小説:ColorChange


<ColorChange 目次へ>



愛に形はありますか?
《 Acting.by アキラ 》



 本宮、香織――――。


 それがケリの本名。
 生まれた時からの彼女の名前。


 「なんで"ケリ"?」

 「留学して知ったんだけど、英語圏の人には"KAORI"って発音しにくいみたい。"KEYORI"になっちゃうの。それで"ケリ"って友達の中で定着して、私もそう名乗っている内に・・・」

 「じゃあ高校まで香織だった?」

 「・・・」

 困ったようなケリの顔。

 「何?」

 「中学の終わりくらいまではそうだったんだけど・・・」

 「高校ではなんて呼ばれてたんだ?」

 「・・・め」

 「ん?」

 「・・・姫」

 頬が赤く染まっている。

 「姫? ・・・って」

 さすがの俺も挙動に困る。

 「樫崎エリカ、知ってるでしょ? 彼女、学生の頃、なんていうか、宝塚的な人気があって、あの容姿で、フェンシングが出来て・・・。白邦学園は当時女子校だったから校内の人気は圧倒的。彼女が生徒会長だった2年間、生徒会室がある特別棟は"樫崎城"って呼ばれてた。もちろん他校の女子からも人気があって、"白邦の白騎士"は有名だったの」

 「・・・分かる気がする」

 高圧的な態度が見え隠れする樫崎さんを思い出して俺が笑うと、ケリも「でしょ?」と笑う。

 「彼女、学校でも外でもずっと私の傍にいてくれて、ナンパされそうになった時も何度か助けてくれたの。それで、騎士が守る「姫」って。周りの友達は、エリカが居る事で私に彼氏が出来ないって、いつも怒ってたけど」

 ふふふ、と声にして笑うケリ。

 「・・・」

 俺は複雑さに口を噤んだ。

 「だから、"香織"と呼ばれるのは、実家の家族以外では本当に久しぶりね」

 「嬉しい」

 ケリの頬にキスをして、

 「・・・ところで、樫崎さんって、何が好き?」

 「え?」

 「いや、ロス(向こう)で手に入らない日本食とか、困ってたら送ろうかと」

 「日本の食材は結構手に入るから困ってないとは思うけど・・・どうして?」

 「あ〜、・・・これから世話になるし、挨拶?」

 内容を濁す。

 「それじゃあ、シャンパンとかが良いと思うわ。クリスマスに送ったら?」

 「そうするよ」

 高校時代、害虫から彼女を守ってくれた"お礼"とは、さすがに恥ずかしすぎて口に出せなかった――――。



 12月も中旬を超えた途端、スケジュールの過密度が増した。

 現在早朝6時。
 つい3時間前まで撮影をして、これから同じ現場へ7時入りの予定。
 事務所から近いロケだったから、昨夜はペントハウスでベッドでの睡眠を貪った。

 救いは午後。
 3時間だけだが、ケリに会える―――――。

 前に会ってから4日。
 しかも、偶然ロケ現場の近くにいた彼女とメールでやり取りして、海岸公園の端を20分散歩したという短い逢瀬。

 人目もあるし、キス一つ出来なかった。

 「アキラさん、モーニングコーヒーどうぞ〜」

 思いがけず早起きに付き合わせてしまったジョニー企画受付嬢の藤崎瞳がトレイに紙カップのコーヒーを乗せてやってきた。
 ここはジョニー企画ビルの7階。
 現在、俺は藤間との待ち合わせまでの時間を活用して休息中。
 おおよそガラス張り、大なり小なりのソファが並ぶロビーにはまだ朝日の眩しさは到達していない。
 薄暗い中、俺の周りをLEDの室内ライトが一組み、照らしている程度だ。
 正面のエレベータ前の廊下は、時々、戦略部と企画部の徹夜組がトイレの往来に通過するだけで、ほとんど人の気配はなかった。

 「ありがとう。悪いね」

 コーヒーを受け取って目を細めると、

 「いいえ! ペントハウス泊れてラッキーでした」

 いつもの天真爛漫な笑顔を返してくる。
 昨夜誕生日だったという瞳は、25時に終わるはずだった藤間をここで待ち続け、結局、俺達が帰るまでこのロビーの受付で眠っていた。

 「昨夜は長引いて悪かったな。藤間だけでも、クリスマスは休めるようにするから。あんまり怒らないでやれよ」

 「やだ!」

 はっきりと一言返され、俺はどきりと顔を上げる。
 けれど予想と反して、瞳はさっきと変わらない笑顔で俺の視線を出迎えた。

 「冗談やめてくださいね〜。アキラさん休まないのにマネージャーが休むってあり得ませんから! ジョニー企画の稼ぎは間違いなく半分近くはアキラさん功績なんです。そんな人のマネさせてもらってるのにプライベート優先とかあり得ません! しかもセカンドマネージャーの分際で!」

 可愛い顔して辛辣だ。

 いつも思う。
 タイプが全く違う2人が、一体どういった接点でもって付き合う事になったんだろうか。



 「――――参ったな」

 厳しいねぇ・・・。

 藤間に同情を禁じ得ない。
 苦笑してコーヒーを一口。
 疲れた体に、苦味のある熱い液体が内側から沁み込んでくる。

 「それにね・・・」

 瞳が声のトーンを落として続けた。

 「あたし達はアキラさん達と違って、いつだってどこでだってラブラブできますしね」

 ―――藤間・・・、

 「あ、ちなみに守秘義務怠ってるのは遠一さんですから」

 「・・・そ」

 いい勘してる。
 さすが社長の血筋―――。

 「アキラさん、"Stella"効果で仕事のオファー倍増らしいですよ! 来年もジョニー企画の為に頑張って下さいね!」

 両腕のガッツポーズが学生の運動部的なノリに、正直テンションがついていけない。

 「あんまり忙しくなるのは勘弁してほしいけどね・・・」

 難しいポイントだ。

 仕事の質は選びたい。
 でもパターン化を避けるために無難な選り好み、つまり好きか嫌いかだけで選別はしたくない。
 映画とドラマと舞台、流れを組み間違えれば、これぞという作品に出会った時にスケジュールが空かないから、どこに重心をおくかは俺にとって重要になる。
 遠一は、付き合いが長い分、俺の意向を読み取るのが上手い。
 初代の俺のマネだった統括・樋口さんも緊急時(一番最近なのは遠一がインフルで死掛けた時だった)にフォローに入ったりしているが、俺を売り出した手腕はまだ健在だ。

 藤間には先輩2人が優秀で前途多難だな・・・

 そんな感想を頭に掠めながら、俺の頭は再び、午後に会うケリの事でいっぱいになった。
 会えるのは3時間。
 たった3時間、されど3時間――――――。
 出来る事は結構ある。
 さて、数日会えなかった時間のこのフラストレーションを、一体どうやって彼女に伝えよう―――?








著作権について、下部に明記しておりマス。



イチ香(カ)の書いた物語の著作権は、イチ香(カ)にありマス。ウェブ上に公開しておりマスが、権利は放棄しておりマセン。詳しくは「こちら」をお読みくだサイ。