今日は来れないはずのアキラが突然やってきた。 来ないと思っていたから、準備不足の自分に浮足立ってしまう。 不安を悟られないように落ち着かなくちゃ。 私は大丈夫なんだから、黒い感情は、どこかに置かなければいけない――――。 好きなら、気になるはずだろ―――? 昨夜、俺がどこにいたのか、 昨夜、誰と居たのか・・・ アキラの言葉が、木霊する。 どうして? 私、大丈夫だって言ったのに・・・! 『昨夜はミサと・・・』 何時間か前に、しっかりと蓋をした筈の現実が、彼の口から語られようとしている。 「やめて!!!」 何も聞きたくなくて耳を塞いだ。 座っているソファがグラリと揺れている。 それは、私に脈打つ鼓動と同じリズムで、ああ、揺れているのは私なのかも、と思った。 「ケリ・・・」 名前を呼ばれて、私はハッと我に返る。 「ごめんなさい・・・大丈夫よ」 雰囲気を執り成したくて小さく呟くと、アキラは目を見開いて、そして細いため息をついた。 「・・・何が?」 「え?」 「何が大丈夫なんだ?」 なにが? なにが大丈夫? 混乱する。 「アキラ・・・やめて、お願い」 俯いたままの私の両頬を、アキラの温かい手が包んできた。 顔を上げられ、目が合ってしまう。 いつも切ないくらい愛しく見つめてきた藍色の瞳が、今日は私を映す鏡のようで、黒く醜い感情を持った私が見られているような気がして、見る事に、耐えられなくなる。 「・・・見ないで」 思わず目を逸らそうとしたけれど、アキラの力がそれを阻んだ。 「ケリ・・・」 唇が触れそうなほど近くに居るアキラの、私の名前を呼ぶ声が震えている。 「俺は大丈夫じゃない」 ・・・え? 「そうやって、思った事を隠すあんたを可愛いと思う反面」 ・・・、 「それがあんたと前の旦那とが共有した時間の名残だと思うと、腸が煮えくり返る」 ・・・・・・、 「あんたを抱くと幸せになるその反面、前の旦那の匂いを全部上書きしてやろうと、あんたをめちゃくちゃに壊したくなる俺がいる」 あ、 「ついでに、トーマがあんたの腰に手を添える仕草も気に入らない」 きら・・・、 「俺以外の男に、その身体を触らせるな」 藍色の瞳の中に、激しい怒りが見え隠れする。 「こんな俺は、あんたにしか見せられない。こんな俺は、嫌か?」 私は、僅かに首を振った。 「嬉しい・・・」 私だけに向けられるその独占欲。 心の底が、広がっていくような愛を感じる。 「感じるだろ? 俺がどれだけあんたを好きか」 今度は、小刻みに頷いた。 「俺にも、それを与えて欲しい」 ・・・え? 「嫉妬はしないのか? 俺のすべてが欲しいとは思わないのか?」 「・・・う、・・・キラ」 「あんたが隠してる事、思ってる事、全部口にして、全身で、俺に愛してるって伝えてくれ」 涙が溢れてきた。 最初から、出会った時から、アキラはこんなふうに真っすぐに私に想いをくれた。 『あんたに惚れてる』 『一度だけじゃない、そうだろ?』 『あんたが欲しい』 『俺が欲しいって、名前を呼んで』 そして私は、流されてここまで来たわけじゃない。 『眠るまで、傍にいて』 『欲しいの、もっとシテ』 『好き・・・好き――――』 この関係を守るために、何度だって「大丈夫」って言って見せる・・・。 でも、 「・・・キラ」 ケヴィンは気付いてもくれなかった。 ううん。 気づいていたとしても、 彼にとって、何かをしてあげるべき価値が、私に無かったんだと思う―――。 『俺以外の男に、その身体を触らせるな』 怒りを孕んで、そう言ってくれるあなただから、 「アキラ」 助けて、ほんとは、 「アキラ・・・!」 本当は、全然、"大丈夫"じゃないの――――。 |