小説:ColorChange


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愛に形はありますか?
《 Acting.by ケリ 》

 「・・・」

 眠っていたのか、気を失っていたのか―――――。

 目を開けるとぼんやりとした記憶の隅で、アキラのマンションにいる事を思い出した。

 確か、入って直ぐのリビングで・・・。

 そこまで記憶が廻ると冷えたように感じていた体に感覚が戻っていく。
 リマインドだけで熱を持ち始める私の体は、もうすっかりアキラに染められたものだと思う。

 「アキラ・・・?」

 肌触りのいいシーツの上で反転して、アキラを探した。
 いつの間にか部屋は変わっていて、藍色のシーツが張られたベッドの上には私だけ。
 室内は外からの仄かな明かりだけで浮き上がっていて、その光が自然な月明かりのモノなのか人工的なものなのかは判断できない。
 大きなガラスの向こうには、ライトに照らし出される大きなL字のソファセットがあり、観葉植物が薄闇の中に輪郭を濃くしている。
 ベッドから立ち上がり、シーツを体に巻いて引きずりながら窓に歩み寄った。

 (中央のここだけ、天窓を使って採光しているのね)

 カタカナの"ロ"で間取りを設計されたフロアで、外からは決してパパラッチされない造り。
 "ロ"の中央にあたる目の前のテラス風のそこも、間違いなく室内で、けれど天窓には夜空が大きく見える。

 なんだか、心が静かになる―――――。
 包み込まれたように、穏やかになる。

 アキラらしい、アキラのプライベートゾーン。

 起きてすぐ、居るはずのアキラがいなかったのに、寂しいと感じたのが一瞬で済んだのは、ここにアキラの存在が満ちているからかもしれない――――。

 「・・・?」


 ふと、背後に気配を感じて振り返った。
 同時に、ドアがカチャリと開けられる。

 「――――ケリ、気付いたのか?」

 起きたのか? ではない確認の言葉に、やっぱり気を失ってしまったんだと分かる。



 アキラに揺さぶられてイった後の、あの底無しに落ちて行くような感覚はそうなんだろう。

 「ええ」

 頷いた私に、アキラはドアの縁にもたれかかるようにしながら尋ねてくる。

 「ピザ食べるか? 冷凍モノだけど」

 ラフな黒の上下のスウェット姿は、初めて見るプライベートの格好だった。

 「嬉しい、お腹すいてたの」

 私が言うと、アキラは目を細める。
 シャワーを浴びてきたのか、まだ濡れたままの黒髪と、その甘い目線から放出される妖艶な雰囲気。
 こんなオーラを帯びたアキラを、照れずに直視することはまだ私には難しい。
 見つめ合いながら、もう見ないでと思うのに、吸い寄せられて胸に飛び込みそうな自分がいる。


 「――――ここ、不思議な作りね」

 努めて話題を変えてみた。


 「ああ、――――向こうで食べよう。先に行って座っててくれ」

 "向こう"というのが、私が見つめていたテラス風の中央の部屋だと理解したのはアキラの顎がそう示したから。


 「分かったわ」

 返事をして、

 「あ、ねぇ、私の服――――」

 「クローゼットに俺の服が入ってる。好きなのを着ていい」


 言いかけた私を遮って、造りつけのクローゼットを指差す。

 「それとも、・・・他の男が選んださっきのドレスを着て、俺にもう一度嫉妬させる?」


 腕を組んで、真顔で告げてくるアキラ。
 首を斜めにして、その藍色の瞳にどんな真意が込められているかは明らかで―――――。

 さっきの火傷しそうなほどの情事を思い出して、私は反射的に首を振る。


 「ハハ、直ぐ行くから向こうで待ってろ」

 珍しく声をあげて笑ったアキラの手によって閉められるドア。


 「・・・もう」

 私も遅ればせながら微かに苦笑して、クローゼットへと足を向けた。



 ――――――
 ――――

 「ビールでいいか?」

 天窓を見上げながらテラス中央のソファに座っていると、トレイを片手に乗せてやってきたアキラが高さのあるビアグラスを差し出した。
 やっぱり四方を密閉するように囲まれている部屋だからなのか、声が少し反響しているような気がする。


