小説:ColorChange


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過去の事って気になりますか?
《 Special-Act.by ミサ 》

 あたしがアキラさんと出会ったのは、約2年前。
 22歳の時だった。

 その頃のあたしはグラビア界のTOP3で、仕事も順調、男の子にもモテたし、とにかく楽しかった。
 16歳で飛び込んだ芸能界。
 生き残りたくて、何もかも必死に頑張った。
 際どい水着を着て、エロっぽい表情とか鏡の前で練習して、色気が足りないって言われて、そのときアプローチしてくれてた若手有望株プロデューサーと付き合って2日目で初H。
 初めてだったあたしにイロイロと教え込むことに夢中になった彼はいっぱい可愛がってくれて、あちこちの番組に引っ張ってくれるようになり、小さな事もコツコツ頑張った結果、他のドングリ達とは少しずつ差がついて、5年経つ頃にはトップグラドルとか呼ばれてた。

 無我夢中で走ってきたら、そこにいた、ってカンジ。

 でも、プロポーションは努力で維持できても、若さは維持できない。
 10代のピチピチ女の子が次から次へとデビューしてくる。
 人気があっても、ターニングポイントを見誤って自然消滅したグラドルを何人も知っている。

 生き残るにはどうしよう?
 何をすればいいんだろう?

 こっそりとそう悩みかけた時に、アキラさんと出会ったんだ――――。

 はっきり言ってアキラさんは、全然あたしのタイプじゃなかった。
 あたしは、少しくらい粗野に感じられるくらいワイルド系の男性が好き。
 アキラさんみたいに、整った顔で、所作が綺麗で、丁寧に女の人を扱いそうな男性は好みじゃない。

 だからあの日、

 TV局の乗降スペースでマネージャーが車を廻してくるのを待つように言われたあたしは、その日のニュースでゲリラ豪雨と呼ばれるほどの雨音の中、同じように車を待っているらしいアキラさんを見つけたとき、本当にそんなつもりは無かった。

 俳優の天城さんだ――――。

 白いセーターと、黒いレザーパンツ。
 艶やかな黒い髪が台本を追う目線に僅かに覆ってて、時々うるさそうにその前髪をかきあげる仕草が色っぽい。

 幾つだっけ? 35歳?

 年齢を感じさせない爽やかさ、お洒落なカンジ。
 このじめじめした雨の中、アキラさんの周りだけ、甘い香りがしているような気がした。

 ふ、とアキラさんの藍色の目があたしを見た。


 「――――何?」


 あたしが余りにもジッと見つめていた事に気づいて、アキラさんが声をかけてきたんだ。

 「あ、いえ、すみません」


 やばい。
 顔が火照る。
 好みじゃなくても、綺麗な人はココロを擽る。

 アキラさんは一度台本に目を落として、それからまた目線をあげてきた。
 あたしが魅入られたように見つめたままだったから、仕方なく、呆れて、って感じだった。

 「――――相手して、欲しいんですか?」

 厭味っぽい敬語だったけど、妖艶な意味合いが混ざっているのに気付いて、その質問に、あたしは素直に驚いた。

 「え? そう言ったら相手してくれるんですか?」

 応えたら、

 「・・・クス」

 間を置いて、アキラさんは綺麗に笑った。

 「今はフリーだから、その気があるなら俺は構わないけど?」

 マネージャーが車を廻してくる頃には、あたしの携帯にはアキラさんの連絡先が送信されてて、付き合った相手の事で、初めて事務所の社長に褒められた。


 『あの時、どうして声をかけてくれたの?』

 付き合ってしばらくして、思い切ってそう聞いたら、正直に"気紛れ"と答えをくれた。
 キラキラした藍色の瞳で笑われて、あたしは頬を膨らませたけれど、アキラさんのくれるキスは優しくて官能的で、あたしはすぐに機嫌を取られた。

 でもやっぱり"気紛れ"って言っただけの事はある。
 会えば、女の子としての望みを何でも叶えてくれるアキラさん。

 "可愛い"って耳元で何度も囁いてくれるアキラさん。
 好き? と聞くと、好きだよ、と返してくれるアキラさん。

 彼の一番はお仕事で、
 リスケの優先順位もお仕事で、
 会えない時でも全てがアキラさん中心のあたしと違って、一緒じゃない時のアキラさんはあたしの事を忘れている。

 アキラさんの元カノ達は口を揃えて言ってるよ?

