ジョニー企画の会議室。 壁にはめ込んだ50インチのTVでは依然として"天城アキラ×森永ミサ"特集が組まれていて、過去に付き合っていた事や、その前後の歴代彼女特集にまでスコープが広がり、終いには、ご丁寧に森永ミサ初ヌード写真集がクリスマス前に発売されるらしい事も報道され始めていた。 「かんっぜんにヤラレタな」 遠一が煙草を片手に舌を打つ。 樋口さんは難しい顔で腕組み体勢で椅子に座っていた。 藤間は、監督不行き届きのバツを受けるようにずっと立ち尽くしたままだ。 俺はというと、まだ続いてた頭痛に気を取られながら、椅子の背もたれに身を委ねてその画面を見つめていた。 「まさかこんな強硬手段に出るとは思ってなかったからな。アキラにも忠告しておくべきだった」 樋口さんが唸るように言う。 俺は怪訝に尋ねた。 「ミサが何かするって、事前に予測してた・・・?」 「まあな」 遠一が応える。 「あの女、半年前に離婚してるんだ。それから芸能界での返り咲きに必死になってるって噂で聞いてた。前に藤間から、お前に接触があったって報告受けた時に念のため調べたてみたら、ヌード写真集の撮りに入ってて、売名にお前が使われる可能性を危惧してた。こっちにはまったくメリットがないからな」 スタジオ前で会った時、「相葉センセ」とミサは言った。 あれはやっぱり"相葉正和"の事で、あの日が撮影だったのか・・・。 あいつ―――― 『・・・めんね、アキラさん』 昨夜、薬が効いて、倒れ込んだ俺にミサはそう言った。 意識が遠のく中で、ミサの涙を見た気がした。 「あ・・・、森永ミサです――――!」 藤間が声をあげる。 目線はTVに向けられていた。 見ると、俺達が良く見知った建物の前でレポーターや記者に取り囲まれているミサ。 「うち(ジョニー企画ビル)の前じゃねーか。藤間、音!」 舌を打ちながら遠一が言うと、藤間がリモコンで音量をあげた。 『ミサちゃん、ミサちゃん、これからアキラさんのトコに行くんですか?』 『ヌード写真集出すんだよね!?』 『売名行為って噂あるけど、実際はどうなんですか?』 『ツイッターで、写真集は暴露本って言ってましたけど、アキラさんとのエピソードが載るんですか?』 『アキラさんとは離婚前から? 離婚の原因がアキラさんって事ですよね?』 『ミサちゃん! 目線ちょうだい!』 言われて、ミサは一台の中継カメラに目線を当てる。 『どうなんですか? 昨夜はアキラさんと一緒だったんですよね!?』 「――――ふふ、ちょっと懐かしい話をしただけですよ――――」 小悪魔的に唇の端を上げて、肯定にしか取れない返答。 「―――――!」 俺は全身を揺さぶられた気がした。 ミサの周りにフラッシュが咲く。 2年前の強かな輝きが蘇る。 ミサの機嫌が上昇しているのが分かった。 それと相反するように、俺の中には軋みが生まれる。 その軋みからじわりと湧く黒い感情に、理性で蓋ができるように目を閉じて努めた。 「――――入ってくる気だぞ」 樋口さんが呟く。 「警備員に止めさせますか?」 尋ねた遠一に、樋口さんは鼻息を鳴らした。 「それこそ格好のネタにされるよ。・・・そのままここに通せ。向こうは犯罪を犯してる。その分こっちが有利だ」 しばらくして、 「―――こんにちは」 目を瞑っている俺の耳に聞こえてきたミサの声は、予想通りというか、物怖じせず凛としたものだった。 俺は自制する自分に言い聞かせながら、ゆっくりと目を開ける。 2年前と比べても遜色はない、グラビア雑誌の表紙を何度も飾った事がある満面の笑み。 俺の方は一切見ずに、樋口さんを見つめている。 「おこっちゃいました?」 甘えを入れた口調。 「はあ?」 樋口さんの代わりに遠一が口を開く。 「お前、自分が何やったか分かってるのか? 自分売るためにアキラとのショット使いやがって」 チラリ、とミサが初めて俺を見た。 目を合わせないのは、多少の罪悪感があるからか? 「いいじゃないですか。アキラさん、スクープなんて日常茶飯事だし、それだって最近はご無沙汰で、彼女、いないんでしょ?」 「そういう問題じゃないんだよ」 苛々とする様子を隠さずに、遠一は煙草に火を点けた。 樋口さんが睨むように告げる。 「こっちは完全に被害者だよ? スタジオ前の写真もヤラセだし、昨夜のも軟禁だぞ? アキラの尿検査をすれば睡眠薬が使われた事はすぐに判る。覚悟はできてるんだろうね? マネージャーはついていないようだが、所属事務所も計画に噛んでいるのかな?」 「!」 ミサの顔色が変わる。 しばらく唇を噛みしめて、 「・・・アキラさん」 ここにきて初めて、縋るように俺を見てきた。 「この前・・・なにかあったら頼って来いって言ったでしょ・・・?」 涙が浮かぶ。 「言ったよね? 今だよ! 頼らせてよ! "何かして欲しい"なんて言わない・・・。ただ、一時(いっとき)でいいから、アキラさんのネームバリューを黙って貸してほしいの」 ぽろぽろと零れるミサの切実な願い。 俺が「頼って来い」と言ったのは"こういう事じゃない"と、多分ミサ本人が一番良く分かっている。 「・・・事務所に、ラストチャンスだって言われたの。次は"企画AV"しかないって! そんなの嫌なの! お願い! アキラさん!」 ミサの嗚咽だけが響く長いようで短い時間の後―――――、 「――――――ミサ」 俺が意を決して呼び掛けると、ミサの身体がビクリと反応した。 |