小説:ColorChange


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愛に形はありますか?
《 Special-Act.by ライアン 》

 私が初めてケリを紹介されたのは、2人が付き合って3ヵ月が過ぎた頃。
 ケヴィンに手を引かれ、一歩下がった所から丁寧な挨拶を受けたのを覚えている。
 豊かな黒髪と黒い瞳が印象的な少女で、16歳くらいだと勘違いをして、スキャンダルを気にして動揺した。
 実際は19歳だと聞き、東洋の神秘を目の当たりにした初体験だった事でも、あの日の記憶は鮮明だ。
 時折愛しそうにケヴィンを見ては、返されるヘーゼルの眼差しに眩しそうに目を細め、幸せに満ちた笑顔を浮かべていた彼女。
 ケリは確かにオリエンタルな魅力がある女性だと思えたが、当時、ハリウッドスターとしての地位を確立していたケヴィンは、正直言って女は選り取り見取り。
 もっと美人でメリットが大きい女性は他にいるだろうにと、私を始めとする事務所の誰もが苦笑して見守っていた。

 ケヴィンが、この恋愛に飽きるのを待っていたと言ってもいい。

 否、もっと突き詰めれば、デビューから女関係のスキャンダルが全くなかったケヴィンは、世界各国のゴシップ誌でゲイだろうと書き立てられていたし、それを払拭するのに一時的に利用できればいいと思っていたのが本音だった。

 ところが、彼女には人間としての不思議な魅力があり、それから1ヶ月後、妊娠が発覚する頃には、事務所のメンバーは1人残らずケリの味方だった。
 美容学校に居た頃からハリウッド女優やセレブの女達から美肌マッサージの指名を学生ながらに受ける事もあり、思った以上に彼女の知名度は裏方に対してのメリットが大きく、そんな彼女を人生の伴侶としたケヴィンはプライベートでの男の価値を認められ、俳優としてだけでなく、社交界でも人気が上がった。
 そうなればスポンサーはつきやすくなり、いい脚本、いい機材、いいスタッフと、環境のクオリティを際限なく上げていける。
 ケヴィンにとってだけじゃなく、ケリは私の事務所にとっても勝利を呼ぶ幸運の女神だった。

 ルビが生まれ、ケリと会う機会はほとんどなくなり、次に彼女と再会したのはおよそ6年後。

 その時私は、2度とケリの顔を真っすぐに見れないと思える程の、ケヴィンに隠されていた真実を知る事になる。



 アレキサンドライトという宝石を見つけ出したのは、本当はケヴィンではなく、長年、ケヴィンについてその身を守っていた、ボディガードのシン・ホンだったという事実。

 そして、

 チョコレートブラウンの髪と瞳が柔らかな、性格は甘く、優しく、陽だまりが良く似合っていたその男を、ケヴィンが出会った時から愛していたという事実。


 "まだ、愛している"という事実―――――。


 それ以降、私はケリに会いに行く事は出来なかった。
 年を追うごとにケヴィンの浮気癖は激しさを増し、隠そうともせず、それを一途に耐えるケリを見て、どんな言葉も掛けられないと知っていたからだ。

 最後に会ったのは、約3年前。
 離婚が成立した後の、ルビの13歳の誕生パーティで、少し、挨拶を交わした程度だった。

 だから、

 【ライアン・・・】

 ジャパン・プレミアが行われるホテルのフロア・エントランスで見つけたケリが、泣き崩れそうな程に"か弱く"私を呼んだその声に、もらい泣きしそうなほどの懐かしさを覚えたのは仕方ない事だと思える。

 【ケリ―――、久しぶりだね】

 ハグを求めて両腕を広げた私に、ケリは困惑しながらも手をかけて応え、律儀に頬にキスをくれた。

 【ええ、・・・久しぶりね、ライアン・・・】

 細い指が震えている。
 ケヴィンが何かしらを仕掛けたのだと思った。

 私が知っているのは、今夜、リズをアキラに嗾(けしか)けるという事だけ。
 それをケリに見せるために、手段を講じてこのホテルに呼び出したという事なんだろう。


 ああ、でも、

 【ケリ、――――君は、日本に来て、多分正解だったね】

 私の言葉に、ケリは意外そうな顔をして目を瞬かせた。

 【ライアン―――?】

 【顔を見ればわかる。とても幸せな恋をしている事が、手に取るように――――】

 ケリの頬を指先で撫でてやる。

 ケヴィンと結婚した当初、一時とはいえ、まるで娘が出来たかのように愛しんだ彼女の現在(いま)の美しさが、私の心を軽くした。
 身勝手な話だが、あの時に背負った秘匿の罪を、幸せな今の彼女にかこつけて、許しを請いたいと卑怯にも考えている。

 それも、私の胸の内だけで――――。


 【ライアン・・・】

 困惑顔のケリに向かい、私は深く頷いた。

 【ケリ】

 今夜が勝負だ。

 ケヴィンに見つめられて惑わされるのは、今の愛の形が完全じゃないからだ。

 これは私からの罪滅ぼし。


 【今夜のパーティに同伴してくれないかい?】

 【―――え?】

 【君の友人でもあった私を、今夜だけでいい、信頼して欲しい】

 【・・・ライアン?】


 ケリの黒い瞳がますます揺れる。
 そんな彼女を真っすぐに見つめて、私は、
 ただ真摯に、それを告げた。


 【まずは、ケリ。今夜、このパーティで、君を縛り付けて離さない、―――――ケヴィンからの呪縛を断ち切ろう】








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