小説:ColorChange


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愛に形はありますか?
《 Acting.by ケリ 》

 映画の上映が終わり、パーティがブッフェ会場に移った頃を見計らってライアンの部屋を出た。
 ホテルのブティックから急遽届けてもらったドレスと靴を身に纏った私。

 【今夜だけ信頼して】

 ライアンはそう言うけれど、長年交流の途絶えていた彼のこの行動が全く理解できなかった。


 【ライアン、一体何があるの?】

 タイミングを見つけてそう質問しても、

 【何が起こっても、君は目の前の恋を信じればいいだけだよ】

 そんな事を言って誤魔化すだけ。
 ダークブルーのスーツを着こなした彼の後ろを、ただ黙ってついて行くしかなかった。

 会場へは、正面のドアからではなく、スタッフが出入りする非常口から入って行く。

 【ライアン?】

 周囲を見渡して誰かを探すそぶりをする彼に、私は不安になって堪らず声をかける。

 【ケヴィンは、――――いたな】

 【え?】

 【向こうだ。壇上の右下。さっそく君を見つけ出してる】

 ライアンに示されて顔を向けると、人の波間にこちらを見つめるケヴィンがいた。
 数日前に会った時と髪の色が変わっている。
 シャンデリアの照明に映える金色に近い彼自身のナチュラルな髪色。
 それと同色に近いヘーゼルの瞳は、何か言いたげに私をジッと見つめていた。

 こんなに、儚げな彼を見るのは、初めて―――――・・・。

 そう考えて、私はハッとする。


 違う――――、

 私は、

 こんなに冷静な気持ちで、彼を見た事が無かったんだ―――――。

 【ケヴィン・・・】

 私がその名前を呼ぶと、ケヴィンの眼が一瞬震えたように見えた。
 間をおいて、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
 今夜の主役の挙動で、まるでモーゼの杖が使われているかのように私への一直線が開かれた。

 【ケリ】

 ライアンが背後から囁いてくる。

 【大丈夫。君が今、培っているものを信じればいい】

 培っているモノ?

 頷く、余裕なんか無い。

 ケヴィンが、私の目の前に立った。


 【ケリ】


 唇の両端が僅かに上がる。
 目を細めるだけで、妖艶な色気が撒き散らされた。
 周囲から聞こえる女性達の細いため息。

 【ケヴィン・・・】

 【良く似合ってる、ドレス】

 【・・・ありがとう】

 【ライアンに招待してもらった?】

 【・・・ええ。偶然、フロアで会って・・・】

 【そうか】

 ケヴィンの眼が、私を通り過ぎてライアンを見た。

 【演出だよ】

 後ろから、ライアンの悪戯っぽい笑いが聞こえる。
 暫く、見つめ合った2人の間に無言が続き、

 【――――まあ、いい】

 ケヴィンは改めて私に向き直った。

 【ルビは、元気?】

 【え? ええ】

 【"あれ以来"、なかなか話す機会もなくてね。電話にも出てくれないし】

 【そう・・・】

 思わず、腕を組んで自分を抱きしめる。

 "あれ以来"――――。

 私が、離婚を決心する切っ掛けとなった、ルビがライフルを持ち出したあの日の事・・・。

 思い出すだけで、ルビが殺人者になっていたかもしれない岐路に震えが走る。
 そんな私の感情を知ってか知らずか、

 【―――ところで】

 と話題を切り替えながら、ケヴィンは不意に歩き出した。
 私は思わず彼の姿を目線で追う。


 【この前の話、考えてくれた?】

 【え?】

 【君の愛を受け止められるのは、僕だけだという話――――】

 【ケヴィン・・・】


 彼の態度に困惑する。
 ミセス・ミューランを利用して、私をこのホテルに連れ出したのではないの?
 でも、会場に連れてきたのはライアンで、そうすると、やっぱりライアンとケヴィンは――――、


 「・・・え?」

 ケヴィンの肩越しに見つけた光景に、完全に思考が停止した。

 そこに居るのは、私が良く知る彼。
 シルバーのタキシードが漆黒の髪に映えて、藍色の瞳にはいつもの甘いムード。
 その視線の先には1人の金髪の美女が居て、良く知る彼は、彼女に腕を取られても、抵抗もせずに囁きに耳を貸している。

 「アキラ―――?」

 どうして・・・?

