小説:ColorChange


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愛に形はありますか?
《 Special-Act.by ミッシェル 》

 ついさっきまで、映画の話で白熱していたイイ男日本代表(これは女優仲間内での評論。まあ私も俳優としての彼のファンではあるけれど)の雰囲気が、ケヴィン・モーリスの話になった途端にクールダウンした。

 というより、ケリに話を振ってから?

 そのイイ男、アキラ・アマギの顔を見ると、これまた女優仲間で魅力的だと有名な彼の紺色の眼差しは、驚き半分、そして何かを問い詰めるような陰り半分で、真っすぐ射るようにケリを見つめているのが分かった。
 尻目でそのケリを捉えると、蒼白に張りつめた表情でアキラを見返している。
 糸が切れたら、存在が崩れ落ちてしまいそうなほどに弱々しい。

 (あら、やだ)

 もしかして私?


 え?

 この2人ってそういう関係?

 さっき聞いたら、ケリは日本にきてまだ3ヶ月くらいだと言っていた。
 付き合ったばかりだとして、――――ケヴィンの事、まだ話してなかったって事?


 わお・・・。

 なるべく体を動かさないようにしてトーマを見る。
 私に気がつくと、微かに苦笑して、私の考えが間違いではない事を教えてくれた。


 「最悪」

 アキラが何かを口にした。
 日本語だったから意味不明だったけれど、凄く――――、


 なんて感じ悪いの! アキラ!

 背後から燃え上がるように広がった黒いオーラ。
 感情を抑えきれないこういうところも男らしさを感じさせる魅力の1つではあるけれど、この場合、何も説明しないまま"その黒いオーラだけ"というのは、恋人には逆効果だと思うんだけど―――?

 「アキラ・・・」

 蚊の鳴くようなケリの声。


 ほら!

 今にも泣き出しそうじゃないのよ!


 ほんとに、これだから顔がイイ男ってのは大馬鹿なんだから!
 必ず自分の気持ちの処理が先なのよね!

 最っ低!!

 腸は煮えくりかえっているけれど、見知ったばかりの私が口を挟んでもいいのかどうか、判断に迷う所だし、とりあえずは放置。
 耳鳴りがしそうなほどの沈黙・・・。

 (はぁ・・・。折角ハッピーになれたのに、またテンション下がっちゃったじゃないのよ!)

 ステファンを殴りたい衝動に駆られるけれど、さすがに理不尽だって分かってるからみんなが居なくなるまで我慢ね。



 流されるまま痛い時間をやり過ごしていると、英語をまったく理解できていない様子だった若い男の子の携帯が鳴り、アキラはケリに何かを告げてこの控室を出て行く。
 その前に、トーマが何か話しかけていたようだったけど、結局アキラは目を逸らして対応を先送りしたみたい。

 なんて無責任!

 パタンとドアが閉まる音と同時に、ケリの唇の間からため息が零れた。
 ここからなら、私が入り込んでもいい領域よね?


 【ケリ、大丈夫?】

 私が覗き込むように尋ねると、一瞬我に返ったようにハッとしてそして表情(かお)を創る。

 【大丈夫よ】

 【!?】

 驚いた・・・。

 『大丈夫よ』と笑ったケリの眼差しと、その端をキュッと結ぶような唇の形に、私は、生まれ育った施設の子供達の顔を思い出した――――。


 施設にきたばかりの子供は、最初は環境に脅えてよく泣いたりする。
 親に暴力を受けていた子は例外だけど、突然与えられた先生たちの温もりに必死にしがみつこうとする。
 でも施設の先生は、もちろんたった1人に特別な愛をくれるわけはなく、
 スクールにお迎えにくる誰かの両親の優しそうな顔を見て、
 誕生日を月でまとめてお祝いされて、
 施設にくるサンタさんからはいつもお菓子。

 施設の子だからって時々苛められて、
 パパやママに無条件で抱っこされてキスされている誰かを見て、寂しくて俯いたりして、そうやって毎回いろんな事を噛みしめて、我慢して、期待をしない経験を積んで、それに比例して、施設で感じるささやかな幸せに慣れていき、何年か経つと、必ずこう答えるようになる。

 『大丈夫だよ―――』と。

 それも、満面の笑みで・・・。

 自分がそう応える事で、周囲は平和でたぶん幸せなんだって学習して、寂しい事や、悲しい事、辛い事も、全部ぜーんぶ、内側に溜めていく。
 それが瞳の中に泉のように溢れるから、誰の笑顔もみんな儚く見えてしまう。
 そうして、時々舞い降りる小さな幸せに過大の幸せを感じて、自分を支え、こうして生きていくんだと無意識に選択する。
 そうする事で自分が不幸だとは思わないから、底辺にいても結構幸せにやっていけるの。

