小説:ColorChange


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愛に形はありますか?
《 Acting.by ケリ 》

 【ケヴィンの事でアキラが離れていくなんて、本当に"そう"考えているとしたら、あなた随分、アキラの事を見縊(みくび)っていると思うわ―――――】

 ミッシェルに言われた事が頭の中でぐるぐる回る。
 見縊っているという表現がすんなり理解できずに、思わず私の単語の解釈が違っているのかと辞書を調べたくなった。

 【どういう意味なの・・・?】

 尋ねた私に、ミッシェルはスクリーン専用だと言い切っていた堕天使顔でそのエメラルドグリーンの瞳を流す。
 指で巻かれたプラチナブロンドの髪がクルリと跳ねた。

 【すぐに分かるわよ】

 綺麗に笑い、

 【―――ステファン、お茶!】

 【はいぃぃぃっ!】

 弾かれたように動き出すステファン。
 このギャップには、やっぱり苦笑が込み上げてくる。

 アキラ・・・。

 少し前、去り際に私の頭に置かれたアキラの手の温もりを思い出した。

 『――――20分で終わらせてくる』

 そう言った彼の言葉の温度は、その手の暖かさとは正反対に感じられた。
 目を合わせてくれなかった彼の態度に、何かを覚悟しなきゃいけないと、そんな心構えを促されたような気がしていた。

 なのに――――、


 見縊っている?

 私がアキラを?


 良く、分からない。

 ケヴィンの事を知ってから、何かを考えるような素振りの後、一度も私の目を直視しなかったアキラ。
 どこかを見つめるその瞳からは、いつも私に注いでくれた甘い光の泉は一切見えなかった。
 険しい閃光と、まるで夜の空のような冷たい雰囲気が感じられた。
 私を愛しんでくれた藍色の瞳と見つめ合う事が、本当に、また叶うのだろうか―――――?

 「ケリ」

 突然肩を揺すられ、ハッと我に帰る。
 顔をあげると、トーマが心配そうに私を覗き込みながら、預かってくれていたバッグを差し出した。

 「携帯が鳴っています」

 「・・・ありがとう」

 受け取って、中身を探って携帯を取り出すと黒電話に設定している着信音がまだ小さく続いていた。
 着信名は、天城アキラ。

 「・・・」

 通話ボタンを押すのが怖かった。
 これからデートの予定だったのに、キャンセルになるのかもしれない。


 大丈夫。

 ――――大丈夫。

 エリカの言葉を思い出す。

 『今度はまったく違う形でボロボロになったとしても、あなたはきっと大丈夫。これまで、人生の中で解いてきた方程式や描いてきた図式は"男の事"、だけじゃない。恋愛しかなかった若い頃とは違う。もし彼を失ったとしても、あなたにはまだ、ルビがいて、私たちがいて、

 とりあえず、生きてはいけるわよ――――』


 そうよ。

 大丈夫。

 ――――大丈夫。


 (もし時間が空いたら買い物に行って)

 胸が苦しい・・・。

 (そうだ。ロスに送るクリスマスギフトを用意していないじゃない。する事はたくさんあるわ)

 指が震える。

 (大丈夫)



 【ケリ、切れちゃうわよ?】

 「えっ!」

 ミッシェルの声に、身体が反応して通話ボタンが押されてしまった。

 ――――どうしよう。

 『ケリ?』

 聞こえてくるアキラの声。
 私の恋愛脳を刺激して撫でる、優しい声音。

 私は、・・・この声を失くしても、本当に、

 ――――大丈夫?


 「・・・はい」

 『どこにいる?』

 「あ、まだミッシェルの」

 『悪い』

 「!」

 自分の鼓動が、携帯を持つ指先にまで響いている。
 グラリと身体が揺れそうになった。

 『そこまで迎えに行けない。裏の乗降スペースに降りて来てくれないか? 受付に来れば場所は分かる』

 「・・・分かったわ」

 通話を終え、顔をあげるとトーマが尋ねてきた。

 「天城氏はなんと?」

 「降りてきてって。受付に行けばわかるらしいわ」

 肩をすくめて応え、ミッシェルを見る。

 【ミッシェル。もう行くわね。ロサ・ファンタジアは置いていくから、日本に滞在中に使って】

 【ありがとう! 助かるわ!】

 【次はどこに行くの? 良かったら滞在先に新しいボトルセットを届けさせるわ】

 立ち上がりながら提案すると、ミッシェルも立ちあがって握手を求めてきた。

 【次はロスなの。だから空港から"Aroma"に直行する。スケジュールを見てステファンに予約させるわね】

 【分かった。スタッフに伝えておくわ。ご来店お待ちしてます】

 【ええ】

 チャーミングに指先をパクパクさせるミシェルに手を振り返し、私は、これから対峙する時間に、意を決するように部屋を出た。


 エレベーターの扉が開くと、この局で一番最初に足を踏み入れた吹き抜けのロビーが目の前に広がった。
 ヒールを鳴らして数歩進むと、最初に通った受付が左側に見えて来て、

