今までは、恋人が甘えようが拗ねようが、嫉妬をしようが、喚こうが――――、俺にとってそれは恋愛という環境を楽しむための、たかだかワンフレーズに過ぎなくて・・・。 敢えて言うなら、そういったスパイスが在ろうが無かろうが、別にそれを起因として関係が深まったりする事は無く、つまり、どう転んでも、それによって2人の間に変化が齎されれるワケじゃない。 "好きも可愛いもその時だけ――――" ミサが俺に訴えていたのは、きっとこういう事なんだろう。 思えば、相手の事に無関心だった"軽薄な関係"だけが思い出される過去の俺は、随分と魅力も余力も無い男だったんじゃないかと、ケリに出会ってから多少は気にさせられている。 会う度に俺を魅了する、黒い髪、黒い瞳の、一途に愛を乞うアレキサンドライト。 意識を失わせるほどに抱いても抱いても、もっと先を目指そうとする俺の独占欲。 泣いたり笑ったりする彼女を見つめていると、自然と魂の奥底から湧き上がってくる、自分でも驚くほどの深く、彼女だけに染まる透明な愛情。 ケリが居る事で、新しく形成されていく"俺"という人間。 「お願い、・・・アキラ・・・仕事なら・・・我慢する・・・でもプライベートなら、これ以上あなたに触らないように、彼女に言って・・・」 小さな声で紡ぎながら、けれどそれ言う自分を恥じるように顔を真っ赤にして泣いているケリを見て、初めて指でオルガズムを感じて打ち震えた恥ずかしそうな彼女の顔とリンクさせ、今すぐにでもベッドに組み伏せたいと思った俺はもはや、これまでの女達が知る"天城アキラ"とは全くの別人だと思う。 「――――香織」 ああ、本当に、俺のどこかの、スイッチが入った。 屈むようにして、涙が滲むケリの目尻にキスをする。 唇に触れたその液体の塩っぽさも、SEXの最中の汗ばんだ肌と同じ味だと知るや否や、それがキーワードだったかのように引き鉄ととなって官能の何かがジワジワと昂ぶってくる。 ケリの腰をしっかりと抱いて、 「もう、ここに用は無いだろ? 早く帰りたい」 「・・・アキラ?」 そう言った俺の唐突さに戸惑って顔を上げてくるケリに微笑んで見せ、俺は改めてエリザベスを向いた。 【エリザベス。説明は遠慮しておくよ。少しくらいヤキモチ妬く方が、ベッドでの彼女は可愛いんだ。しかも滅多にないから、このシチュエーションを堪能したい】 ウィンク交じりに言う俺に、エリザベスはその赤い唇をくっきりと弓型にする。 視界の隅で「アキラッ!」と慌てた様子で更に顔を赤くするケリ。 俺はクスクスと目を細め、 【――――こんな風にな】 涙に濡れて少し冷たくなった彼女の頬を指で撫でながら見つめると、俺を諌めようとしたケリの言葉は瞬時に封印されて、その漆黒の瞳が甘えるように俺を見る。 こういうひと時で、仕事で離れて過ごした時間が報われる。 ふふふ、とエリザベスが喉を鳴らして笑った。 【ごちそうさま。それならいいわ。――――ねぇケヴィン。私、もう部屋に戻ってもいいでしょう?】 ケヴィンの方に、小首を傾げて許可を求めるエリザベス。 それに反応せず、ケリを食い入るように見つめたまま、石のように固まったケヴィン。 ・・・? 【ねぇ? ちょっと、ケヴィン?】 エリザベスに顔の前で激しく指を鳴らされ、ケヴィンはハッと目を見開いた。 【――――リズ、何?】 【私、もう部屋に戻ってもいいでしょう?】 【あ、――――ああ】 ほとんど、上の空で頷いたケヴィン。 俺は、そんなケヴィンを見ながら、ふと湧き上がった疑問を口にした。 【あんた――――、ケリじゃなくて、・・・誰を見てた?】 【!】 ケヴィンの身体がグラリと揺れた。 ダレヲミテタ? それは、俺が意図する以上に核心を突いていたようだった。 揺れるケヴィンの眼差し。 ルビと同じ、ヘーゼルの瞳。 間違いなくこの男は、ルビの父親で、 ケリの元夫―――――。 どんなに抗おうとしてもそれは現実で、過去は好いように変える事は出来きず、元夫のヴィジョン(偶像)が定義づけられた時から覚悟を決めて、正面から受け止められるように努力したし、ケリの前では冷静でありたいと努めてきた。 そんな姿勢でピリピリと臨んでいたからこそ、初めてケリに相対するケヴィンを見た時は奇妙な異物感が拭えなかった。 ケリの総てを絡め取るような彼の態度、その手法。 それらを読み解くとケリは間違いなく"獲物"のはずなのに、それを見ていた俺には何故か"嫌悪感"が走らなかった。 自分の女に直接触手を絡められているのに、俺が反応しないなんて有り得ない。 誰を見てた――――? それに対する答え―――・・・、は、 (―――――しまった) 一瞬だけ硬直したケヴィンの態度と、その隣にいた白髪の男の眉間の皺を見て、俺の第六感はゾワリと後悔に蝕まれた。 ―――――これは、たぶん、 ケリが居ない時に廻すべき、パンドラの箱の鍵だった――――――。 |