小説:ColorChange


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愛に形はありますか?
《 Acting.by アキラ 》

 撮影スタジオ内。
 小さなモニターを囲んで、スタッフとキャストが真剣な眼差しで画面を見つめている。

 画面の中には2人の人物。
 死体を前に、お互いを思って応酬するシーン。

 『ミユ、それをこっちに渡すんだ』

 『いや・・・お兄ちゃん、お兄ちゃん』

 『頼む、やめてくれ、それはオレの』

 『違う! 違う! 違う! 違う!』

 『ミユ!』

 『・・・お兄ちゃんは分かってない。あたしが・・・あたしが、ころ、コロ』

 『やめろ!!』

 『・・・した・・・』

 『ミユッ―――』


 2人を遠巻きに舐めるようなカメラアングルが続く。
 渦巻く感情がワークによく現れている。

 「いいね」

 監督も満足そうだ。

 「天城さん」

 隣に立っていたヒロイン"ミユ"役の新人女優が上目で俺を見た。

 「ありがとうございます。天城さんのおかげで少しずつですけど、うまく出来るようになってきました」

 明るい笑顔で向けてきたその言葉。

 「そうか」

 俺は目を細めてそう返し、助監督へと密やかに合図。

 「あれぇ? カンナちゃん、アキラさんには声がオクターブ上がるね〜」

 「やだ! そんなことないですよぉ〜」

 俺との間に入られて、新人女優"カンナ"は可愛くそういいながら、それでも助監督に対して怪訝な表情を隠せない。
 邪魔をするなと言わんばかりだ。

 撮影が進むにつれ、――――というよりも、多分ミサとの報道があってからだ。
 まだ19歳の彼女は、撮影の合間を狙って俺に"女"として接触するようになってきた。
 撮影開始当初は健気にも見えた過剰な謙虚さはナリを潜め、スタジオの隅で待機する女性マネージャも同様の態度に適応中。

 "妹役なんだから"と腕に擦り寄ってきて、色気を意識した上目使いで俺を捕らえようとする。
 あからさま過ぎるところは愛おしくもあったが、最近は仕事への取り組み自体にも真摯さが見えなくなった。
 そんな他力本願な"退化"に辟易して、俺の中にあった妹役の新人女優を見守る感情も、いつの間にか消え失せていたというのが本音だ。



 「またまたカンナちゃーん。"お兄ちゃん"とスキャンダルは勘弁してよ〜?」

 「はーい。気をつけま〜す。撮影中は、ね〜? 天城さ〜ん?」


 俺のどんな行動が勘違いさせたのか、近頃はこんな風に相槌を求めてくる。
 売名への糸口をこの撮影が終了するまでに掴みたいというのが目的だろうが、似たような輩はこの業界に大勢いて、それでも生き残れるのはほんの一握り。
 そして、メリットが無いまま巻き込まれるこっちはたまったものじゃない。
 藤間だからまだ大目に見ているというか、対処法を模索している所だが、遠一だったら既に所属事務所に警告を出しているところだ。

 「こらこら、アキラさんに振るんじゃないよ」

 あはは、と大きく笑いながら、攻防に慣れたベテラン助監督はうまく俺が返事をしていないエビデンス(状況証拠)を作ってくれる。
 さすがに空気を読んだのか、カンナは何かを考えるようにした後、突然ペコリと一礼した。

 「それじゃ、天城さん、次のシーンもよろしくお願いしま〜す」

 パタパタとマネージャーの元に走っていく。
 それを合図に、

 「やれやれ」

 と小さく呟いた助監督が、次は声を張り上げた。

 「おっしゃ〜、キャストの皆さんは20分休憩〜。その間にセット替えするぞ〜」

 「「「はい〜っす」」」


 スタッフが各々の仕事に向かう中、無言で状況を見守っていた監督が俺の肩に手を乗せた。

 「アキラ君、懲りずに次もよろしく」

 「はい」

 頷いた俺に頷き返し、監督は軽く手をあげて去っていく。
 それを苦笑で見送った後、バシッ、と助監督の尻を叩いた。

 「サンキュ」 

 「イテぇ。まあ、もう少しですから、最後まで守りますよ」

 「よろしく」

 いつも現場にいるこいつに頼んで正解だった。
 藤間が待つ俺の椅子の所定位置に目をやる。

 「今度は何だ?」

 呟かずにはいられなかった。
 コーヒー片手に俺を待つ藤間の隣に、相変わらずの派手なスーツ姿で遠一が腕組みをして立っている。
 雰囲気から察するに、向こうでも何か勃発中らしい。
 遠一のその表情は俺を責めているような様子だったが、原因について俺には全く見当がつかなかった。

 「―――何だ?」

 気分を害した風に俺が尋ねると、遠一はムスっとした顔のままソレを告げた。



 「ハリウッド俳優のケヴィン・モーリスから、日本プレミアのパーティの招待状が来たぞ」

 ドキリ、と藤間からコーヒーを受け取った手が反応する。

 俺に、招待状――――?

 「ケヴィン・モーリスの招待状は配られる戸口が狭い事で有名だ。うちの事務所でも社長枠だけだしな。なのになぜか」

 遠一は言葉を切って、声を潜めた。

 「件(くだん)の招待状はお前個人宛。樋口さんが血圧上げて大騒ぎだよ」

 「えぇっ!?」

 声をあげて驚いたのは藤間で、遠一が「うるせぇ」とその頭を叩く。
 2人のやり取りをみながら、俺はため息をついた。

 どういうつもりだ?
 ケリにも送ったのか?


 「アキラ?」

 訝しげな遠一の声。


 「―――悪い」

 俺の言葉に、遠一は一瞬目を見開き、それからゆっくりと眉を中央に寄せた。

 「マジか? ―――ってか、いつ知り合ったんだよ?」

 「顔を合わせたのは、ほんの―――数日前だよ」

 言い淀んで、俺は藤間を見る。

 「え? あ、ボク、ちょっと外に」

 弾かれたように藤間が挙動不審になった。

 「ああ―――、藤間、待て、そうじゃない」

 勘違いをして動き出そうとした藤間の腕を掴んで引き止めた。

 「お前を視たのはそういう意味じゃない。―――お前、俺が楽屋でミッシェルと話してた時の会話の内容、たぶん分かってないよな?」

 「あ、はい・・・、英語だったので」

 その答えに頷いて、俺は遠一を見た。

 「ミッシェルと会ったあの日、お前に車、持ってきてもらっただろ? 局に」

 「ああ」

 「あの日、そのミッシェルとの会話の中で、俺も初めて知った。・・・ケヴィン・モーリスは、彼女の、――――ケリの前の旦那」

 「「・・・・」」


 目を見開いたまま微動だにしない沈黙の後――――、


 「は?」

 「ええっ!?」

 予想通りの反応が2人から返ってきた。








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