小説:ColorChange


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愛に形はありますか?
《 Acting.by ケリ 》

 「・・・り、・・・・ケリ」

 アキラのマンションへと向かう車の中、疲れが出たのか居眠りをしかけていた私を呼ぶ声。

 「・・・なに、ト、マ」

 意思をもって目を開けると、バックミラー越しに目線を向けてきているトーマがいた。
 その眼差しで言いたい事をはかり、先回りする。

 「―――着いたの?」

 「はい」

 車内装備のデジタル時計を見ると、21時過ぎ。
 ホテルを出てから40分ほど経っていた。

 「・・・アキラ」

 私の隣に座るアキラの前髪を撫でる。


 「――――ん?」

 肩のあたりから規則的に聞こえていた寝息が、艶を含んだ言葉に代わった。

 「どうした? ケリ」

 覚醒しない中で私の名前を口にして、熱い吐息と共に、チュ、と首筋にキスが落ちる。
 こんな些細なことでも彼と私をつなぐ明確な何かを感じられて、私の胸に温かい何かが満ちてくる。

 「着いたみたいだけど、どこに進めばいいの?」

 ハザードをつけて路肩に寄せ、運転を待機しているトーマの言葉を代弁すると、アキラはすぐに状況を飲み込んだようで、

 「・・・ああ、そこ、右側のマンション」

 車窓の先に見えるレンガ模様がコーティングされたタイル張りのマンションを示す。
 たぶん5階建てくらいのそのマンションは、横にどっしりとした、マンション管理のゴミ集積所の立て看板が見えなければ、まるで一戸建てのような構えだった。

 「そこから地下の駐車場におりてくれ」

 「わかりました」

 トーマがゆっくりと車を走らせて敷地沿いを巡ると、地下の駐車場へと続いているらしい出入り口があった。
 滑らかに進む車は、暫く進むとシャッターで塞がれた正面に突き当たり、トーマはそれを避けるように、壁に描かれた矢印が示す右へと曲がる気配をハンドリングに見せる。


 「とめてくれ」

 「え?」

 驚きを返しつつも、トーマは反応してブレーキを踏んだ。
 徐に、コートのポケットからキーホルダーを取り出し、車の窓を下ろすアキラ。

 手を出して、

 ピ、

 そんな音が鳴ったかと思うと、正面のシャッターが僅かな振動音と共に上がっていく。



 車高が通るほどに上がると、

 「突き当たるまで進んでくれ」

 そう言いながら、もう一度、手の中のキーのボタンを操作した。
 今度はシャッターが下りているのだと、振り返ると確認できた。

 進む先は照明がほとんどない。
 そこへ、トーマがこれでもかという徐行で乗り入れていく。
 すぐに一つ目の角がきて、右へ曲がると、その右側には3台分の駐車スペースがあり、赤の国産スポーツカーと黒のBMWが奥から順に並んでいた。

 1番手前は空いていて、これを利用して車の方向は換えられると少し安心した。
 多分トーマも同じ気持ちだったと思う。
 バックであの角を曲がるのは少し勇気が要るかも、と一人で苦笑。
 突き当たりには、エントランスも無く、剥き出しのエレベーターが一基。


 「行こう」

 車が止まると同時に、アキラはドアを開けて降り立った。
 着ていたコートを脱いで、透かさず私に手を差し出してくれる。

 「ありがとう」

 その手をとって、私はドレスの裾をひくようにしながら慎重に車を降りた。

 カツン、カツンと。
 コンクリートにあたるピンヒールの音が、地下独特の反響をとして、短く壁を撥ねては戻ってくる。
 暖房の効いた車内とは差がありすぎる気温に、体がブルリと震えた。
 その瞬間、肩にかかる温もり。

 アキラのシトラスの香りが私を暖かく包み込む。

 「―――ありがとう」

 もう一度お礼を口にして、コートの合わせを指で寄せ、私は改めて周囲を見回した。

 「ここは、別、エントランス?」

 私が尋ねると、「ああ」とアキラは頷く。

 「短いスパンで引っ越すのが面倒になって、10年くらい前に建てた」

 「・・・え?」

 建てた?

 ――――――って、


 「・・・このマンション、あなたの?」

 「ああ。さっきのシャッターからこっちは俺のテリトリー。キーが無いと入れない」

 チャリンとキーを握って、私が羽織るコートのポケットに戻す。
 そして開いたままのドアから車内を覗き込むようにしてトーマに言った。

 「悪いがシャッターの前で5分ほど待っててもらえるか? 部屋に着いたらシャッターを操作する」

 「わかりました」

 「明日は俺がケリを送るから心配ない」

 アキラの言葉に、トーマがニコリと笑う。

 「お願いします」

 「・・・」

 なんていうか、私が知らない内に2人の間に奇妙な信頼関係が出来ているように見えるのは、気のせい――――?


