ケリの瞳から、大粒の涙が止めどなくなく流れる。 その暖かい涙が、まるで彼女の心の融解を知らせるようで、やけに胸が熱くなった。 親指で、彼女の紅い唇を濡らした涙を取り払う。 「ケリ」 視線を合わせ、髪を優しく梳きながら、 「俺に聞きたい事は?」 俺がそう囁くと、ケリは俺のシャツの胸元を掴んで、そこに額を当てるように顔を埋めた。 彼女の肩を包むようにして抱きしめる。 微かな嗚咽の震えが伝わってくる。 「電話で、人と会う予定があるって、彼女のこと?」 「ああ」 「"彼女"なの? 元"彼女"なの?」 「元彼女。2年くらい前に付き合ってた。っていうか今はあんたが"彼女"だろ?」 「昨夜は、彼女と一緒だった?」 「・・・ある意味」 「寝たの?」 「ふうん? そこはストレートなんだな」 俺のシャツを握るケリの手に力が入る。 「寝た」 「!」 「睡眠薬飲まされて朝までぐっすり。ちなみに服は着てたから貞操的には無実だと思う。まあ、朝帰りってところがあっちサイドの思惑だったからな」 「―――馬鹿」 俺の紛らわしい返答にそう悪態をついた腕の中のケリが可愛くて、改めて抱き締めなおす。 頭のてっぺんにキスを落として、俺は続きを促した。 「他には?」 「・・・った」 「ん?」 「寂しかった!」 「!」 予想外の言葉だった。 「朝起きて、あなたからの着信も、メールも無くて・・・、私、眠りに着く瞬間まで待っていたから、それが、どうしようもなく寂しかった」 「ケリ・・・」 「寂しくて、怖かった・・・」 怖い? 「もう、あなたに依存してしまっているのかも、そう思ったら、う・・・」 嗚咽が再開する。 俺のシャツに、涙が滲む。 「あなたに分からないようにしなきゃって、大丈夫、大丈夫って、まだ私は一人で立っているんだって・・・」 だから、自分に言い聞かせる意味もあるから、"大丈夫"というフレーズなのか・・・。 「聞いていいか?」 「うん」 「なんで"依存"なんだ?」 俺の問いに、ケリの身体がピクリとした。 依存なんて言葉、普通は思いつかない。 「誰かに、言われたのか?」 ケリは、躊躇いながら頷いた。 「私・・・なぜか、眠ってる間に泣くの・・・それも号泣」 「――――知ってる」 「・・・え?」 ケリが顔を上げた。 どうして? と全身で問いかけてくる。 「最初。ここに来た夜。・・・あんたが泣いてるのを見た」 「・・・」 俺を見上げてくる漆黒の瞳が涙で潤んで、あの夜と同じだと思う。 『俺にできることは?』 そう尋ねた俺に、 『眠るまで傍にいて・・・』 ケリはそう応えた。 『優しく抱いてやる』 あれが、俺達の始まり。 「・・・私を分析したカウンセラーに言われたの。私が夢の中で泣くのは、夫の愛が欲しかったから・・・。現実では泣いても叶わないと分かっていながら、でも現実から心を守るために、私は可哀そうだと追いこんで、そんな悲劇的な自分に依存して、それで自分を保っているんだって――――。 私、愚かでしょう・・・?」 「ケリ・・・」 また一粒、大きな涙が頬を伝う。 それを唇で拭ってやって、俺はしっかりと眼を合わせた。 「最近は、泣いてないだろ?」 「・・・」 「俺が居るからだと、思っていいんだろ?」 ケリが震えるように首を振った。 「・・・ら、どうするの?」 「なに?」 「今度は、――――きっとあなたに依存する。そしたら、どうするの?」 「ケリ」 「あなたがそうやって私に甘い言葉を囁くたび、我侭になっていく私がいる。もっともっとって欲しがる私がいる。今は隠せても、時間が経つ毎に、あなたを愛するごとに、もっと我慢できなくなる」 「――――欲しがればいい」 俺は言い放った。 「あんたが望むなら俺はすべて与えてやる。望むだけ、全部与えてやる」 「無理よ、・・・あなたが、壊れる」 そうやって拒むのは、ケリが俺のことを完全に信用していない証。 俺が、まだそれに足る存在じゃないと潜在意識で思っているから・・・。 まだまだ、俺の気持ちは全てが届いていないという事だ。 「壊れないよ。あんたを、俺のすべてで甘やかして、愛してやる」 「そんなに甘やかされたら、嫌な女になる」 「嫌な女になるのが怖いなら、俺がちゃんと躾けてやる」 俺はケリの指をとった。 「躾が得意なのは、身体で知ってるだろ?」 指先にキスをすると、ケリの身体が小さく震えた。 「あ、なたがいないと、・・・立てない女になったらどうするの?」 「ケリ」 「あなたがいないと、生きていけなくなったらどうするの?」 「それで俺の望みはすべてかなう」 「アキラ・・・」 「呼吸(いき)する事も、俺を理由にすればいい」 狂気的にそんな事を口にした俺を、熱心に見上げて来るケリの瞳から、堰を切ったように涙が落ちる。 「うう・・・」 そうやって自分を追い詰めるように泣くケリが、とても可愛いくて、愛しいと思う。 俺との事で頭がいっぱいなんだと分かるその顔に、嬉々感が強く侵食している。 ――――ケリ。 あんたは何も分かっていない。 俺を縛ってしまうと泣くあんたを見て、ほくそ笑んでいる俺がいる。 捕らえられた振りをして、捕らえているのは、 俺なんだ―――。 |