天城氏のマンションに2人を送り届けて帰る途中。 通り抜けた繁華街を歩く人々は、始まったばかりの夜に期待を抱く顔ぶればかりで、それでも寂しそうに見えるのは、人工的なネオンのせいだろうかと思った。 信号待ちでキスを交わすカップル。 迷惑そうな、羨ましそうな、そんな周囲の反応。 「・・・クス」 記憶が連鎖して、バックミラーで思わず見てしまったケリと天城氏のラブシーンを思い出して僕は笑う。 最初はぎこちなかったケリも、随分と恋人と一緒に居る距離に慣れてきたような気がする。 相手が天城氏だからという事も最大の前提だろうけれど―――――。 およそ8年前。 ケヴィンに捨てられて絶望し、命を投げ出した僕に、彼女は言った。 『私―――支えがないと、もうこれ以上立っていられないの・・・。私を助けると思って、友人として傍にいて欲しい・・・』 涙目で笑った彼女は、酒と薬に溺れていた僕が久々に目にした、懐かしい光だった。 ケリに必要だったのは、息子の癒しでもなく、親友の厳しさでもなく・・・。 同じ男に捨てられたという、傷を舐め合える存在。 過去にしがみつくお互いを甘やかし、受け止める、そんな緩い存在――――。 けれど時間を重ねるごとに、僕達は普通に友情を育んで、信頼という絆を作れたと、少なくとも僕はそう考えている。 ケリの傍について7年。 その間、大なり小なりの出来事があり、僕なりに彼女を守ってきた。 一生、その関係は変わらないと天城氏にはそれとなく伝えたけれど、僕のボディガードとしての立場はケリの好意から確立されているものであり、平和な日本に居て、それはあまり意味を成す存在じゃない。 僕が何も言わない限り、彼女は多分、今後も、ためらいもせず僕を望むだろう。 でもつまりそれは、僕が選択できるという事でもある。 天城氏と出会い、女性として変わっていこうする彼女からの自立を、僕自身が思いやりをもって考えなければいけないタイミングなのかもしれない―――――。 言いようの無い、寂しさと、切なさ。 僕は生まれた頃から同性にしか恋愛感情を持たない生粋のゲイ。 けれどケリには確かに愛がある。 恋愛とはまったく違うけれど、これも、1つの失恋になるのだろう。 こんな夜は、1人で眠るなんて事は到底無理だ。 「・・・」 信号待ちのタイミングで携帯を取り出した。 さっきホテルであった男。 少し前にバーで出会い、その日のうちに、日本に来て初めて誰かに身を委ねた。 『さっきの男、出張ホストのタチの方だよな?』 天城氏のマネージャーである遠一はじめに言われた言葉を思い出す。 一瞬驚いたけれど、確かに素人にしては上質なアプローチだった気がして納得できた。 いつでも連絡してこいと言われたけれど、ホテルに居たと言う事は仕事だったのかもしれない・・・。 表示された彼の名前に、発信ボタンを押すのが少し躊躇われた。 その時――――― 着信を知らせる振動。 画面に表示された名前は、 遠一はじめ 「・・・」 何も感じず、不思議と、それを自然に受けた。 「はい」 『よお、お前、いま勤務中?』 「いえ」 『はは、だろうな』 僕の雇い主が天城氏に必然的に連れ去られた事をさしているのだろう。 「なにかご用ですか?」 『――――ふ』 ため息のような彼の笑い声が、耳に擽ったく届く。 『察してんだろ?』 僕はあえて何も応えない。 『――――今日は1人で居たくねぇ。できれば、相手はお前が良いと思ってな』 胸にくる、ストレートな誘い。 (参ったな――――) 「・・・遠一さん」 『なんだよ。まさかノンケだって吐き出す気か?』 苛立ったような口調を隠す事もしない、暴君振り。 「いま、」 ケリの事だけじゃない。 堕ちるほどに愛したケヴィンを近くに感じたせいもあるのか、温もりを欲しかったのは僕の方で――――。 「どこにいるんですか?」 誰かの胸に甘えるということに、期待を持てたのは久しぶりだった。 |