 「ケリ」

 アキラの腕が、私の腰を少し強めに引き寄せる。
 そしてその反対の手でドアがバタンと閉められた。
 導かれるままエレベーターの前まで進み、肩越しに振り返ると運転席のトーマが私を見ていた。
 軽く手をあげると、トーマが僅かに頷いたのが見える。

 これまで何度も思ってきたこと。
 喜びを分かち合えることが出来るのは、たぶんトーマが一番だと思う。
 たとえば、"幸せ"をアキラと分かち合ったとしても、"親愛"をルビと分かち合ったとしても、"その喜び"を分かち合うのはきっとトーマ。

 彼はそれくらい、私という存在に強く浸透している。
 友情以上、恐らくは家族に近い密度で――――。

 ふと、私の腰を抱くアキラの腕に力がこめられた。


 「見るな」

 「え?」

 顔をあげても、それ以上の言葉は返らない。
 代わりにため息が落ちてきた。

 「――――アキラ?」

 「・・・ったく」

 エレベーターに乗り込むと、アキラは叩くように5のボタンを押した。


 (へえ・・・)


 "1"と"5"と、"開"と"閉"の4つしかないボタン。
 本当に、このエレベーターは専用のものだと分かる。

 「ふふ、初めて見たわ、こんな」

 弾んだ声で興味深く話題にした私の頬に、アキラの指が触れた。



 「え――――?」

 扉が閉まった瞬間、落ちてくる影。


 「ま、」

 「待たない」

 顎を掴まれてキスをされる。
 最初は唇を挟まれるだけだったものが、エレベーターの上昇とリンクするように加速していく。


 「ん、・・・は、アキ、ぅ、」

 まだ部屋に入ってもいないのに――――。
 外だと言う羞恥心が私の顔を熱くする。

 チーンと音が鳴って扉が開いた。

 壁に追い詰められ、体全部で押さえつけれる格好になっていた私は、アキラの呼吸に合わせてそのキスについていくのが精いっぱいで、涙目でうっすら、扉が閉まるのを見つめていた。

 シンとした箱の中で、私とアキラの微かな声が耳に大きく響く。
 私の舌の根まで絡め取りそうなほど、その甘い舌を深くグラインドさせてくるアキラ。
 その水音が、やけに頭の中を擽ってくる。

 「ぅふ、ん」

 アキラの両脇から抱きついてその胸板に縋っても、どうしようもない快感が神経を廻って耐えられそうにない。
 腰に痺れが走り、だんだんと力が抜けて体が重力に負けて、足が震えてくるのが判った。


 「ケリ」

 そんな私の体を支えようと、足の間にアキラの膝が入ってくる。
 離れた2人の唇の間にはただただ熱い息の渦があって、潤んだ藍色の瞳の中に、アキラが見つめる私がいる。

 もっとキスをしたいなんて、このタイミングで考える私は、もう、ケヴィンを求めて泣いていたあの頃の私とは全然違う女に変わってしまったと思う。
 そんな変化に、愛しさと切なさが溢れてくるこの胸の悦び。
 いつか、エリカと話した事を思い出す。

 モラルとかルールとか理屈とか、過去も含む大人の女の事情の中で、けれど体に正直に見悶える姿は、

 官能的で、刺激的。


 ―――本当に、シンプルな答え・・・。


 本能のままの選択。

 想いと一緒に、好きな人と共有できる快感の選択。


 それが、大人の恋愛の醍醐味――――。


 「アキラ・・・」

 「いろいろ、お仕置きがあるからな」

 「え・・・?」


 アキラの手が私から離れて「開」ボタンを押した。
 驚いた事に、そこは既に玄関で、

 「おいで」

 腕を引かれ、初めて踏み入れるアキラの部屋(テリトリー)。
 薄暗いリビングに入ると、うっすらと浮かんで見える壁のモニターにアキラが足を止めた。

 「悪い事したな」

 悪戯っぽく笑うアキラ。

 「?」

 見ると、さっきのシャッターの前で停車しているシルバーのベンツが映っていて、


 『シャッターの前で5分ほど待っててもらえるか?』


 蘇るアキラのセリフ。

 エレベーターの中でどれくらいキスをしていたかは分からないけれど、確実に5分は過ぎているはず・・・。

 モニターの横にあるボタンから操作されたシャッターの下を潜り抜けて駐車場を出て行く車を見送りながら、恥ずかしさと申し訳なさが湧きあがってきた。

 (トーマ、ごめんなさい)

 思わず、心の中で手を合わせる。
 点灯するリビング内の照明。

 結構な広さのあるそこは、黒の家具を中心に揃えられていて、藍色の絨毯とカーテンが印象的だった。


 「お腹は?」

 アキラが私の肩からコートを脱がせながら後ろから尋ねてきた。
 突然の質問と、耳にかかる吐息に戸惑って答がどもる。

 「え? あ、そうね。晩御飯、食べ損ねているから、ちょっと空いたかも」

 「ちょうど良かった」


 ・・・え?