 でも結局、それが本当に幸せなのかどうかは、あとは、大人になってからの個人の価値観次第――――。



 ケリ・Mはロスの社交界では有名な女性。
 もちろん、"あの"ケヴィン・モーリスの妻だからって事もあるけれど、太陽の下で髪が緑色に変色する神秘さと、日本特有の優雅な所作。
 見た目も、オリエンタルな美しい魅力を持っていたから男性ファンは多かった。
 上流階級(セレブ)には少なくない夫の"性癖"の問題についても、周囲の誰にも愚痴1つ言わず、"同性の恋人"を半年ごとに変えてボディガードとして傍におく"恥知らずな夫"と噂されるケヴィンに献身的な愛を注ぐ大和撫子として、首を振って呆れられる一方で、一途な女性としての賞賛も同じくらい集めていた。

 仕事ではやり手の彼女。
 見せる表情はリーダーシップを取れる人のものだし、内側から溢れる自信は輝きとなって彼女を包み、夫の名声に頼らずに確たる技術で"Aroma"を成功させた経営者として、経済界にもファンは多い。

 良い意味でも悪い意味でも、彼女は不思議な引力を持っていて、
 彼女をパーティに招く事ができるのは、ある種のステータスでもあった。

 そんな彼女が、愛を諦めた笑いを浮かべるなんて・・・。
 やっぱり、他人の事は何も分からないものね。


 【――――大丈夫っていう顔じゃないわよね】

 唐突に私が言うと、ケリは大きな黒目を瞬かせた。

 【え?】

 【今にも消えていなくなりそうよ? あなたとアキラにとって、ケヴィンが元旦那だっていう過去はそんなに大変な事なの?】

 【・・・どうして私たちの事!?】

 息を呑むようなケリの仕草に、私は笑った。

 【まあ、さっきのやり取りから推測したんだけど、・・・私、勘は悪くない方だし】

 【ミッシェル・・・】

 困ったという顔をして、ケリはアキラの残像を追うように、向かいのソファに目をやった。

 瞳が震えるのは、アキラの事を思い出しているから?

 【―――ケリ、さっき、アキラはなんて言っていたの?】

 【え・・・?】

 戸惑ったような彼女の態度に、私は胸を張って告げる。

 【いいじゃない。親友だとは流石の私も厚かましく名乗らないけれど、あなたの事を大事に思っている友人には違いないつもりよ?】

 【・・・・・・】

 ケリが瞬きを何度か繰り返し、そして息を吐くようにふわりと笑う。


 【ミッシェル、ありがとう】

 そう言って間をおき、意を決したように呟いた。

 【彼は、―――"最悪"。そう言ったの】


 ふうん。
 それであのオーラなんだ。

 【それじゃあ、ケリ、あなたが泣きそうなのはなぜ?】

 【泣きたくもなるわ。"彼の妻"だったと言う事で、失くしてしまった友人は少なくはないの】


 ―――――――え?

 またまた驚いちゃったわ。
 今日は本当にスペクタクルな思考を促される1日。

 【ケリ、あなた、アキラがケヴィンの事を知って"萎縮"したと思っているの?】

 【・・・"萎縮"とまでは言わないけれど、今の態度からすると、これから距離を置かれるような気がしているのは確かね】

 伏し目がちで告げる彼女は、手を伸ばす前に諦めているみたい。


 ―――信じられない。


 アキラにちょっと同情しちゃうわ。
 1人の男が長いと、こんなに経験値に差が出るものなのね。

 まあ、―――ケリが鈍いって可能性もあるけれど・・・

 ううん!
 絶対ケヴィンのせいよ!
 あいつに10年も捕まったお陰で、女としての幸せの取り分を確実に損しているもの!

 以前よりも綺麗になった今のケリを見ていたら分かるわ。
 女性としての開花が、きっとアキラの手によって施されている。

 ケリ、あなた、自信を持って彼の腕に飛び込めば、もっともっと幸せになれるわ。
 だから、ちょっと厳しく言わせてもらう―――。


 【ケリ】

 ここからはちょっと声音も変えてみて、

 ・・・やだ、楽しくなってきちゃった。


 【あなた、ケヴィンと結婚しただけあって、本当に男を見る目がないわね】

 【―――――え?】

 首を傾げたケリに、私は足を組みかえて大層な感じで伝えてあげた。

 【本当に"そう"考えているとしたら、あなた随分、アキラの事を、見縊(みくび)っていると思うわ】



 うん。

 なんだか、いい役できてる気がする――――。








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