 どうして彼がここに居るの?


 「嘘・・・」

 見ているだけで伝わってくる2人の甘さ。
 いつもは私を愛してくれる彼の指先が、知らない女性の顎に触れている。
 胸元に落ちている一房の髪をとって、何かを語り、笑い合っている。

 【ケリ・・・?】

 私の様子に気付いたのか、ケヴィンが振り返ってそれを見た。
 そして私の方へと顔を戻し、眉を顰める。


 【・・・ケリ、そんな顔、アマギが見たら驚くよ】

 【!】

 ケヴィンの言葉にドキリとした。
 こんなに、どす黒い私の心。
 それが、顔に現れているとしたら、

 【彼は、優しくて泣き虫で、そんな従順な君しか知らないんだろう?』

 諭すようなケヴィンの声。

 「・・・ッ」


 泣きそうだった。
 口許を押さえて、込み上げる悲しみにどうにか耐えていた。
 金髪の彼女が、アキラの肩に手を触れる。
 赤いネイルの指先が、彼の柔らかい髪に触れる。

 ――――やめて。

 ―――触らないで。


 その男性(ひと)は、

 ――――――。


 「う・・・」

 涙が溢れて止まらない。


 【ケリ】

 私の頬に流れる涙を、ケヴィンの指先が拭い取った。

 【嫉妬に揺れる君の事を、僕は誰よりも解っている】

 優しく髪を撫でられる。

 【あの時の、ミランダへの君の殺意も、僕は知っているからね】

 そう言った彼の琥珀の視線が、私の瞳孔をしっかりと捉えた。



 ・・・・・・え?

 ドクン、と。
 身体が、一つの脈を打つ。


 "あの時の殺意"

 リフレインする、あの時の、


 『ウェイン、ウェイン! おかしくなりそう。助けて!』

 『ケリ』

 『もしその女性(ひと)が生きてたら、私、彼女を殺してたかもしれない!』

 頭を抱えながらの、悲鳴のような、私の叫び声。



 【ケヴィン・・・?】

 どうして、あなたがそれを知っているの・・・?

 茫然とする私の顔を両手で挟み、彼の瞳の中のヒマワリが大きく開いて私の意思に入りこむ。

 【けれど知っていて、僕は望むよ、ケリ。これから先、そんな重たい愛を向ける君を受け止められるのは、僕だけだよ】

 私の唇に触れそうな位置で、ケヴィンの唇が呪文を唱える。
 抗えないのは長年の事だからなのか、それとも、重たいのだろう私の愛の正体に、私自身が鉛のような足枷を感じて動けないからなのか――――。


 【ケリ―――、僕の腕の中に還っておいで。僕を愛している君が一番綺麗だってこと、すぐに分かる】

 視界の端に、頬を寄せ合う2人の姿。


 【さあ、ケリ】

 ミシリミシリと心にヒビが入る。
 彼が見知らぬ女性と笑い合う度に、悲鳴のような血が胸の奥を流れている気がする。

 【そうやって、殺意がある程に愛を向ける君の事を受け止められるのは、僕だけだと思い出すんだ】

 繰り返されるその言葉に、足元が、ぐらりと揺れたのは気のせいじゃない。

 受け止めてもらう・・・3年前までのあの生活に戻る・・・。

 その方が、いいの・・・?
 楽に・・・なれるの?

 解らない・・・。
 自分の意思が、どこにも見えない・・・。
 ケヴィンの眼から、逃れられない――――、


 【ケ、ヴィ】

 眩暈で、倒れそう――――、

 その時、


 カチャリ、

 私の耳元で、何かが鳴った。


 「!」

 反射的に耳たぶに触れる。

 「あ・・・」


 『そのピアスは俺の声を聴くためのものだ。他の男の声を受け入れるなよ』


 「・・・アキ、」


 アキラが私にくれた、彼の声を聞くためだけのピアス。

 まるで覚醒のように世界が色付く・・・。
 彼の事だけが、頭を占める・・・。

 「―――アキラ!」


 パーティ会場内に、やけにはっきりと、私の声だけが響き渡った。








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