小説:ColorChange


<ColorChange 目次へ>



愛に形はありますか?
《 Acting.by アキラ 》

 搬入口からホテル内に戻った俺は、つい先ほどケリを抱き上げて歩いたばかりの道程を、記憶を頼りに遡っていた。

 トーマが遠一と連絡を取ってから既に10分近く経っている。
 待つのが苦手なあいつは、連絡が取れないこの状況にイラついて、トーマとの会話で聞きかじった"搬入口"という単語を当てに勝手に動き出す可能性は低くない。
 そう考えると自然に速足になってしまい、そんな俺を見て驚きながらも、動きを止めず業務に従事するスタッフ何人かとすれ違いながら、やっとエレベーターホールまでたどりついた。
 ホテル内には大げさな騒ぎは立っていないが、ロビー向こうに窺える外の明るさは異常で、遠くに見える回転式扉が動く度に、人工の光と喧騒が塊のように飛び込んで来ては俺の心を逸らせる。


 (ケリ・・・)

 さっきまでケリに触れていた指先から微かに彼女の匂いがした。

 早く落ちつける場所に行きたい。

 ケリのマンションか、俺のマンションか。
 なんなら近くのホテルでもいい。

 静かな場所にいって、思う存分、ケリをこの腕に抱きたかった。

 今日に限って携帯を手放した事が最大の失態だ。
 忘れていなければ早いうちにケリと連絡が取れたし、余計な不安に溺れさせる事もなかった。
 なにより、こうして今、ホテルに戻る必要も無く、さっきまで堪能していたケリの唇を途中で離さなくても良かったはずだ。

 ここに招待された事に因って思いがけずオフの時間が増えた事はこれからの時間を思うと結果としてラッキーだったが、さっきのケヴィンの様子から、俺の知らない過去のイバラがケリに取り巻いているようで、手放しに喜べる状況じゃない事は分かっていた―――――。


 "ケリにはいろいろあるの"
 "彼女との恋愛は、思っている以上に大変だ"

 ケリに導いてくれたウェインと樫崎さんの言葉を思い出す。

 それでも、ケリが居ない自分に今さらなれるはずもないし、それを望む俺も居ない――――。


 (ここだ)

 覚えていた廊下の雰囲気を見つけ出し、ようやくゴールを見たような気がして鮮明に見覚えのある廊下からエレベーターホールの裏側に廻り、勢いに任せてその角を曲がろうとした時だった。



 「――――?」

 誰かの声が聞こえた気がして、俺は全身の神経を使ってどうにか動きを止める。


 【・・・メ?】

 【・・・久・・・な、ケヴィン】


 姿を晒す、寸でのところだった。


 (――――遠一?)

 怪訝に眉を顰めながらも、落ちつこうといったん壁に背を預け、それからそっと肩越しに覗き見る。
 目指した場所に居たのは、こちらに顔を向けている遠一。
 そして、それに向き合うケヴィンとライアン。

 "ひさしぶりだな"

 そう言ったのは遠一で間違いなかった。


 (やっぱりケヴィン・モーリスと知り合いだったのか――――)

 招待状が届いているとスタジオに知らせに来た遠一の様子を思い出す。
 ケリの元旦那だと聞いた時、まるで記憶に意識を馳せているような時間があった。
 遠一には珍しく、作り損ねていた表情の隙間に悲しみの色が見えた気がして気になっていたが、夕方にタキシードを持って現れた様子がいつもと変わらなかったから、すっかり後回しになっていた。


