小説:ColorChange


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愛に形はありますか?
《 Acting.by ケリ 》

 "ケヴィン・モーリス"

 ――――と。

 いつも私に甘い言葉を囁いてくれるその声で、私の元夫の名前が奏でられたのがとても不思議だった。
 この、どこか他人事のように湧きあがった感情は少し、現実逃避に近かったのかも―――。

 【まったく憎らしい男だわ。ケリ―――、あなたの元旦那は―――】

 ミッシェルがそのセンテンスを綴る間、アキラの藍色の瞳がただゆっくりと私に向かってくるのが分かった。
 そのスローモーションの時間は、まるで現実へと呼び戻す糸を巻くように、私の記憶を釣り上げた。


 "俳優ケヴィン・モーリス"は17歳の時に脇役で銀幕デビュー。
 その後も、役のグレードアップを果たしつつ、順調にキャリアを積んでいく。
 そして、デビューからちょうど2年目。
 有名な社会派フィルムのリビルド版主演をオーディションで勝ち獲り、その年の賞レースに近年稀に見ない嵐を巻き起こしたのは有名な話。
 メディアへの露出度があがる度に、世の女性達は男らしくも美しい容姿をした彼に夢中になり、主演3作品目では、多重人格でシニカルに女性を凌辱するレイプ殺人犯を演じて、"実力派俳優"として男性を中心とした映画ファンを唸らせた。

 私と出会った当時、ケヴィンは24歳。
 ハリウッドでは既に地位を確立し、興行収入(ハイリターン)を叩きだせる俳優として、彼のエージェントにはいつもオファーが殺到していた。

 留学して1年。
 語学と美容学校の技術研修に明け暮れていた私は、そんな彼の凄さに気付かないまま付き合い始めて、
 "業界での噂"なんかももちろん知らないまま彼に夢中になり、"言葉で望まれた"まま、

 彼と、結婚した――――。


 "俳優ケヴィン・モーリス"の妻。

 結婚1周年記念の日に、実は業界内では有名だったらしい"ゲイ"という性癖を元彼から聞かされ、愛すれば愛するほどに遠く離れていくケヴィンとの生活に耐えられるよう、友人のアドバイスを受けてオープンさせたエステサロン。
 現在は4店舗に拡大できた"Aroma"のこの成功も、もちろん"俳優ケヴィン・モーリス"の妻という看板あってこその飛躍だったと理解している。

 けれど・・・、


 どんなに仲良くなった友人も、最後は私を通して彼を見ているのだという現実は、なかなか弱い心では耐えられる事じゃない。
 良い事も、悪い事も、会話の最後にはいつも彼が立ちはだかる。

 特に、彼と同業の"俳優"達は、全く関係がない所で知り合って仲良くなったとしても、"俳優ケヴィン・モーリスの妻"だと知る事により、突然、途方もなく透明で薄い壁を宇宙まで聳え立たせてしまうから、いつの間にか、誰かと近しくなることに臆病になっていった。
 ハリウッドではまだ"ヒヨッ子"と呼ばれる20代の頃には"トップスター"と呼ばれ、"若手"と現(あらわ)される30代で"重鎮"と称されて同業者から崇拝される"俳優ケヴィン・モーリス"の妻。
 外国からパーティに参加する俳優陣も、やはり同じように私を位置付けて扱った。
 そしてその壁が透明であればあるほど、笑うほどに寂しく、悲しく、傷ついていく。

 その負の感情は、決して誰にも伝える事は出来なかったけれど・・・。
 業界は繋がっている。
 世界は広くても、業界の価値観は通じている。

 だから、

 きっと、

 多分アキラも・・・。

 "俳優ケヴィン・モーリス"の元妻。

 私がそうだと知った時、その藍色の瞳の中に、何かのフィルタがかかるかも知れないと思って、覚悟は、していたつもりだった―――――。



 「―――――最悪」



 ため息のような、アキラの言葉。
 私の覚悟はガラスで作られていたみたい。

 アキラから放たれたその低い声の矢に、

 「アキラ・・・」


 ピシリ、

 はっきりと、心にヒビが入る音が聞こえた気がした。








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