小説:ColorChange


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過去の事って気になりますか?
《 Special-Act.by トーマ 》

 大丈夫よ――――。


 心が窮地に陥った時のケリの「大丈夫」はなかなか性質(たち)が悪い。
 本人が、自己防衛で"大丈夫"だと思いこんでいる発言なので、表面上の顔色からは読む事ができないからだ。
 僕も、僕よりずっと長くケリの傍にいるエリカやウェインも、違和感を見極める事には頭を悩ませてきた。

 今の"大丈夫"は、本当に"大丈夫"なのか?

 もちろん、普段はそこまで気を使わない。

 例えばそう。
 今朝のように、特殊な事態が彼女を襲った時が要注意だ。

 「すごい騒ぎね」

 マスメディアを賑わせている張本人からの電話に、

 「分かってる。大丈夫よ」

 案の定、彼女は言った。
 彼に見られているわけでもないのに、電話のこちら側でも演技をする。
 唇を笑みに結んで、全て理解している振りをする。

 いや、理解はしているのだと思う。
 けれど、感情などはひた隠しにする。

 つまり、我儘や、嫉妬や、束縛・・・。もしかしたらケリ自身、そういった感情を心の闇と捉えているのかもしれない。
 そしてそれに殉ずるように、少しくらい甘えても良い所で、ケリは決して曝け出さない。
 多分、甘えてはいけない、そう思っているわけじゃなくて、甘えても報われなかったこれまでの経験が、無意識にその選択をさせている。

 甘えて、拒否をされた時の絶望を知っているから――――


 『それで? トーマ。ケリの様子は?』

 動揺のないルビの口調。
 さすがの順応力でケリが離れた事に免疫を作り終えているらしい。

 「ワイドショーをBGMに仕事してます」

 時々、過去に天城アキラが付き合っていたとされる女性の話題になると顔をあげていた。
 滅多にTVを見ない彼女の、この自虐行為にも見れる行動もやはり防衛本能の一種だと、ケリに悟られないように密かに引き合わせた心理カウンセラーが言っていた事を思い出す。

 『そっか・・・』

 小さいため息が聞こえた。
 ルビのヘーゼルの瞳が半ば閉じられているんだろうと思う。

 『まあ、見ててあげてよ』

 「はい」

 『何かあったら連絡して』

 ルビはそう言って短い電話を切った。


 ――――天城アキラ。

 ケリが"闇"と解く「我儘」や「嫉妬」や「束縛」をストレートに使いこなす彼なら、うまくケリの扉をノックできると思ったのに・・・。


 ここまでか―――?


 「トーマ、コーヒーのお代わりいい?」

 PC画面から目を逸らさないまま、そんな欲求を告げてくる。

 「はい、」

 と返事をした時、それはちょうど重なった。


 ピンポーン・・・


 エントランスからのチャイム。
 ビクッと、ケリの身体が反応した。

 ここを訪ねてくる人は限られている。

 ルビ、ウェイン。

 そして、――――天城アキラ。


 前者の場合は大抵事前連絡がある。
 それを踏まえて想定すると・・・、
 僕はインターフォンを受け、後者にあがった人物を確認した。

 ゆるりとした笑みが浮かぶ。

 まだ、ノックは継続中だ――――。


 「・・・どうぞ」

 エントランスのロックを外す。
 その間、ケリは微動だにしない。

 "大丈夫よ"

 これまでの経験からして、そう言える自分を作るための、彼女にとって必要な鎧着けの時間。

 「ケリ、天城さんですよ」

 「そう。―――彼の分もコーヒーお願いしていい?」

 「はい」

 キッチンへ入り、ルビにメールを打つ。


 件名:
 本文:"knocker"is comming


 ノッカー、―――叩く者。


 ケリの心の扉をノックする者。

 ―――――ケリ。

 あなたは、今のままで十分幸せだと、そう信じているのかもしれないけれど、もう少しだけ自分から踏み出せば、今信じている以上の幸せが溢れている未来に気付けるはず――――――。


 どうか、その頑なな扉に。

 "彼"のノックが届きますように――――。








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