 "一緒にいる時は夢を見させてくれるけど、離れていると夢にも見ない"って。


 『オフになった事、ミサには伝わらないようにしてくれ』

 偶然見かけたアキラさんの、衝撃の言葉。
 足元がぐらぐらして怖かった。
 あたし、どうして立ててるんだろうって、不思議だった。
 それくらい、身体が、ココロが揺れていた。


 酷いよ――――。
 直接言えばいいのに。

 『オフになったけど、台本覚えたいから今回はごめんな』

 そう言ってくれれば、あたしはちゃんと我慢するのに―――。

 ああ、アキラさんは、そういうことなんだ。
 会っているから構うんだ。
 会わないと、他人と同じなんだ。

 "彼女"だからって、アキラさんの人生に絡まって、一緒の時間を紡げているわけじゃないんだ・・・。

 そう思ったから、彼への"好き"に耐えられなくなって、逃げるようにアプローチされてた一般の男性と結婚した。
 そうやって始まった結婚生活は1年で破綻。
 芸能界に完全復帰したかったあたしは、ヌード写真集にすべてをかけてた。

 相葉センセに撮影をお願いしていたスタジオに、アキラさんが来ると知ったのは本当に偶然。
 事務所の人を使って、腕を組んでいるところを撮影してもらった。

 頼れって言われたからメールを送ってみたらアドレスは変わってなくて、久留米で会ったら、「ネームバリューを貸して欲しい」って、正直に頼むつもりだった。

 でも・・・、

 『お前と付き合うことに向こうは一切メリットが無いんだ。絶対無理だよ。話がバレればガードされて話題を作るきっかけを失うぞ。最初から覚悟決めていっとけ!』

 マネージャーに言われると、必死だったあたしはそんな気になった。
 ホテルの部屋まで来てくれたアキラさん。
 本当に来てくれるなんて思ってなくて、
 睡眠薬をコーヒーに混ぜて、

 『大丈夫なのか?』

 親身に耳を傾けようとしてたアキラさんがそれを飲んで倒れていくのを見ていたら、どうしてこんな事になったんだろうって、涙が零れた。

 『ごめんね、アキラさん』

 明け方までアキラさんの寝顔を見ていた。
 逃げるようにホテルを出る頃には、あたしの唇の内側に、長く噛みしめたせいで歯形がついていた。

 もう、後には引けなかった。



 報道が始まり、スポットライトがあたしに戻ってくる。
 アキラさんとの事に触れながら、写真集の話題も出る。
 浮かれてジョニー企画に乗り込んで、アキラさんの情に訴えて、必死に必死にお願いする。

 「頼って来いって言ったよね? 一時(いっとき)でいいから、アキラさんのネームバリューを黙って貸してほしいの。・・・事務所に、次は"企画AV"しかないって! そんなの嫌なの! お願い! アキラさん!」


 「―――――ミサ」

 アキラさんの声が、こんなに低く聞こえたのは初めてだった。

 嗚咽をあげながらアキラさんを見ると、演技でも見た事が無いような、冷たい目線であたしを睨んでいた。
 視線に、刺されそうだと思った。
 怖さのあまり、あたしの喉がゴクリと鳴る。


 「"過去の俺"はくれてやる。いくらだって使えばいい。だけど、"今の俺"は、1秒もやれない――――」

 「え―――?」


 アキラさんの言葉の意味が判らず、あたしはただ訊き返しに唇を震わせた。

 どういう、こと?


 「"過去の俺"を使う代わりに、さっきの言葉は訂正しろ」

 アキラさんの一言一言に怒りを感じる。

 「さっきカメラに向かって発言した、あの、"昨夜一緒に居たかのような発言"を」



 『どうなんですか? 昨夜はアキラさんと一緒だったんですよね!?』

 ――――ふふ、ちょっと懐かしい話をしただけですよ――――


 あれのこと?

 「どうして? あれくらい、なんでもないじゃない!」

 「駄目だ。あれは"彼女"を傷つける」

 「・・・彼、女?」


 うそ・・・、

 その怖い顔も、怒ってるのも、あたしに"今"をくれないのも、全部その彼女のため?

 今、此処にいない"彼女"のため?


 嘘だ――――。

 あたしは首を振った。


 「なんで・・・? そんな特別みたいな言い方・・・、やだ、絶対取り消さない」

 「ミサ!」

 その女性(ひと)のための、アキラさんの怒鳴り声。

 「取り消したくない!」


 やだ、やだ、やだ。

 なんで――――――?

 2年前のあたしが欲しかったものを、手に入れている彼女がいるなんて、絶対いやだ!


 「なら、俺は全面否定でお前の敵に回る」

 「・・・え?」

 「頼む、ミサ。俺にこれ以上言わせるな」

 涙の向こうにいるアキラさんが、誰にもしなかった顔をしている。

 「ううううぅぅぅ、なんでよぉ、今までそんなふうにいう、かの、彼女、いなかったじゃないぃ」

 床に蹲って頭を抱え、号泣するあたしの上から、アキラさんの言葉が降ってきた。

 「彼女は、特別なんだ。俺にとって初めての、多分、ミサの言っていた、"離れていても想いが募る相手"なんだ。頼む。報道は、彼女も観てる。お前が言った事が、彼女を苦しめるんだ。彼女から奪った昨夜の俺を、返して欲しい。"今の俺"は、1秒すらも、彼女と共にあるものだから―――――」



 『可愛い可愛い』

 『はいはい、好きだよ』

 記憶の中に大事にしていた、あたしが大好きだったアキラさんが、どんどん形を変えていく。

 知らなかった、こんな悲しそうなアキラさん。
 知らなかった、こんな情熱的なアキラさん。

 変わったのは、あたしのせいでもなく、時間のせいでもない。


 その、"彼女"のためなんだ―――――








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