ミューラン夫人の部屋から出たはずのケリが姿を消した。 ホテルの1階ロビーで待ち伏せて、そのままパーティ会場へと連れて行く予定だったのに、開始時間になってもケリは現れず、僕はスタッフに探し出されて会場に入る事になる。 段取りが水の泡になってしまった。 煌びやかに進んでいくパーティーのプログラム。 会場の中心から少し外れた所に、光沢のあるグレイのタキシードを着た天城アキラと、胸元の大胆に開いた真っ赤なドレスを着るリズがいた。 結いあげられた金髪の後れ毛が一房、胸の谷間に流れるように落ちている。 周囲の男達に表情を見る限り、リズの魅力は間違いないはずだ。 アキラの方も、腕や肩に手を触れられても拒否をする様子は見られない。 傍から見れば、いつだって出来上がりそうな雰囲気の2人だ。 彼が英語が堪能だった事も幸いしていたのに、肝心のケリ(ヒロイン)がいないのではシチュエーションが成り立たない。 別の手を考えないと―――――。 密かに舌打ちをして、思考を巡らせたその時だった。 会場横の非常口から入ってきた一組のカップル。 他人を視線を避けるようにしているが、10年以上もエスコートしてきた元妻の姿は否が応でも目に入る。 【ケリ・・・】 黒を下地に、左のウエストから赤と緑のシフォンのドレープが無数にひらひらと打ち出されるロングドレスを着たケリは、遠目にも美しくて、 そんな彼女に寄り添うようにして歩みをリードする白髪の男。 【ライアン――――?】 何故、彼が? 怪訝に僕が見据えていると、彼は直ぐに気付いてウィンクをしてくる。 ケリがライアンに導かれるようにして僕の方を向き、僕を視止めたその黒い瞳が驚きで見開かれた。 【ケリ――――】 胸の奥に熱い感情が浮かんでくる。 この直向きな愛を持つ美しい存在は、僕が奪った、シンの宝石――――。 シンが愛した、アレキサンドライト。 そして唯一、シンと僕を繋いでいた"もの"――――。 【ケヴィン・・・】 ケリの唇が僕の名前を刻んだ。 それだけで、まるでシンが、僕の名を呼んだような気になる――――。 昔はこうして、彼がケリに愛を向け、その彼女が僕に愛を向ける事で、 "シンに愛されているような"錯覚を見ていた。 こんな愛の形を愚かだと、まともにケリを見れないほど、罪に悩んだ日もあったけれど、離婚してからの3年間。 感情を冷却する事で、色んな事が見えてきたのもまた事実。 今度は、迷ったりなんかしない―――――。 彼女が再び愛してくれるなら、僕は今度こそ、受け止める事が出来る。 だからケリ。 僕と一緒に――――― |