 【久しぶりだね、ハジメ】

 ケヴィンの声が、俺が知ってるものよりも明るく弾んでいる。

 【ケヴィン、その方は?】

 【彼はハジメ。ロスで知り合った――――旧友かな? ハジメ、彼はライアン。僕のエージェントであり親友】

 混じる笑いがまるで自然体で、俺がこれまでにケリの傍で見てきたケヴィン・モーリスと同一人物だとは思えないほどの緩さだった。

 【ハジメはどうしてここに? 宿泊しているのかい?】

 【いや・・・】

 遠一は一度言葉を切り、そして告げる。


 【人待ち】

 【人?】

 【ああ】

 【――――恋人?】


 声音が少し楽しげになったケヴィンの問いに、

 【・・・天城アキラを待ってる】

 遠一は答えた。

 少し間があったのは、ケヴィンに対して発揮されるその言葉の効力を知っているからだろう。


 少しの間の沈黙。

 【アマギ、アキラ―――?】

 息を呑むようなケヴィンの驚きが、俺の眼に辛うじて映るその背中の動きで伝わってきた。


 【――――あれから、ずっと天城アキラのマネージャやってる】

 "あれから"というのがどれくらい前を示すのか。


 【ハジメ・・・】

 伺うようなケヴィンの呼びかけ。


 【つまり―――、ケリさんの事も知ってる】

 【・・・】

 【ケリさんにとってのお前の事も】

 【・・・】

 【彼女が、あの時お前の話に出てた、"アレキサンドライト"だって事も――――】


 遠一?


 流石の俺の頭も、少し混乱を来していた。
 アレキサンドライトという符丁で、ケヴィンと遠一に共通のケリに関する記憶がある・・・?


 思わず口許を手で押さえた。

 (これは、このまま聞いていていい話か――――――?)


 そう思うのに、身体は動かない。
 自分の心音を煩く感じたのは、どれくらい振りだろうか・・・。


 【何やってんだよ、ケヴィン】

 キン、と甲高い音がして、遠一がZippoを手に持っている事を知った。
 それを弄ぶのは、遠一が"冷静"を継続するために使用する手段だ。

 【ケヴィン、―――――オレが聞きたい事、分かるよな?】


 低い声になった遠一。
 その目は、見なくても想像できる。
 そんな遠一に見据えられたケヴィンは、さっきからずっと脆い状態のままのような気がする。
 それに気付いているライアンが、見守ったまま行動を起こさないのは、友人としての心配とエージェントしての懸念が複雑に入り混じった結果だろう。

 【なあ、ケヴィン】


 キィィィィン、とZippoが鳴った。


 【お前、・・・シンはどうした?】



 シャキン。



 【――――ケヴィン】

 堪りかねたのか、ライアンが口を挟む。

 【部屋に一緒に来てもらった方がいいんじゃないのか?】

 【そんな時間ねぇからいい】

 間髪いれずに応えたのは遠一だった。


 【ケヴィン、これだけに答をくれればいいんだ】


 キィィィィン、シャキ、

 まるで小さな悲鳴のように、


 【――――シンはどうした?】


 キィィィィン、シャキ、

 またしても、Zippoが鳴る。


 離れた方がいいと思うのに、ケリの過去への興味が勝って動けない、そんな俺のずるさを非難する音にも聞こえた。


 「・・・」

 長い、無言状態が続いたと思う。

 実際はどれくらいかは判らないが、自分の呼吸が彼らに伝わらないかと心配するほどに、暫くの間、この廊下の辺りだけはまるで空気が無いかのように静かだった。

 そこに響くZippoの音が、まるで空間の軋みを現しているようだ。


 キィィィィン、


 【・・・】

 ケヴィンから短く吐息が漏れる。
 そしてその言葉は、紡がれた。


 【シンは、・・・ケリを――――って、死んだよ】



 シャキ

 最後に鳴ったZippoの音がまるで合図のように、


 「ケリ・・・」

 シンという名を聞いた時、反応するように震えたケリの身体の振動が、まざまざと俺の腕に蘇ってきていた―――――。








著作権について、下部に明記しておりマス。



イチ香(カ)の書いた物語の著作権は、イチ香(カ)にありマス。ウェブ上に公開しておりマスが、権利は放棄しておりマセン。詳しくは「こちら」をお読みくだサイ。