『ケヴィン・モーリス、あいつは絶対"こっち側"だよ』 大学に入ったばかりの頃、"仲間同士"で飲んでる時、同類は見ただけで判ると豪語するミツルはそう言った。 『うそだろ?』 『あんな綺麗なのがウケるとか、ヤベェ』 『ばあか、あれはタチだよ。絶対な』 『あのレイプシーンの腰つき見たか?』 ブレイクし始めていたハリウッド俳優を肴に、男4人、イロ談議に華を咲かせている。 窓枠に座り、煙草をふかしながら、ぼんやりとそれを聞いて寛いでいるオレ。 『よ〜、遠一、お前、バイト先ってジョニー企画だろ? イイ男多そうだよな〜』 『無駄に色っぺぇのいたな? なんだっけ?』 『アキラだろ? 天城アキラ!』 『そう! そいつ!』 『ありゃ完全にヘテロだよ。お前お呼びじゃない!』 『ぎゃははは』 部屋の主であるオレの声は、その会話に一度も混ざらなかった。 泥酔した奴らのヒートアップする話をただ笑って聞いていた。 飲んだ酒の量は大した事もなく、当時いろいろ複雑だったオレが、実はその会話を鮮明に覚えていたと知ったのは、1人で行った4年後のアメリカ旅行の時だった。 ミツル、お前すげぇ。 間違いなく、ケヴィン・モーリスはこっち側だった。 オレの腕の中で耐えるように啼くケヴィン。 柔らかい金髪が余韻に震えてベッドのシーツに靡く度、オレは壊しそうなほど腰を振って攻め立てた。 酒も入ってたし、どう始まったかは実はあんまり記憶にない。 ロスで結構有名なゲイバーで飲んでいたら、黒服に個室へと連行されてケヴィンと対面。 話をしている内に、彼の宿泊するホテルへ向かう事になり、いつの間にか裸でキスをしていたという感じだ。 ただし、 【お前、ウケるの初めてだろ?】 オレが尋ねると、ケヴィンは悪戯っぽい目で見返してくる。 【分かった?】 「チ」 舌打ちをすると、嫌そうな顔をする。 【下品だね】 【ああッ? 酔いが醒めたら気分わりぃわ。身代わりとかマジありえねぇ】 【・・・ごめん】 朝日が差し込んできて、スクリーンでしか見た事が無かったヘーゼルの瞳の輝きを間近で見た。 【やべぇ。綺麗だな、お前】 思わず目尻にキスをすると、ケヴィンは少し声を出して笑った。 【ハジメは、日本人なのにワイルドだね】 【日本男児をなめてんじゃねぇぞ】 オレがムッとした顔を見せると、今度はケヴィンから宥めるように唇にキスをしてきて、そして優しく、前髪を梳いた。 ・・・オレと、 【――――髪の色、同じ奴か?】 【!】 ケヴィンの手が、ピクリと止まる。 【・・・ああ】 【残念ながらこれは染めもんだよ】 【判ってるよ】 【・・・振られたのか?】 【―――それ以前の問題】 ノーマルか・・・。 【最悪な事に、最近恋をしちゃってね】 【・・・】 【アレキサンドライト。彼女の事をそう呼ぶんだ】 【・・・】 【光に変色する、神秘の女神】 【・・・】 【あの2人・・・、まだ出会ってもいない】 【・・・】 【シンの、見つめるだけの片想い・・・】 ―――そして僕も、見つめるだけの片想い・・・――― 声にならないケヴィンの言葉が、オレの心に沁みてくる。 頬を埋めたシーツに、ケヴィンの涙が染みていく。 【ケヴィン】 オレは、ケヴィンの柔らかな金の髪を、強く鷲掴む。 【もう一度抱いてやる】 【ハジメ・・・?】 【シンって呼べよ】 【・・・】 【オレ、明日帰るし】 タチしかした事ねぇ奴が、ウケにリバするのはよっぽどだと思う。 実際、オレはどんなに頼まれても、ウケはぜってぇ無理だ。 例えあいつが、・・・アキラが、オレをネコとして抱いてくれると言ったとしても――――。 まあ、そこまで思い切れない、半端な気持ちだったって事もあるんだろう。 【オレはもう卒業したけどさ、お前みてぇな切ない恋は経験あるワケよ】 なのに、髪の色が似ているというだけで抱かれてもいいと思うほど、惚れたんじゃ仕方ねぇか。 