小説:ColorChange


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愛に形はありますか?
《 Acting.by ケリ 》

 ロスに居た頃、撮影所やロケ現場には何度か行った事があるけれど、

 「凄い。思ったより開放的な作りね」

 足を踏み入れた局内の明るさに、私は思わず隣のトーマに同意を求めた。
 光に満ちた世界観に、全身から感嘆が溢れ出る。

 「そうですね。TV局は初めてです」
 「あら、私もよ」

 間髪いれず笑った私にトーマが目を瞬かせる。

 「それは意外でした」

 「そう? ケヴィンはTVの仕事は好きじゃなかったし、私が通っていた美容学校もハリウッドへの就職斡旋が中心で、TV局については研修はおろか、あの頃は見学コースもなかったわ」

 採光が隅々まで行きわたるようなデザインの建築。
 ガラス張りの1Fフロアは、入り口から奥に続く受付までの道のりは長くて、ここだけ見ればどこかのホテルのようだけれど、
 吹き抜けになっているスペースの壁という壁に、現在放映中のドラマやバラエティの特大パネルが提げられているのはやはり、ここはTV局なんだという印象が湧いてくる。
 その中にはもちろん、シリアスな顔をしたアキラや、挑発するような妖艶さを見せるアキラがいて、彼の仕事の成果物を目の当たりにした私は泣きそうになった。

 認められている事が、一目瞭然。
 映画館だけじゃない。
 ここにも、俳優としての彼の誇りが輝いている―――。

 浮き沈みが激しい業界をロスで見てきたから、私だって少しは分かる。
 この地位を、20年以上も維持できるなんて並大抵の生き様じゃない。

 アキラと付き合い始めてからまだ日は浅い中、嫌でも気付かされた事――――。

 評論であちこちに書かれている彼の俳優としての代名詞。

 "容姿を武器に持った天才演技派"

 容姿は、血筋で受け継いだ"ルーツ"からのギフトだと思う。
 でも、それだけじゃない。
 彼の、"俳優としてのすべて"は、生まれ持ったセンスと、それを磨く努力を怠らない彼の姿勢。
 今のアキラは、その積み重ねの"結晶"―――――。

 私を抱いた後、眠った私の髪を撫でながら、彼は時間がくるまで台本を読み解く。
 そして、こんな多忙なスケジュールでどんな魔法を使っているのかと思うくらい、役柄の時代背景の資料には必ず目を通しているみたいだし、
 驚いた事に、少なくとも週に一冊以上は様々なジャンルの本を読みこなしている。


 バイタリティ以前の問題。
 呆れるくらい、努力の人・・・。

 「ケリ」

 「え?」

 名前を呼ばれて弾かれたように顔を上げ、トーマに示された方を見ると、マネージャーの藤間君がエレベーターから姿を現した所だった。

 ハイネックにジャケット。
 サラサラの黒髪に、理知的な瞳。
 そんな彼は、モノトーンでまとめたスタイルが良く似合う。
 社会人の雰囲気が出始めた、23歳だという彼。

 「こんにちは」

 真面目な彼は、私達に向かって立ち止まり、そう言いながら一礼する。

 「こんにちは、藤間君。今日はごめんなさい。急で迷惑かけたでしょう?」

 「いいえ。こんな事でアキラさんのモチベーションが上がるなら、全然ありがたいですから」

 「ふふ」

 思わず笑いが零れてしまう。
 やっぱりちょっとは困ったのね。
 僅かに浮き出る彼の正直な表情は、きっと彼の若さのせい。
 無言で場をなめるように、トーマも私の横で一礼だけを返した。
 藤間君がまたそれに一礼返し、促すように手で示す。

 「それじゃあ、まずは受付に行きましょう」

 「ええ」

 アキラには改めて紹介してもらっていたけれど、初対面はお互いにあまり良くない印象だった。
 彼はルビに殴りかかろうとし、そしてトーマがそれに反撃して拳をあてた。


 「あの・・・」

 入館証を見せて受付を過ぎた頃、私は藤間君に声をかけた。

 「初めてお会いした時、あんな事になって・・・本当にごめんなさい」

 「え?」

 藤間君が驚いたように足をとめて振り返り、それを見計らって頭を下げるトーマを見て殴られた事を思い出したのか、困惑した表情に変わった。

 「ああ、・・・いえ、あれは、お互い様という事で、問題ありません」

 藤間が恐縮したように両手を振る。

 「・・・前に、マンションの下でお会いした時から気になっていたんです」

 アキラが初めてマンションに来た次の朝の事。
 私に近づいた理由を淡々と述べていた彼の事を、頭の隅で"あの時の子"だと認識していた。

 「いえ、あの、ボクもあの時、すみませんでした」

 「くす。――――ほんと、お互い様ですね」

 「はい」

 私が思わず笑みを零すと、藤間君も微かに笑い返してくれた。
 エレベーターに乗り込むと、フロアを指定してから藤間君が徐に振り返った。

 「そういえば、ケリさん、ロスに住んでいたんですよね?」

 「ええ」

 「今日は局内にハリウッド女優のミッシェル・ハワードがいるんですよ」

 「え!?」

 私は思わず声を上げた。

 「ミッシェル、が・・・?」

 「アキラさんと同じシネマ番組にゲストで呼ばれてるんです。ロスだと、きっとたくさんのハリウッドスターに会えますよね? 彼女にも会った事ありますか?」

 「・・・ええ」

 「すごいです。やっぱりロスだと会えるんですね。今度公開になる映画の宣伝みたいです」

 「・・・そう」

 頬をひきつらせて応え、私はトーマを見た。
 心臓の音が自分の耳に大きく響く。
 同じ番組・・・話す機会があるかもしれない・・・。
 確認した事はないけれど、アキラは、英語が話せるような気がする。
 チーン、と高い音が鳴ってエレベーターが開く。


 「ケリ、誰よりも先に」

 トーマの囁くような耳打ち。


 天城氏にはあなたから伝えた方がいい―――。

 ―――分かってる。


 第三者から聞かされるなんて、そんな事・・・。
 その後の事を想像しただけで、足元が崩れてしまいそうで、

 「アキラ・・・」

 エレベーターから出た私を出迎えてくれた彼のその名前すら、微かに震えてしまっていた。








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