コンコン、と。 開いているドアをノックする音に、僕は傾けていたグラスを中の液体を飲み干してから反応した。 【―――どうぞ】 【ケヴィン】 白髪の混ざる長身のライアン。 今年60歳を迎える彼は、20年以上も僕のエージェントといて動向を共にしてくれている。 【まだ昼間だぞ。こんな時間から飲んで、夜のパーティは大丈夫か?】 【どうかな?】 僕はクスリと笑った。 【悪巧みしてる顔だな。ケリに会ったんだろう?】 【――――ああ。昨日ね】 【噂では、日本の俳優の天城アキラと付き合っているそうじゃないか】 子供を諭すような口調でそう言って、ライアンは僕の向かいに腰をおろして足を組んだ。 イギリス出身の彼は、温厚な笑顔の向こうにビジネスマンとしての肉食の顔を隠している。 60歳になっても雄の匂いがするのは、その特有の雰囲気のせいだろう。 【同じフロアにリズを泊めたのか?】 ニヤリと笑うライアン。 僕もつられてほくそ笑んでしまう。 ライアンは、用意されていた新しいグラスに自分用のワインを注ぎながら、僅かに首を振った。 【リズは若くて、美しくて、野心があって、演技派。あの魅力に勝てる男の本能は、そう無いね】 【それは良かったよ、ライアン。君がそう言うのなら、間違いないだろうからね】 僕のその言葉に、ライアンはクスクスと笑った。 女性の魅力は、僕には語れない。 リズを選んだのも、周囲からの評判で決めただけだ。 【リズを、天城アキラにぶつける気かい?】 ライアンの言葉に、僕は鼻で笑う。 【一泊1800ドルのスイートだよ。少しくらいは役に立つといいんだけど】 【おいおい、2年後にはトップ女優の仲間入りをさせる予定の金の卵だぞ】 【演技力は認めているよ】 【ならいい。使い捨てるような扱いはしないでくれよ。契約更新の時にごねるからな】 【はいはい】 軽く応え、ライアンによって注ぎ足されたワインに唇を寄せる。 【誘惑された天城アキラを見て、ケリはまた絶望の縁に立つのか・・・。お前という非道な鬼畜に捕まった彼女が、時々哀れになるよ】 【僕に捕まる事が、僕に対する彼女からの贖罪】 【お前の勝手な思いだよ。それこそ、お前の罪だろう?】 【・・・】 【結婚した事すら、お前の勝手な欲望の果ての結果だったと知ったら、彼女は生きていけないかも知れないな】 【・・・もう、時間は戻せない】 【ケヴィン・・・】 少しの沈黙の後、ライアンが深いため息をついた。 【ケヴィン、"お姫様"も明日到着予定だろう?】 【・・・ああ】 聞きなれたライアンの声が、アルコールの助力を受けて僕を眠りへと誘っていく。 目を閉じれば、浮かんでくる姿――――。 チョコレートブラウンの柔らかな髪・・・優しい瞳・・・。 思い出すと、まだ胸が痛むその存在―――。 このまま眠れば、ケリを愛しむように見つめていた"あの瞳"に出会えそうな気がした。 【・・・少し寝るよ】 【判った・・・】 そう応えた後のライアンのため息が再び僕の耳に入った時、既に眠りに落ちる直前だった。 |