アキラを送り出した後、軽く食事でもしながら連絡を待とうと思っていたオレは30分経っても座る事すら出来ず、ケヴィン・モーリスのジャパンプレミア会場となっているホテルは通常の何倍も人の出入りが激しくて、時間を潰すベンチですら、確保する事は至難の業のようだ。 無駄に体力を消耗するのが嫌で仕方なく駐車場の車に戻ってみると、アキラの携帯が不在着信のランプを点けて放置されていて、 「――――くそッ」 オレは仕方なく再びホテル内に舞い戻る事になる。 かといってアキラが招待された会場内には進める筈も無く、ちょうど1人分のスペースが空いたロビーのソファの一部に相席で座って時間が経つのをやり過ごすことにした。 飲み物を買いに立てば、席はあっという間に無くなるだろうし、喫煙コーナーに吸いに行っても同じ。 面倒臭さが勝って、喉の渇きを頭の隅に追いやりながら、ある意味オレらしく時間を潰して1時間ほど経った頃―――――。 「・・・あいつ」 黒のコートに身を包んだ、細身の男に目を奪われた。 初めて会ったのは、ルビのスカウトで訪れたマンションの下で。 2度目はアキラと"Stella"の契約締結をしたスイートルームで。 そして3度目は、テレビ局――――。 2度目まではルビのボディガードだったのに、何故か3度目はアキラの"最愛"の隣にいた。 確か、トーマ・カミドウ。 ――――って事は、ケリさんも来てるのか? ケヴィンの元妻。 そして、ケヴィンが愛した男が、愛した女――――。 アキラに招待状が届いたのも意図があるんなら、 (こりゃあひと波乱ありそうだな・・・) 会場に近づき、招待状が無いと入れないという現実に阻まれて戻ってきたトーマ。 何かを思案するように口許を抑え、その表情には若干焦りが見えた。 1度目に見た時はボディガードとして、2度目はルビを窘める保護者の顔で、3度目はまるで彼女のナイトのようだった男。 喰えそうにない澄ました奴だと思っていたから、今見ているこの顔は新鮮だった。 観察するようにジッと見る。 近づいてきた綺麗めの男と2〜3ほど言葉を交わし、触れ合って、別れるまでをもずっと見ていた。 携帯を取り出して、誰かにコールしているようだ。 漆黒の瞳が、見渡すようにロビーを動く。 そして、 「あ」 と唇が開き、携帯を閉じた。 コートのポケットに手の中のそれを収めながらこちらに向かって歩いてくる。 「遠一さん」 ああ、こんな声だったな、と思った。 「突然すみません。トーマ・カミドウと言います。覚えているでしょうか?」 「まあ」 「助かります。実は、天城さんと連絡が取りたいのですが」 「アキラと?」 「今、彼がケリと一緒に居るのかを確認させてください」 心配そうな眼差し。 「――――協力したいのは山々なんだが、無理だな」 「!」 眉が中央に寄った。 「―――何故です?」 オレは自分が手に持っていた携帯とは別のものを内ポケットから取り出した。 「あいつ、オレの車に忘れて行きやがったんだよ。で、中には入れないからここで待機してるワケ」 「・・・ッ」 あからさまに、当てが外れたという顔をする。 「なあ」 オレが呼び掛けると、一瞬煩そうにしながらも、目線を合わせて微笑みを作るトーマ。 「なんでしょうか?」 「さっきの男、出張ホストのタチの方だよな? お前、そっち系?」 「・・・」 表情は変わらないが、氷りついた瞳の奥に真実が量れる。 オレはミツルのように見た目で嗅ぎ分ける事がまったくできないからまさかと思ったけど、 「へえ」 ニヤリと笑うオレには隠す気はないから、きっとトーマには伝わったと思う。 「――――なあ、とりあえず、携番交換しようか」 「・・・なぜですか?」 「あ? これからオレもアキラを探すからだよ。見つけたら連絡した方がいいだろ? お互い」 「・・・わかりました」 観念したような、懐いたような、どっちとも取れる柔軟な態度。 警戒心は持ったままのようだったが、出会いとしてはこんなもんだろうと思う。 トーマからアキラと一緒に居るという連絡がはいったのは、それから15分ほど経ってからだった。 携帯を取りに来ると言うアキラを待って数分。 非常灯が灯る会場への扉の近くで、その前を守る警備員に訝しげに見られながら腕を組んで壁に背を預けるオレ。 いい加減、我慢の限界だ。 オレが搬入口に行った方が早かったんじゃないか? いや、それよりも、外で待ち合わせた方が良かったんじゃ・・・。 苛々と考えているオレの視界の端で、非常扉がゆっくりと開かれた。 「!」 久々に見る、薄い金色の髪に、明るいヘーゼルの瞳。 何億も保険がかかっている綺麗な顔と躰。 ああ、本当に本宮ルビはこいつの息子なんだと思う。 全く気付かなかったけど、父子だと言われれば、ちゃんと似ている所を探す事が出来るもんだ。 年配の男に支えられるように出てきたケヴィンは、オレに一瞥向けただけで目を伏せた。 まあ、たった一夜の事だし、覚えている方が不思議だろう。 こっちからすればたった1人のスターだが、向こうからすれば通り過ぎた男の1人だろうから。 オレは無理やり視線を別の場所に向け、2人が通り過ぎるのを黙って待っていた。 空気に香る匂いは、オレの知っている香水じゃなかった。 16年。 オレの錆びない記憶と違って、時間は確実に流れている。 ふと、視界の隅に消えて行きそうだったシルエットが歩みを止める。 ケヴィンが、ゆっくりと振り返った。 【・・・ハジメ?】 スクリーンやDVDの中でしか聞けなかった懐かしい声が、オレの名前をはっきりと呼んだ。 |