小説:ColorChange


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過去の事って気になりますか?
《 Acted.by ケリ 》

 私とケヴィンの出会いはロサンゼルスにある撮影スタジオ。
 美容学校でエステティックコースを専攻していた私は、コース特典であるハリウッド映画の撮影を見学にきていた。
 見学に参加していたのは女生徒ばかりで、その中で、なぜケヴィンが私に声をかけてきたのかは何度尋ねても誤魔化されて、結局は聞けず仕舞い。

 今となっては聞く気もないけれど・・・。

 会うたびに、ケヴィンは私を外に連れ出して、髪の変色を見ては愛しそうに微笑んだ。
 恋愛経験が皆無の私が、慣らされるようにして一緒にいて、最初に惹かれたのは、そうやって私を見つめる彼の瞳の中に咲いている明るいヒマワリだったと思う。
 そして、既に役者として知名度のあった美しくて精悍な顔立ちの彼は、甘すぎる愛の言葉にほとんど免疫のなかった私を、あっという間に籠絡した。

 完璧なレディーファーストで私を宝物のように扱って、

 息ができないほどの激しいキスも、
 体を貫く初めての切ない痛みも、
 求められて、行き先がない快感に涙が出る事も、

 全部ぜんぶ、彼が教えてくれた。

 そんな満たされた日々の中、検査薬によって発覚した妊娠で不安になっていた私を、彼は両手を広げて優しく受け止めてくれた。

 『ケリ、素敵だ。とても嬉しい。ね、僕と結婚して』

 泣いて頷くと、すべてがあっという間だった。
 お互いの家族と親しい仲間だけで結婚式をあげ、ビバリーヒルズの豪邸と呼べる屋敷に住み、そこでルビを産んだ。
 庭には私の大好きなラナンキュラスをたくさん植えて、忙しくてなかなか帰れないケヴィンに代わり、住み込みのメイド達がお菓子を作ったりお茶に誘ったりして構ってくれて、初めての子育てにしては、たくさんの人の手を借りて幸せに楽しく過ごしていた。

 そんな、柔らかい花が咲き乱れたようなピンク色の新婚生活はあっという間に1年が過ぎて、運命のその日は、

 ・・・私がケヴィンの秘密を知ったその日は――――、


 1年目の結婚記念日だった。


 【・・・誰?】

 ガーデンテラスのロッキングチェアに見知らぬ人が腰かけている。
 その来訪者の事情を知っている者がいないか確認しようとしたけれど、辺りを見回してもイリーナやシンシアといったメイド達が誰もいなくて、私は警戒しながら仕方なく声をかけた。


 【すみません、家(うち)の者と何か約束をされてますか?】

 顔をあげたその人は、金髪に碧眼。
 白人特有の透けるような色の白さが印象的だった。

 【あなたが、ケリ?】

 【・・・? ええ】

 【ふうん】

 その人は立ち上がり、私の前に立って全身を舐めるように見た。

 【今日は、結婚1周年記念でしょう? お祝いを言いに】

 私はホッと息を吐く。

 【ありがとう。あの、ケヴィンのお友達の方ですか?】

 【お友達? まあ、昔は。・・・今は、それ以下かな】

 【え?】

 その人は、私のきょとんとした反応にクスリと笑った。

 【あなたと結婚する前に、彼の横に居たモノです】

 【あの・・・?】

 私は、頭が真っ白になると言う事をこの日初めて体験した。
 うまく言葉が探せない。
 私の、英語の解釈違い?

 【それ以下って・・・?】

 私の問いに、その人は目を丸くする。

 【・・・もしかして、知らない?】

 【え?】

 【まあ、そうかもって思ってたけど・・・】

 ふふ、と笑って、"彼"は言った。

 【僕はケヴィンの元恋人】

 え?

 【あなたが現れた事によって捨てられた元恋人】

 【・・・だって】

 今度は私が、その人の全身を隈なく眺める。

 【男の方・・・ですよね?】

 【そうだけど?】

 【あの、おっしゃってる意味が、よく、・・・、】


 頭の中がグルグルと回った。

 私に愛を囁くケヴィンの声が響く。
 私の名前を呼ぶ声が響く・・・。

 元、恋人・・・

 恋人――――・・?

 あの甘い言葉を、この人も受けていたということ――――?
 "彼"は、碧眼でニヤニヤと私を見下ろした。

 【つまり僕は、ゲイで】

 私を追い詰めるように綺麗な唇が動く。

 【ケヴィンは、――――あなたを抱けてるって事は、バイセクシャルってことなのかな?】

 「・・・うそ!」

 思考が追いつかない。
 思わず出た日本語に、私の動揺の激しさが判る。
 ぐらりと身体が揺れて足元が崩れそうになった時、ガガッという無線独特の音が辺りに響いた。


 『――ほぇ、あ〜ん、あ〜ん』


 「ルビ!」

 何処に居ても、あの子が起きて私を呼んだらすぐに判るように、屋敷内の数か所にセットしてある受信機から、ルビの泣き声が聞こえてきた。
 脆く泣き出しそうになっていた私は、ルビのお陰で何とか意思を取り戻し、嗚咽を引っ込めることができた。

 その瞬間、

 【ああ、・・・可愛い声だね。ケヴィンが欲しがって、僕が与えられなかったものだ】

 「・・・っ」

 呑み込んだはずの嗚咽が戻ってきた。
 驚いて呼吸を整えようとしたけれど、
 息が、出来ない――――。
 吸おうとしても吐こうとしても、浅く空回りするだけ。

 【大丈夫? 苦しそうだね?】

 "彼"の長い指が私の髪にかかる。

 【ねぇ、僕がどうして敷地内に入れたか不思議じゃない? ふふ、実は僕、あなたよりこの屋敷に詳しいよ。だって、元は、彼のボディガードだからね】

 ケヴィ、ン・・・―――、

 【ケリ。僕は本気だったんだ。ケヴィンが全てだった。あなたが幸せだった分、僕には泣きくれた1年だったよ。でも、そろそろ次の幸せを探したいんだ】

 私の髪を撫でていた手が、乱暴に1房を掴み取った。

 【そのために、ケリ、あなたに呪いをかけてあげる】

 「はあっ、はぁッ」

 薄れる視界の中に、私はその人を見上げた。
 ピントが合わないのは、意識が朦朧としているから、涙で滲んでいるからなのか判らない。

 【彼付きのボディガードは定期的に変わるよね。どうしてだか考えたこと、ある?】

 『――ふぎゃあ! ふぎゃあ!』


 ルビ・・・


 【彼は、その時の"恋人"をボディガードとして傍におくんだ―――】


 ケヴィンッ・・・、


 【僕のようにね】


 こんなの、嘘よね―――・・・?


 言葉から齎される、すべてが、奈落―――。


 【ケリ。結婚1周年、心からおめでとう―――】


 TVの電源が切れるように、私の意識も、


 そこで途切れた―――。








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