「あ、アキラのジャーマネ」 「え?」 ケリさん達の為に用意した臨時入館パスを手に持って、今まさにアキラさんが待っている控室のドアノブをひねろうとした時、明るい女性の声がボクを呼び止めた。 「・・・アサミ陽子さん」 縁無し眼鏡と、明るいオレンジ系の茶髪でショートカット。 宝塚出身にも思われそうな中世的な美貌の持ち主。 確か今年で35歳。演技派中堅女優のアサミ陽子。 前回、福岡でのアキラさん行方不明時に彼女を逢瀬の相手だと勘違いした瞬間もあった。 実は人妻だと、あの時初めて遠一さんに教えてもらったが、その事実を知っている事はもちろん本人にも秘密だ。 ボクにとってはそれほど興味を持てる事項でも無いので、ここは真顔でスルー。 「やっぱそうよね? フジマくんだっけ? ねえ、アキラいるの?」 「はい、中にいますよ」 「次までまだ時間ある? 入っていい?」 「―――確認しますのでお待ちいただけますか?」 アキラさんに。 ボクは、さっきはする気もなかったノックをして、仰々しくドアを開けた。 途端、 「藤間、ミッシェル・ハワードに挨拶できそうか?」 アキラさんが透かさず聞いてきた。 (シナリオを見たんだ・・・) 「来日も急だったんでまだアポとれてません。"Stella"の事を踏まえて善処はしてくれるって向こうのマネージャーは言ってましたけど、うまく会えても収録後の5分くらいかもしれません」 「挨拶ができればいい」 「わかりました。あ、これ」 「ああ、サンキュ」 テーブルに置いた2人分のパスにアキラさんが微笑む。 その笑顔、男でも悩殺級ですから。 どんだけ彼女に会えるのが嬉しいんだか・・・ 「あ、アキラさん。実は廊下にアサミさんが―――」 「アキラ、入るね」 言い終える前に、アサミさんはドアからひょっこり顔を出して、アキラさんを認識したと同時に室内に入り込んだ。。 「陽子」 アキラさんは一瞬、舌でも打ちそうなほど悪態をついた。 「はあい。とんだ災難に会ったわね〜、可愛いウサギちゃんに爪立てられて、可哀そうだからお見舞いにきたげた」 「ったく。顔笑いすぎ」 「ふっふっふっ〜、分かる?」 悪だくみしそうな笑みでアキラさんの斜め向かいのパイプ椅子に腰かけると、八木さんとカカシが慌てて立ち上がりかけた。 「あ〜、気にしないで座ってて。私は、福岡で聞けなかったアキラの最新子猫ちゃんの話が聞ければいいから〜」 「最新子猫ちゃん? どんなネーミングだよ」 「はじめがさ〜、このまえ家に来てた時に、もう『アキラが』『アキラが』って"彼女"へのご執心振りを伝えてくれたわよ」 "はじめ"? 「遠一・・・」 呆れたようなアキラさんの呟き。 やっぱり遠一さんですよね。はい。 「紹介してよ」 「絶対に嫌だ」 「ケチ」 なるほど、遠一さんの言うとおり2人は"親友"という感じだ。 「そういえば、この前私も昔の彼女って事でインタビュー受けたわよ? ノーコメントで通したらVは使われなかったけど」 「そりゃ残念だったな」 クク、とアキラさんが笑った時、 〜♪ アキラさんの携帯が鳴り出した。 「――――ケリ、着いたか? 分かった。1Fの受付前で待っててくれ」 通話を終え、アキラさんがボクを見た。 「藤間、頼む」 テーブルに置いたパスをボクに渡す。 「分かりました」 頷いたボクと同時に、 「いやだ!」 顔を真っ赤にしたアサミさんの悲鳴。 「なんなの今の甘声! まさかその子猫ちゃん、ここに呼んでるの!? 今!?」 「・・・陽子、仕事行けよ」 「いやよ! 絶対紹介して! あっ、数馬に電話してスケジュール調整させなきゃ」 恐らくはマネージャーに電話をし始めたアサミさん。 アキラさんも、それ以上何も言わない所からすると、紹介する気はあるらしい。 「それじゃ」 控室を出て、ボクは後ろ手でドアを閉めた。 マネージャーになった事により鍛えられた速足でエレベーターホールに向かう。 その途中にある控室の入り口に、何だか人だかりができて騒がしかった。 人の山に隠れてよく見えないが、 「×□△!」 「○△!!」 げ、英語だ。 関わらないように廊下の端を選んで駆け抜ける。 エレベーターに乗り込んで、ボクはさて、と考えた。 小さくとも、マネージャーの手腕を問われる内容だ。 局内の馴染みのスタッフに、ケリさんの事を聞かれたら何と答えたらベストだろう? |