 「ありがとう」

 まだ白く凍っている部分が残るグラスに、彼の一面(こだわり)を新しく知る。
 テーブルに置かれたトレイには、500mlの缶ビールが2本と、チーズとウィンナーがたっぷり乗ったピザ。


 「美味しそう。・・・これ、本当に冷凍?」

 「冷凍のヤツにチーズとウィンナーを追加した」

 「・・・凄い」


 これも驚きの一面。
 けれど意外じゃない。
 とても、アキラらしい気がする―――――。


 「――――ほら」

 開けた缶ビールを向けてきて、グラスを出すように合図される。

 「ありがとう」

 軽く乾杯をして喉に流すと、強めの炭酸が心地よかった。
 私の左隣に座ったアキラが、右脚をソファに乗せて私の方に体を向ける。

 「こっち向いて」

 ソファの背にビアグラスを持った右腕を乗せて、それを枕にしたアキラの言葉。
 私に放たれる射るような視線に、次第に鼓動が高鳴ってくる。

 「アキラ?」

 スッと左手が私の耳に触れた。
 指先で弾かれ、耳たぶの下で揺れるアレキサンドライト。

 「次は、コレも外して」

 「――――え?」

 「次にセックスする時。邪魔で仕方ない」

 真剣な顔で告げられたその言葉に、驚きが隠せなかった私。
 優しく目を細めて笑うアキラ。

 「――――傍にいるんだから、要らないだろ?」

 「・・・あ」

 離れていても俺の声が届くように―――――。
 アキラはそう言ってこのピアスをプレゼントしてくれた。

 だから、

 「次は外せよ」

 アキラのそんな命令に、

 「――――はい」

 素直に頷いて、私も笑う。


 「・・・」

 「・・・」


 静かな時間がこの場を包んだ。

 手を伸ばせば、アキラの膝に触れられそうな距離。
 お互いの呼吸音すら、聞こえそうな距離。

 心地よい沈黙。


 ――――愛する男性(ひと)と居る事が、こんなに安らかなものだなんて、私は知らなかった。


 目線をあげれば、私を見つめる藍色の眼差し。
 "愛される事"に飢えていた私に、言葉で、体で、そして形に示して、

 私に与えてくれた男性(ひと)―――――。


 「・・・聞こえた」

 俯いて、ビールの泡を見つめたまま呟いた私に、「ん?」とアキラが返してくる。
 そんな短い言葉と声にも、優しい愛を感じてしまう私は、すっかり彼を信じて溺れ切っている。

 左の指で、右のピアスにそっと触れた。

 「ケヴィンの言葉に取りこまれそうになった時―――――」


 『君の事を受け止められるのは、僕だけだ』


 そう言われて、倒れ込みそうになった私を、


 「あなたの声が、ちゃんと聞こえた」


 『そのピアスは俺の声を聴くためのものだ。他の男の声を受け入れるなよ』


 言葉1つで私に官能を与え、
 たった1つのピアスで、心に溜まった長年の澱をあっという間に濾過した男性(ひと)。


 「ちゃんと、聞こえた――――」

 再びアキラに目を向けると、

 「・・・アキラ」

 彼はとても、嬉しそうに目を細めていて、

 「好き・・・、とても」

 心に積み重ねた想いを言葉にすると、涙がうっすらと滲んできた。


 涙がどこから出てくるなんて、

 この愛情がどこから湧き出てくるかなんて―――――、

 アキラの傍では、それを考える事に意味はない。



 ケヴィンと居る時はいつもその理屈を考えていた。

 私が、今ここにいるのは何故だろう?

 涙で送る生活を支える、理由が欲しくて・・・。



 けれど、溢れてくるものにそんな理由が要らない事を、アキラが教えてくれたから―――――。

 ただ、ただ、

 「あなたが好き―――――」


 伝えた瞬間、アキラの優しい瞳が微かに震えたように見えて、私はまた、愛しさを募らせた。








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