まるで、新章への招待状のように突然その電話が鳴ったのは、12月も半を過ぎた頃だった。 着信名を見て、思いがけない相手に体を凝固(フリーズ)させていた私に、ルビがチラリとトパーズの視線を向けてくる。 「――――でたら?」 ルビの、冷めたようで内側に何かを隠すような声音。 その態度から察するに、発信者が誰か分かっている様子だった。 「・・・hello?」 緊張を努めて隠して、応答する。 『やあ、ウェイン』 久しぶりに訊くその声は、映画の中で紡がれるものよりも少し低め。 ケヴィン・モーリス。 ケリの元夫であり、 ルビの父親であり、 そして私の事を、時々"愛人"と呼ぶ人物――――。 ケリやルビがそれを知っているのかどうかは、避けるようにして考えた事もない。 【―――なにかありましたか?】 『冷たいね、ウェイン。―――ああ、近くにルビがいるのか』 【はい・・・】 『まあいい』 ケヴィンは一蹴するように切り替えた。 『来週、日本へ行くよ』 【えッ?】 思いがけなかった展開に、私は思わずルビを見た。 観察するように私を見ていたルビ。 目を逸らせない―――――。 『ケリによろしく伝えておいて』 それを最後に、プツリと電話は切れてしまった。 「――――ウェイン?」 「・・・切れました」 「あいつ、何だって?」 「来週、日本に来るそうです」 「そう・・・」 ルビは、思ったより冷静に受諾した。 「ルビ?」 私の呼び掛けに、ルビは腕組をして何かを思案するような表情になる。 「ルビ・・・連絡が来る事を分かっていたんですか?」 「―――まあ」 ルビは短く息を吐いた。 「先週、接近禁止命令の期限が終了したからね。そろそろコンタクトはあると思ってた」 ルビに言われてハッとする。 離婚が決まったその日から、ケヴィンに下された3年間のケリへの接近禁止命令。 レイプまがいの性交渉強要への罰則を兼ねた、ケリがケヴィンへの依存から自立するために必要と思われる時間の確保命令。 【あいつ、来るんだ・・・】 ルビが英語を口にした。 それだけで、余裕を欠いている事が窺える。 それに気付いたのか、瞬時に態勢を立て直し、バツが悪そうに苦笑した。 「大丈夫なんじゃない? 天城アキラもいるし、ね・・・」 呟いたルビは、どう見ても上の空で。 時々、何かに苛まれるように、明るいヒマワリの瞳が揺れている。 恐らく、ケヴィン・モーリスの面影を濃く受け継いだこの美しい少年は、"あの日"の事をその脳裏に思い出しているのだろう。 10年以上も、ケリが決する事が出来なかった"離婚"という選択。 それを決意させられた、運命の"あの日"。 経済的にも社会的にも、離婚を決意するのに弊害は"0"に等しかった彼女が、夫からの長年の度重なる精神的仕打ちに耐えたのは、偏にケヴィンへの愛があったからだ。 それが依存の結果なのか、本当に愛していたのかは、 本人にしか、 ――――否。 もう、 恐らく、本人にも"愛"か"依存"か分からないところまで来ていた時期だったのだと思う。 "あの事件"が起きたのは。 夏の盛りを目前にして、突然に、その"決意の日"は訪れた――――。 |