小説:ColorChange


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愛に形はありますか?
《 Special-Act.by トーマ 》

 ちょうどコーヒーをドリップし終えて、コーヒーカップをトレイにセットしたタイミングで彼は姿を現した。
 シャワーから出たばかりの濡れそぼった黒髪の先が、滴を含みながら耳に張り付いている様子が色っぽい。
 タオルを頭にかけ、着用しているのはセーターとデニムという完全にオフのスタイル。

 (今日はゆっくり出来るというわけか・・・)

 正直言って、"ヤリにきた"だけか? と、遠一はじめ流に突っ込みを入れたくなるほどの短い空き時間でも、ケリに会わずにはいられないらしい。

 天城アキラ。
 僕の雇い主の恋人。
 ケリの心をノックして、開かせた男――――。

 彼が帰った後のケリは幸せそうで、寂しそうで、そして、身体を熱らされた雰囲気は美しい。
 いつもは流麗さを醸し出す姿勢の正しさが、色付いた肌から漂うフェロモンの匂いを倍増させる。
 その気だるさは、乱してみたいと男の征服欲をかき乱すのだろう。
 僕が僕でなかったら、同じ家に住んでいる僕は当然のように彼女に心を奪われて、既に組み伏せていたと思う。

 「天城さん、コーヒーいかがですか?」

 「ありがたく」

 「どうぞ。――――ケリは?」


 対面式カウンターの椅子に座った彼にコーヒーを差し出しながら尋ねると、

 「あー、寝てる・・・」

 歯切れの悪い応え。


 「クス」

 僕が笑うと、天城アキラは目を上げた。
 なんだ? と訝しげにその藍色の目が返している。
 思わず胸がときめきそうなその艶やかな眼差し。

 「―――愛しすぎて、壊さないでくださいね」

 「・・・」

 「ミッシェルからもそう伝言があったでしょう?」

 「あ?」

 「まだ聞いていませんか? ミッシェルがケリに伝言を頼んだそうですが。"壊さないでね"―――と。まあ、ケリの方には、"二人の仲"という意味くらいに受け取って、真意は伝わっていないかもしれませんが」

 「・・・」


 バツが悪そうに、天城アキラは黙ってコーヒーを口にした。
 喉仏が上下するのをジッと見守っていた僕に、彼はポツリと告げる。

 「壊すくらいで、たぶんちょうどいいんだろ?」

 「!」

 意味深に、目線をゆっくりと僕に合わせてくる。
 しばらく無言のやり取りがあった。

 ―――ふと、天城アキラから先に目を逸らす。

 「一昨日、ケリの元ダンナに会った」

 "ケヴィン・モーリス"と言わないところが、ケリが最も信頼した一線なのだと思う。

 「・・・聞きました」

 「なんていうか――――」

 再び、彼は意を決したように僕を見た。

 「ちょっと、違和感を感じたんだ。ケリの、彼に対する―――」

 言い淀む。


 正直言って驚いた。

 『壊すくらいでたぶんちょうどいいんだろ?』

 ケリの本質を2ヶ月足らずで見抜いて攻略している事にも感服しているというのに、それだけでなく、初めて会ったケヴィンの本質も勘で察知して対処しようとしている。
 恐らく、人間としてのセンスなのだろう。
 的確な言葉が探せずに、珍しく歯切れが悪い印象になっているが・・・、

 今が、タイミングなのかもしれない。

 僕でしか語り得ない彼女の事を、僕から観た彼女の過去を、彼に伝えるタイミング――――。

 「――――天城さん」

 僕は、思うとおりに伝えようと思った。

 「天城さん」

 繰り返し名を呼ばれ、何かを感じ取ったらしい天城アキラは、少しだけ姿勢を正して顔をあげ、構えるように眉を顰めた。


 「天城さん、僕は、」


 ―――――ケヴィン・モーリスの元恋人でした。








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