――――――誰かに、こうして抱きしめてもらえるって本当に奇跡だと思う。 一頻(ひとしきり)泣いた私は、アキラに後ろから抱えられるようにしてソファの上で身動きが取れずにいた。 こうしている間に何時間も過ぎて、辺りは薄暗い。 そろそろ電気を点けないと、何も見えなくなりそうだった。 「アキラ・・・」 「ん?」 「お水、飲みたい」 泣きすぎて喉がカラカラだった。 けれどこの温もりが心地よすぎて、しばらく我慢していたのだけれど、 「・・・」 耳元にため息。 「絶対?」 「・・・出来れば」 思わず笑いが漏れてしまう。 「きゃ」 耳たぶを甘噛みされて悲鳴をあげると、「笑ったお仕置き」と吐息で囁いた。 同時に腕を離され、自由になる。 私は立ちあがってキッチンへと向かい、冷蔵庫からミネラルウォーターを取った。 「飲む?」 「ああ」 その返事に、ペットボトルとグラスを2つ持ってリビングに戻った。 水を注いで喉を潤す。 静かな室内に、2人の喉を鳴らす音が響いた。 「―――何かエロいな」 「アキラったら」 恥ずかしさで顔を塞ぎたくなる。 「もっとエロい事する?」 「バカ・・・」 薄暗い中、唇が触れあった。 優しい、キス。 今は、アキラにもそんな気はないと、何となくわかった。 「・・・電気、点ける?」 「TVでいいよ」 リモコンで電源を入れると、白い明かりが室内を照らした。 「この時間帯でもワイドショーやってるのね」 「いや、ニュース番組だよ。報道とゴシップ、もうほとんど区別ないからな」 「そうなの?」 ワイドショーというキーワードが出たのは、画面にアキラの写真と、森永ミサの囲み会見の映像が流れていたからだ。 「貸して」 アキラが私からリモコンを取ってボリュームをあげる。 『すみませ〜ん。ちょっと期待持たせた言い方になっただけなんです〜』 『え? 昨夜は一緒じゃなかったって事?』 『一緒だったんですけど、実はあたしの写真集の中の暴露内容のチェックをお願いしてたんです〜』 『ホテルの部屋で??』 『あの写真はたまたまアキラさんが来た時で、遅れてアキラさんのジャーマネさんも来てましたよ』 『ええっ?』 『あ、怒られちゃうんでここまでね〜。みなさん〜写真集買ってくださいね〜』 「サンキュ、ミサ」 頬杖をついて、アキラが微笑んだ。 私の知らない合図みたいで、少し、妬ける。 「大丈夫なの? 彼女。話題作りだったんでしょう?」 「過去の俺でどうにかなるだろ」 そう言った後、ふと私を見た。 「今の俺はあんたのものだから、出会う前の過去くらいは、ちょっと貸してやってもいいだろ?」 「―――ずるい人」 そんな風に言われたら、何も言葉が返せない。 「・・・好き、だった?」 「―――ああ。楽しかったよ」 「そう・・・」 間合いの後、 「・・・昨夜」 ぽつりと、アキラは言った。 「ホテルに向かう時、本当は迷ったんだ」 「え?」 声のトーンが変わった事に気付いた私は、アキラの瞳を覗き込んだ。 「もしかしたら、嵌められるかもしれないなって」 「アキラ」 「タクシーの窓に映ってた、情けない自分の顔が忘れられない」 アキラが私を見つめてきた。 「もし写真撮られて、あんたを傷つけたらどうしようって、そんな事が頭を過った」 アキラの指が、私の唇をなぞる。 「ほんと、全てが、あんた中心になる」 「アキラ・・・」 ゆっくりと近づいてくるアキラの顔。 私は目を閉じて、触れるだけのそのキスの感触を確かめた。 熱が離れていくのに気付いて、目を開けると、真剣なアキラの藍色の瞳。 「あんたに、最初にキスしたかった。あんたが初めて素肌を曝す相手になりたかった。あんたの中に、最初に入りたかった」 「アキラ・・・」 手を、アキラの頬にあてる。 温もりがこんなに近くにある。 「それを叶えたあんたの元旦那を、羨ましくて、殺したくなる―――」 「・・・キスは中学の時なの」 苦笑した私に、 「その時は日本にいたのか? どっちにしても、会えなかった・・・今じゃなきゃ」 アキラは真面目に応えた。 「それでいいとも思うけど、駄々も言ってみたくなる」 「アキラ―――」 (私・・・) 切ないアキラの顔を見ていると、私の胸に熱い燭(ともしび)が宿った。 ソファに座るアキラに腕を伸ばして、首に巻きつける。 向かい合って、彼に跨るようにして腰掛ける。 「アキラ」 抱きついて、彼の耳元で囁く。 ピクリ、とアキラの身体が跳ねる。 「ケリ、刺激強い」 「アキラ」 「抑えられなくなる」 「うん・・・抑えないで、誘ってるの・・・」 「ケリ・・・? ん、」 私からキスをして、唾液を混ぜ合わせる。 下手なりに、気持ちを込めて・・・ 「ケリ」 「・・・ぁ」 スイッチが入ったアキラの指が、舌が、私の身体を愛撫し始める。 「アキラ、アキラ・・・」 掠れた声で、私は言った。 「名前、呼んで、欲し、ッ」 「ケリ」 「ちが、あっ、ッおり、――――かお、り、っていう、あっ、」 「うん?」 ワンピースをめくって、胸にキスをしていたアキラが上目で聞き返す。 今度こそうまく伝えられるように、一言ずつ、しっかりと綴る。 「本宮、香織。―――――香るに織る、私の名前・・・」 「・・・」 アキラが全ての動きを止めて静止した。 上げられていたワンピースの裾が、再び私の腰を隠すようにして落ちてくる。 「え―――――?」 私を見つめるアキラの眼差しが、驚きに震えている。 「ふふ」 アキラの反応がおかしくて、私は笑った。 「ねぇ、アキラ」 彼の耳たぶにキスをして、私は囁いた。 「メイクラブしながらこの名前を呼ぶのは、あなたが初めてよ―――――」 |