地元の人間で、かつ、"そういう人"なら誰でも知っている路地裏に隠れた"Non-standard"という薄暗いバー。 長さのあるカウンターに座るのはほとんどが"今夜の相手待ち"で、ダウンステアのフロアはダーツやルーレットで楽しめるラフなカップルの為のプレイスペース。 つまり、"そういうつもり"の男達が、それぞれの期待と楽しみ方で酒を呑む場所。 ロスには"そういう店"は少なくなく、その中でもこの"Non-standard"は特に有名だった。 ボディガードが常に店内に目を光らせ、素行が悪い客は時間が経つごとに篩にかけられていく。 そのせいもあってか、入り浸る客はいつも似たような顔ぶれで、その分、秘匿は十分に守られていて、僕のように世間に顔が知られている人間にとって"Non-standard"は最良の遊び場だった。 暇を見つけては、明け方まで営業する"Non-standard"に足を向けるプライベートタイム。 【それじゃあね、シン】 送ってくれたボディガードにそう言って手を上げると、彼は一礼して見送ってくれる。 チョコレートブラウンの髪が、その下に隠れる綺麗な瞳が、ほんの少しだけ、心配そうに僕を見ている。 この瞬間の為に、僕は"Non-standard"に通っていると言っても過言じゃなかった。 シンが初めて僕と契約してから、もう2年。 その間、彼の柔らかい雰囲気に、仕草に、暖かい言葉に―――――、 僕は心をまるごと持っていかれていた。 想って泣けるほどの本気の恋。 ノーマルであるシンにとって、未知とも呼ぶべき僕のその想いは決して伝えられる筈もなく、ただただ僕の心の中で、嫌われないように、離れて行かれないように、必死の線引きをして、その手前で足掻く日々。 誰かを想い、夜を泣いて過ごす事がどんなにつらい事か、 僕はそれだけを、シンにもらった―――――。 この日も、いつもの夜の筈だった。 同じような時間に、いつもの"Non-standard"の看板。 ボディガードも、VIPルームに案内する黒服もいつもと同じ顔。 違っていたのは、カウンターに見つけた初めての顔。 シンと同じ、チョコレートブラウンの髪色をした日本人。 共通点はたったそれだけだった。 煙草をくわえる唇が、鋭い目線が、寄ってくるネコを挑発しながらも、最後は相手にしない意思を示す高慢さも。 シンとは全く違うタイプで、僕のタイプでもないはずで――――。 しかも明らかにタチの男。 僕も同じタチで、抱く側であって、抱かれる側じゃない。 それでも何故か、僕はどうしようもなく彼の熱を欲していた。 シンが女性に恋をしたという話を聞いてから、僕は自分が考えるよりも色んな感情を胸の内に秘めていたらしい。 店の黒服に頼んでハジメをVIPルームに誘い入れ、お互い浴びるように酒を飲み、僕は縋るように彼を誘惑した。 酔いに任せてキスを仕掛け、ホテルに移動して慰めの一夜をもらった。 シンに似せた声で僕を背後から何度も呼ぶハジメの優しさに、久しぶりに暖かい気持ちが湧いてきて、純粋に泣いた。 色んな意味で、忘れられない時間だった。 あれから長い年月が過ぎ、今夜は僕の映画のジャパンプレミア。 ミセス・ミューランを利用してケリを誘い出し、更に、エリザベスを使って僕が目論んだ事は、逆にアキラとケリの絆を深めただけで、僕には何のメリットも無いまま事は終わった。 茫然とした僕はしばらくシンとの思い出に更け、見かねたライアンに促されて非常扉から会場を後にした時だった。 出た先の廊下で、僕とすれ違ったダークブラウンの髪の男。 目線を明らかに避けている態度で、 【・・・】 どこかで・・・、 記憶を探り、 【!】 そして符合したピース。 【――――ハジメ?】 振り返ってその名を呼ぶと、他人の顔をしていたハジメの表情は次第に変わり、最後にはため息交じりに笑みを浮かべた。 【よ】 16年振りの再会。 相変わらずの高慢な態度を隠しもせずにグイっと顎をしゃくった彼は、 【久しぶりだな、ケヴィン】 懐かしい声で、僕の名を呼んだ。 |