【声は? 似てるか?】 【もう少し・・・低い、・・・】 オレは軽い咳払いで喉の調子を整え、 【ケヴィン】 ケヴィンの背後から首の裏にキスをしながら名前を呼んだ。 ビクリと震えるケヴィンの肩。 ああ、似てたんだな、と一笑する。 女を、ただ見つめるだけで寡黙に恋をするって事は、きっと泣けるくらい甘くて、優しい奴なんだろう。 シンって男は。 【ケヴィン】 【・・・】 【ケヴィン】 【・・・・・ン】 【ケヴィン】 【シン・・・】 涙声で"シン"を呼ぶケヴィンの切ない声。 キスをして、 吸いついて、 背中に痕を残す度、 ケヴィンがしがみつく枕には、たくさんの雫が落ちていた。 うまくいかねぇな。 みんながみんな、惚れてるヤツに惚れてもらえればいいのにな―――――。 後にも先にも、オレがあんなに優しいセックスをしたのは、この時の、たった一度だけだ。 ―――――― ―――― 事が済んだ後、オレが一眠りしている内にケヴィンは姿を消していた。 "Thank’s Kevin" ルームサービスのサンドイッチと共に、綺麗な筆記体のメモを残してくれていたのには驚いた。 「証拠になっちまうだろ」 鼻で笑い、サイドテーブルに灰皿を見つけたオレは、ケヴィンと居た時は吸わなかった煙草に火を付けた。 叶うはずの無いアキラへの恋慕を始めてから今日までで、一番うまいと感じた一服だった。 ―――――― ―――― 「・・、・・・イチ? 遠一!?」 強く肩を揺すられて、オレはハッと我に返る。 ここは撮影スタジオの中。 オレの手にはケヴィン・モーリスからアキラに送られた招待状。 目の前には怪訝な顔をするアキラが居て、その隣で藤間が心配そうにオレを見上げている。 「ああ、悪い・・・。ちょっと白昼夢みてた」 「・・・遠一?」 「大丈夫だよ」 オレが強く言いきると、まだ納得していなさそうな顔だったが、アキラはそれ以上の深追いは遠慮してくれた。 それよりも、オレは今すぐに、確かめたい事が一つだけある。 「アキラ」 大学卒業して、正式にジョニー企画で社員として働き始めて半年が過ぎた頃、ミツルのメールで信じられないニュースが飛び込んできた。 『ケヴィン・モーリス、結婚すんだって。ぜってぇカミングアウトすると思って期待してたのによぉ!』 ケヴィンが結婚? 誰と? 『東洋系の女らしい。ってか、妊娠してんだと。やってんじゃん。ってことはバイか!? そうだったのか!?』 ありえねぇ。 オレは知ってる。 あいつは根っからのゲイだ。 そういう恋を、していた奴だ。 「ケリさんってさ」 だから、女と結婚とか、その前に恋愛とか、いや、それよりも、あいつに女が抱けるとは思えない。 「アレキサンドライトって」 オレの言葉に、アキラは少し複雑な顔をした。 「お前、なんで知ってるんだ?」 「ああ、まあ」 ケヴィン、 「ちょっと、な」 お前、 【アレキサンドライト。彼女の事をそう呼ぶんだ。光に変色する、神秘の女神。あの2人・・・、まだ出会ってもいない。シンの、見つめるだけの片想い・・・】 "見つめるだけの、片想い・・・" ケヴィン、お前は――――、 「アキラ、詳しい事は、また訊くわ。撮影終わるころにお前のスーツ持って出直してくる」 「・・・ああ、分かった」 「藤間、スケジュール調整しとけよ」 「はい!」 オレは急ぎ足でスタジオを出た。 勘が良いアキラは、この異変に気付いたかもしれない。 慌ててトイレに駆け込み、個室に入る。 泣けてきた。 気を抜いたら、嗚咽が漏れそうだった。 なんでそう呼ぶのかは分からないが、アキラの中で"アレキサンドライト=ケリさん"という図式が成り立っているのなら、間違いなく、同一人物だと思う。 ケヴィン、お前―――、 「―――バカか・・・ッ!」 あんなに泣くほど愛した男に、 憎まれる事、 選んだんだな――――。 |