小説:ColorChange


<ColorChange 目次へ>



愛に形はありますか?
《 Acting.by アキラ 》

 ケヴィンの口から出た"シン"という言葉。
 辛うじて聞き取れたそれが人の名前で、そして、俺が尋ねた事に対する答だと直感した。

 ケリを通して、誰を見ている?


 【シン・・・】

 どこを見ているのか解らない視線の泳がせ方をして、ケヴィンは再度呟く。
 今度ははっきりと聞こえたその名前に、

 【―――――え?】

 反応したのは、俺の腕の中にいるケリだった。


 「ケリ?」

 抱く力を緩めて、ケリの黒水晶を覗き込む。
 胸が騒いだ。
 ケリの目に、俺が映っているようで、映っていない。

 「ケリ、どうした?」

 「え・・・?」

 髪を撫でて囁くと、我に返ったようにケリが俺を見る。

 「あ・・・」

 その黒い瞳に俺が捉えられている事に、ホッと息をつく。

 「大丈夫か?」

 俺の問いに、ケリは僅かに頷いた。

 「アキラ・・・帰りたい」

 消え入りそうなほどの声に、俺の庇護欲が昂ぶられる。
 抱きしめて腕の中に溶かしたい。
 こんなに強い想いを、やっぱり今夜は抑えられそうになかった。

 「解った」

 頭にキスをして、肩を支えていた右手をそのまま、左腕をケリのひざ裏に差し込む。


 「きゃ、アキラ!?」

 抱きあげられたケリが声を上げた。
 そんな俺達を中心に広がっていく人の口の波。
 会場内に入りこんでいる日本のプレス陣が、遠くからこのスクープを狙っているが見える。
 周囲を見回すと、ライアンの肩の向こうに非常灯が光るドアが見えた。


 【ミスター、あそこのドアの先は会場を抜けられるのか?】

 俺が尋ねると、ケヴィンを支えるようにして立っていたライアンが頷いた。


 【ああ。廊下を行くとホテルのメインエレベータの裏側に出る】

 【分かった。ケリはこのまま連れて帰る。他に荷物は?】

 【ケリのバッグが私の部屋に】

 【部屋?】

 俺が眉を顰めると、ライアンが慌てて補足してきた。

 【ドレスに着替えるのに使ってもらったんだ】


 「ったく」

 思わず吐きだした一言に、ケリが「ごめんなさい」と呟いた。
 俺が不機嫌になった理由に気付いたらしい。

 「お仕置きは後だ」


 「え・・・?」

 目を丸くするケリから視線を上げ、ライアンに告げた。

 【――――バッグはホテルのフロントに預けておいてもらえるか? 明日誰かに受け取りに来させる】

 【・・・分かった。アキラ君、念のため、私の連絡先だ】

 名刺を取り出し、俺のポケットに滑り込ませた。

 【――――どうも】

 【・・・】


 その意味深な眼差しに、話をしたいという事情が窺える。
 しばらく目線を返す事で、連絡するという意図を伝えた。


 【では、これで】

 そう言って俺が歩き出すと、ケリがハッとしたように身を捩る。

 「アキラ、やめて、私歩ける」

 「だめだ」

 「お願い、あなたに迷惑が」

 「いいんだ」

 「アキラ・・・ッ!」

 「香織」


 俺はキスできそうなほど近くにいるケリに、笑みと一緒に欲望を伝えた。


 「本当は、俺のものだと世界中に知らせたい」


 遠一が聞いたら、大笑いしそうなマーキング方法だ。

 「アキラ・・・」

 眉尻を下げるケリ。

 「まあ大人だし、自重はするよ。だから、正面の入口からは帰らない」

 この台詞には、さすがにケリも苦笑を見せた。
 気休めに過ぎないが、意図せず写真を撮られる事は良くあることだし、事務所も、スキャンダル内容には敏感だが、交際について口出しはほとんどない。
 ドアの前に差し掛かると、追ってきたエリザベスが先回りして扉を開けてくれた。