 「―――――きゃ」


 首の後ろに強い吸いつきを感じる。
 舌の先が細かく蠢いて、肌を刺激してくる。

 「あ、アキ、」

 ちゅ、と音を立てて唇を離し、耳元でアキラがそれを囁く。

 「まずは俺を食べろよ」

 背後から抱くようにして胸を鷲掴んでくる。

 「・・・ん」

 その先を探すような指先の愛撫に、さっきのキスの余韻からのスイッチが押される。

 (俺を食べろって――――・・・?)


 「欲求は繋がってる」

 「ッ・・・」

 「腹が減ってるんなら、それを満たそうとする欲求が、性欲に向けられる」

 「ぁあ」

 「知ってたか?」

 耳たぶに噛みつくようなアキラの問いに、私は何度も頭を振った。
 いつの間にかドレスの裾は捲くりあげられ、アキラの大きな掌は私の胸を直に愛撫し始めていた。
 目の前にそれを与えてくれるアキラの顔がないから、なんだかいつも以上に快感に集中してしまう。


 「や、アキ、ラ」

 立ったまま繰り広げられるその行為は、私にとって未知の事で・・・。
 私は恥ずかしさに耐えられずに体を反転させようとした。

 「ダメだ」


 ―――――え?

 強い力で体勢を保たれてしまう。
 肩からドレスを下げられ、

 「あ」

 シルクのドレスが、驚きを呟いている内に絨毯へと滑り落ちた。
 その布が体を流れる感触すらも、官能として私の神経を駆け抜ける。

 後ろから私の体を抱きしめながら、迷うことも無く器用にガーターベルトを外していくアキラ。

 「そそる」

 背中に舌を這わせながらの、アキラの低くて甘い声。
 正直に言うと、正常位以外を経験したのもアキラが初めてだった。
 それでも、膝を抱えたり横からだったり、少しバリエーションを変えたくらい。

 ――――1度だけ、私から座って向き合った事はあったけど、それでも、いつだって快楽に溺れる事に不安になっていた私に視線を合わせて、アキラは優しく見守ってくれていた。

 「どうし、て――――?」

 ケヴィンと会った夜だから、尚更不安が募ってしまう。
 こんなふうにずっと後ろから、なんて――――、

 私がケヴィンといた事で、あなたに、何か変化が起こってしまったの――――?


 「・・・っ、ぁは、いや、」

 こんなふうに考え事をしているのに、震えるように体を襲う悦びに抗えない意識。

 「俺に染める」

 背中に舌を這わせながら、片手は下着の中に入ってくる。

 「あぁ・・・ッ」

 敏感な部分をアキラの指先がなぞる度、自分がどれだけ潤っているのか実感させられる。


 「そう言っただろ?」

 「アキ、」

 「これは、俺以外の男の匂いをつけたバツ」


 「待って、アキラ・・・」

 何かがあてられた。

 「ヤ」

 そんな気配がした瞬間、苦しいほどの圧迫感で、私の中にアキラが挿入ってきた。
 アキラの手が私の手首をつかんで、ソファの背もたれに誘導する。
 迫りくる動きに倒れないように、私は思わずそこをしっかりと掴んだ。

 「あ、あ、あ、や、あ」

 突かれる度に声が漏れる。
 目を見ないから、動きが見えないから、なんだか征服されているような悔しさが込み上げてきて、それなのに、体を折り曲げてしがみつかないとやり過ごせない程に、強い快感が押し寄せていた。

 いつもと違う場所にあたる彼の熱。
 その一点が、まるで地図のように私の頭の中に強烈に描かれる。


 「・・・香織」

 「あ、あぁ、・・・いや、・・・やだ」

 名前を呼ばれた瞬間、閉じた目の中をキラキラと閃光が走り出す。

 思わず首を左右に振っていた。
 大声で、泣き出してしまいそうだった。


 「ここだな?」

 同じように体を折って被さってきたアキラの、耳元への囁き。
 笑いが含まれているような気がするけれど、顔が見えないからすべては想像で、


 「ああっ」

 とうとう支えきれず膝から崩れ落ちた私。
 合わせるようにアキラも膝で立ったのか、一瞬のリズムの狂いはあったけれど、律動は止まらずに続いている。

 腰を抱えらたまま激しく突かれ、野性的なこの体位に、私は恥ずかしさと快感とで、理性が失くなってしまいそうだった。

 絨毯にうつ伏せて、せめて声を殺せるように唇を噛む。

 見つけ出した一点を、アキラが執拗に攻め立てる。
 弾けては飛ぶ、快感と言う名の閃光。

 痙攣をするようにして何度その世界に解放されても、まだ熱いままのアキラは止まる事なく私を背後から突きあげる。


 「もう、容赦しない」

 飛びそうな意識の果てで聴いたその言葉。


 今まで、アキラがどれだけ私に甘かったか、狂いそうな程に教えられたこの夜は、まだ始まったばかりだった。








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