 『受付に来ればわかる』

 そう言っていたアキラの言葉に従って、念のため辺りを見回してみる。
 裏の乗降スペースなんて看板がかかっているとは思えないけど・・・。

 「ケリ、さん?」

 「え?」

 目の前に、ホスト風の男が立ちはだかった。
 トーマが素早く私の腕を引いて自分の背後に隠したのも束の間、

 「あなたは――――」

 トーマのその口調が警戒を解いたから私もしっかりと彼を見た。

 切れ長の瞳は焦げ茶の髪と同色。
 黒いコートに、その中から見えるパープルのスーツ。
 薄い唇が、ニヤリと象られている。

 「どうも。はじめまして。アキラのチーフマネージャーの遠一はじめです」

 「!」

 差し出された遠一さんの右手に、私は求められるまま握手を交わした。
 チーフマネージャーが出てくるなんて・・・。
 不安が、足元から這い上がってくる。

 「・・・はじめまして、ケリ・Mです」

 自己紹介した声が、誤魔化しようがないくらいに震えてしまった。

 「よろしく。――――君は2回目だから、まあ、挨拶は省いていいか。時間も無いし」

 同意を求めるわけでもなく、自己完結であっさりとそう言い放ちながら薄い笑顔を向けてきた彼に、トーマは何ら気にする様子もなく無言のまま会釈する。

 「アキラから電話あったでしょ? 裏の乗降口であいつ待機中なんで、行きましょう」

 さっさと歩き出す遠一さん。
 その後を着いて行くことが事が躊躇され、私はトーマの顔を見上げた。

 「"Stella"の契約の場で顔を見ています。大丈夫です」

 「そう・・・」

 何度か危険な目に合っているロスでの生活が思い出されたけれど、その言葉にホッとしたような、けれどこれから会うアキラの事を思うと胸が苦しいような・・・。

 「行きましょう」

 トーマに背中を押され、私は複雑な想いで遠一さんの跡を追った。


 裏の乗降スペースにフルスモークの黒い乗用車が1台停まっていた。
 その横に藤間君が立っている。
 前を歩いていた遠一さんが、その藤間君の頭を殴った。

 「バカか! お前がそこに立ってたら、そこに誰が居るかバレバレだろ!」

 「あ!」

 「ったく、隠れてろって言っただろ!?」

 「すみません」

 慌てて車から離れる藤間君。
 そんな彼と入れ替わるように、

 「ケリさん」

 遠一さんは助手席のドアを開けて私を呼んだ。
 運転席に、誰かが座っている。
 サイドブレーキにかけた左手を見て、アキラだと改めて確認できた。

 「ケリ、迎えが必要な時はいつでも電話してください」

 背後からのトーマの声。
 いつでも、の言葉の意味をなぜか深く考えてしまう。

 「・・・ええ、ありがとう」

 肩越しに返事をして、私は覚悟を決めて車に乗り込んだ。

 「行ってらっしゃい」

 遠一さんがまたニヤリと笑い、ドアを閉める。
 なんて意味深な顔をする人なんだろう・・・。
 彼の表情が、私の負の予感に追い打ちをかけているような気がした。

 車内に立ち籠めた彼の香り。
 シトラスの優しい香りが、私の胸をキュッと掴む。
 警告音が鳴っているのに気付き、急いでシートベルトを締めた。

 「いいか?」

 「はい」

 まだ、アキラの顔は見れない。
 感情が加速しそうな私とは正反対に、アキラが運転する車はゆっくりと走り出した。


 「・・・」

 「・・・」


 沈黙のまま、外の景色だけが流れていく。
 自然界のノイズだけが、鼓膜に届く。

 「何かきく?」

 「え!?」

 アキラの言葉に、過剰に反応してしまった。
 質問があるかって事?
 良く分からずに押し黙っていると、

 「音楽」

 車に乗り込んで初めてアキラの顔を見た。
 コンポを視線で示している。

 「この車、遠一の、・・・さっき会ったろ? あいつのだからどんなCDがあるかは知らないけど、なにか聴きたいなら・・・」

 「・・・いい」

 私は首を振った。
 集中する時に音楽は煩わしく感じる方だから、かえって私自身を保つ事が難しくなりそうな気がする。

 「そうか」


 泣きそう・・・。

 短い一言が、全て冷めたように聞こえる。
 アキラと私の間に、確かに壁がある。

 『最悪』

 そう言ってアキラが私に放った矢の傷口から、欠片がパラリパラリと散らばっていく。


 窓の外に目を向けた。
 気を抜くと、涙が零れそうだった。

 今のアキラから、私に愛を囁く姿が想像できない。

 最後のキスはいつだった?
 その指先が最後に私に触れたのは?
 こんなに近くに居るのが久しぶりだから、もう思い出せないかもしれない。
 せめて、もう少し温もりが近いうちにこの日を迎えたかった。
 縋れるものがないまま、これからを1人を過ごすなんて、辛すぎる・・・。

 「―――――アキラ」

 「・・・ん?」

 車窓を見たまま、私は自分の言葉を、まるで他人の言葉のように聞いていた。

 「・・・抱いて、欲しい――――」

 最後に、この身体にあなたを刻みつけたいと、心から願っての言葉だった――――。

 けれど、それに返されたのは、またしてもアキラからの言葉の矢――――、


 「―――は?」


 何言ってんだ?
 そんな冷たさをも感じられる一言。

 突き刺さる痛み。
 微かな希望も残さずに、支えだった私の"何か"を完全に射抜く・・・。

 心がどんどん下に落ちて行くのが分かる。
 その重量の分だけ、涙が引かれるように流れてくるのが分かる。

 信じているモノが、崩れていく感覚――――――。
 今でも自分という存在が溶けてなくなりそうに錯覚するのに、

 本当に、私、

 この恋を失くしても、

 立っていられるの――――?








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