 【ありがとう、エリザベス】

 【どういたしまして。今度は仕事で会いましょう】

 【ああ】


 見送られて廊下に出る。
 ドアが閉まる寸前、ケリを見つめるケヴィンに視線に気づいたが、気付かない振りでやり過ごした。

 「どうかしましたか?」

 心配というよりは、警戒するように話しかけてきた警備員に、どっちに進めばいいのか、確認しようとした矢先、

 「天城さん!」

 知っている声が俺を呼んだ。


 「―――トーマ!?」

 俺達を見つけて駆け寄ってきたのはトーマだった。


 いつもは飄々としている顔が、額に汗を浮かべ、若干焦りを見せている。

 「良かったです・・・! さすがに会場までは入れなくて」

 「どうしてここに?」

 「ケリから遅くなると連絡が入って、・・・TVを見ていたら、このホテルがケヴィンの会場だと、それで」

 珍しく、簡潔じゃないしゃべりに俺はふと笑う。
 よほど心配して駆け付けた様子だった。

 「何か・・・あったんですか?」

 俺の腕に抱えられたケリを見て、トーマが顔を曇らせた。
 ケリが慌てて首を振る。


 「大丈、」

 「大丈夫じゃない」


 さすがに声が低くなる。

 「俺以外の男の匂いをつけて、大丈夫とかあり得るか」

 少し厳しめの視線を向けると、ケリが瞼を震わせて目を伏せた。


 「・・・ごめんなさい」

 「帰ったらすぐにシャワーを浴びろよ」

 耳元で囁いて、ケリの額にキスをする。
 こんな事で顔を赤らめた彼女のこめかみに、もう一度キス。

 何度も繰り返せる。
 今夜こそ、本当に壊してしまいそうだ。


 「―――トーマ、ホテルを出たい」

 「そこの廊下を行くとエレベーターホールの裏手に出ます」

 「よし、そこでスタッフを掴まえて俺達はホテルの従業員専用口から出してもらう。トーマ、悪いが、入り口の外に車を廻してくれ」

 「わかりました」



 ――――――
 ――――

 ホテル側の協力を得て、専用の搬入口まで車を侵入させる事ができた。
 俺とケリが後部席に乗り込んだのを合図に、すぐさま車は走り出す。
 搬入口のゲートに差し掛かった時、運転席のトーマが突然「あ」と声を上げた。
 道の端に寄せて車を停車させる。
 音楽も無い車内で、ハザードの音が大きく響いた。



 「どうした?」

 「遠一さんに」

 「遠一?」

 「ホテルに着いた時、どうやって会場に入ろうかと思案していたら偶然声をかけられて、あの人も天城さんに会いに来ていたようでした」

 ふと思い当たる。

 「―――そうか、俺の携帯だ」

 「いま連絡します」

 「どこにいるか聞いてくれ。電話だけ取りに行く」

 「はい」


 トーマが携帯電話を操作し始める。


 「携帯・・・持っていなかったのね」

 ポツリと、ケリが呟いた。

 「もしかして連絡してたのか?」

 俺の問いに、ケリはコクリと頷く。

 「今日、このホテルに呼ばれた事にケヴィンが関わっていたと知った時、私、怖くなって・・・」

 「悪い」

 ケリを抱き寄せる。
 覗き込むようにして、ケリの表情を窺った。

 「今、何か望む事は?」

 見つめ合うその黒い瞳の奥に、俺だけが映っている。
 ケリの唇が、開かれた。


 「キス、したい」


 その言葉に、俺は笑う。


 「気が合うな」


 俺も、そう思ってた―――――。








著作権について、下部に明記しておりマス。



イチ香(カ)の書いた物語の著作権は、イチ香(カ)にありマス。ウェブ上に公開しておりマスが、権利は放棄しておりマセン。詳しくは「こちら」をお読みくだサイ。