満腹時のセックスと、空腹時のセックス。 まったく同じ事をしたとしても、得られる快楽には相当な差があるという。 よりよいSセックスをしたければ、食欲を満たさない方がいいらしい。 「お腹は?」 尋ねた俺に、 「え? あ、そうね。晩御飯、食べ損ねているから、ちょっと空いたかも」 「―――ふうん」 それは、 「ちょうど良かった」 思わず笑みを零してしまった。 「・・・え?」 わけがわからないと顔に浮かべたケリの背後から、圧し掛かるように首筋にキスをする。 開けた口から舌を出して、オリエンタルなケリの匂いと味を確かめながら背中を這わせていくと、恐らく背中への愛撫に慣れていないのだろうケリからは、戸惑いが震えとして伝わってくる。 二度目にケリを抱いた時、俺は確か遠一にこう言った。 『前の男の躾が行き届いた躰だ――――』と。 その時の苛立ちは、ケリが男を1人しか知らないという稀有な現実に慰めを見出して自分を誤魔化してきたが、初めてケヴィンに会った時から考えが変わっていた。 そしてその決意が紛れもないものなのか、それを明確にするために、今夜、俺自身を試す――――。 「ケリ・・・」 呼びながら、肩にかかったドレスの一部に指をかける。 引力に従ってケリの身体からシルクのドレスが軽やかに音も無く滑り落ちると、肌色の背中が露わになった。 線が出ないように縫い目が工夫されている体にフィットしたブラのホックを外すと、ストラップレスだったそれは、絨毯の上にぽとりと落ちて・・・。 けれど今のケリには、それを気にして拾いあげる余裕はないだろう。 「く、ぁッ」 下着をずらし、指を挿し入れた泉の中を俺が深く探る度、ケリの腰が自然と揺れる。 最初の頃よりも、随分と快感に素直な体になった。 ガーターベルトを外しながら、目の前のケリの背中を、舌で舐めながらじっくりと確認していく。 きめ細かな手触りの背中のあちこちに紅い花びらを散らしながら、少しずつ唇で探し続け、 「!」 思わずキスが止まってしまった。 (――――これか) 左の肩甲骨の斜め下、そして、背骨から少し右寄りの位置。 どちらも、ブラのデザインで隠せる場所であり、それは肌色よりも薄い色で、知らなければ見逃してしまいそうな"過去の傷" 星型にも見える、無理やり皮膚を破った痕。 俺は生まれて初めて本物を見た。 ケリの肌に残る、2つの、 ―――――銃痕。 今の日本で普通に生活していれば、決して見る事は無かっただろう非日常の痕が、切ないほど愛しいと想う恋人の背中にしっかりと残っていた。 (ケリ―――――) 肩を少し強めに噛む。 肌色の肉が、愛しんだ俺の暖かい心とは裏腹に、冷たい性欲を挑発する。 「ッ・・・」 「ケリ」 傷を思い、心の中で悲痛にケリを呼びながら、それとは相反する強い言葉を意図して綴っていく。 「これは・・・、俺以外の男の匂いをつけたバツ」 「アキ、ラ・・・」 まるで俺の心を同時に代弁するように、泣きだしてしまいそうなケリの声。 「どうして・・・?」 ケリの混乱は同調するほどに理解できた。 これまで俺達は、ずっと見つめ合いながら体を重ね、向かい合ったままで何度も愛し合った。 一度だって、例外はなかった。 だからこそ、俺にとっては別の目的があったこのバックからの行為は、ケリを不安にさせるには十分だったはずだ。 「ケリ、挿れる」 「え、待っ、」 ケリの耳たぶを強めに噛んだ。 俺がプレゼントしたアレキサンドライトが、俺の唾液に濡れて行く。 律動して言葉を発する度、ソファにしがみつくケリの黒髪が揺れる。 「あ」 耐えきれなくなって絨毯に崩れ落ちるケリの体。 そんなケリの奥に見つけた一点に、俺の想いをすべてぶつける。 「ああッ!」 弓なりに体を仰け反らせ、痙攣したように震えた後、ケリの体から力が抜けて、無防備に倒れ込んでいく。 慌てて両腕で抱え込み、2人膝立ちで繋がったまま、呼吸が整うのを待った。 ブルリと再度震えたケリの体。 「・・・あ・・・」 何が起こったのか、ぼんやりと視線を廻している。 次第に意識が覚醒して、俺に後ろから抱きしめられていると気付いたようだった。 俺の腕を、縋るように掴んでくる。 背後から頬にキスをして、 「ケリ」 名前を呼ぶと、僅かに振り返って俺を見た。 「アキラ・・・」 そう唇を動かしたケリは、今までにないくらい美しくて―――――。 「綺麗だ――――」 露を孕んだ大輪の薔薇のように、吐息からもときめきが撒き散ると錯覚するほどに艶やかだった。 「あなたに、溶けて行くのかと思った・・・」 頬を赤らめてのそのセリフに、まだケリの中にいた俺が反応する。 「・・・ん」 「そうしたら、本当に1つになれたな」 「アキ、ラ・・・」 「このままいく?」 ケリの黒い瞳が、俺を横目で見つめていた。 「―――顔が、みたい・・・の」 ああ、 愛しさが、募る――――。 「お願い・・・」 「わかった」 俺が笑うと、ケリも安心したように目を細めた。 そのまま倒れ込むようにして絨毯に横たわり、ゆっくりとケリの身体を反転させる。 それに甘い疼きを覚えて眉を寄せるケリの唇に触れるようなキスをした。 1つになった場所の蠢く熱に、肌にじんわりと汗が滲んでくる。 抱え込むケリの膝。 時々乱れる短い息。 俺に揺すられて上下する胸。 首に廻されたケリの腕。 馴染む互いの汗に心が震える。 快楽とはまた違う、惚れた女と1つになる悦び。 「アキ、・・・あぁ、」 「ケリ、・・・く」 混ざった2人の熱が、俺たちだけのラストノート(香り)を迸らせてきた。 こうやって、ずっと一緒にいられたらと思う。 過去なんか元々、気にしちゃいない。 気になっていたのは、ケリの身体に居座り続ける男の影であって、俺はこうやってそれを打ち消せる。 何度でも、これから先、ずっと―――――。 「・・・あぁ、だめ、いっちゃ、アキラ、おねが、」 ツカマエテテ―――――― 快楽の世界に飛ばされそうになっていた筈のケリが、 つかまえてて―――――― 確かに律動に揺れる彼女の瞳が、そう語った。 掴まえてて――――・・・。 (もちろんだよ) 俺はほくそ笑み、きついほどに彼女を抱きしめた。 どんなにたくさんの過去があんたを束縛しようとしても、俺はそれ以上の束縛で、必ず守り切ってみせる―――――。 「愛してる」 俺の言葉を合図に、2人だけの世界に弾けて飛んだ。 |