいるアキラから連絡は来なかった。 ――――初めて、かも・・・ 遅ければ出なくてもいいといいながら、電話どころか、メールすら送ってこない夜は。 陰が一つ落ちたのは、目覚めたこの瞬間。 嫌な"陰"が落ちた朝だと思っていた。 目覚めて一番にそんな気持ちになった朝だから、何かあるかもなんて予感も走った。 幸せな分、小さな陰が齎す波紋をいつもよりずっと大きく感じる事も、これまでの経験上、覚悟はしていた。 それでも―――――、 「ケリ・・・」 気遣うようなトーマの声音。 ついさっきまで楽しく作っていたフレンチトーストが目の前にあって、まだ2口しか食べていないのにすっかり冷えてしまっている。 TVから目が離せない。 撮られた写真。 2枚とも、彼はちゃんと相手の人と対話をしている。 目を合わせて、半径30cm以内に入る事を許している。 部屋に入っていく写真は、昨夜。 初めて、連絡をすると言った予告が破られた、昨夜の写真。 言葉のロジックを変えても、彼がその女性と一緒に居て、私に連絡をくれなかった現実は変わらない。 「ケリ」 トーマの二度目の呼び掛けには顔を上げた。 自分で選んだ恋だもの。 心配は、かけられない――――。 「昨夜の今朝で掲載されるなんて、何かの仕掛けかしらね?」 私は笑う。 「日本のマスコミも、アメリカに負けてないわね」 「ケリ」 「明太子・・・買ってこれるのかしら」 彼の乗った飛行機がもうすぐ到着するという飛行場は、たくさんの記者で溢れ返っていた。 ワイドショーの中継も出ていて、TVの前に座っているだけでアキラの動向が手に取るようにわかる。 動揺がない振りをして、フレンチトーストを口に運び、苦しい喉に何とか通す。 視線を感じてトーマを見ると、私よりも泣きそうな顔になっていた。 「トーマ。大丈夫よ」 言いながら、何が大丈夫なんだろうと思う。 "大丈夫よ" どうしてかしら、難しい・・・。 I'm O.K. 英語なら、もう10年以上も前の夫に言い慣れているから、感情無くスムーズに言える。 そっか・・・使い慣れていないからね。 "大丈夫よ" ダイジョウブよ―――― これから慣れていかなくちゃ・・・。 心の奥底に、黒い染みが一滴垂れた。 感情を削って、それに蓋を閉めるのは、私は得意。 だから、――――――ね。 『ケリ?』 「凄い騒ぎね」 『すまない、昨夜は』 「分かってる。大丈夫よ―――」 『ケリ』 「やっぱり明太子買えなかった?」 私の言葉に、アキラは微かに笑う。 『取り寄せる』 「ほんと? 約束ね」 『ああ。―――今夜は、行けるかわからなくなった』 「そう。分かったわ。大丈夫よ」 『なるべく早いうちに会いに行く』 「待ってる」 大丈夫よ。 何度だって、・・・私は言うの――――――・・・。 |