右手に乗せたトレイにはオーブンで温めたピザと缶ビールを2本。 左手には2つの冷えたグラス。 キッチンから一番近いオーディオルームを抜けて、ケリが待つ中央のソファへと進んでいく。 ちょうど彼女の背後から近づく位置取りだ。 「お待た、・・・せ」 横に廻り込んで言いかけた言葉は、最後までトーンを保てなかった。 俺の黒シャツ1枚に身を包んだケリはソファに膝を抱えて座っていて、シャツが流れて見え隠れるする太腿のラインの白さが、夜目に眩しいくらい浮き上がっていた。 天窓を見上げて寛いでいる様子が、色っぽくて、可愛くて、どうしてくれようかと思う。 「――――ビールでいいか?」 声をかけると、ソファから両足を下ろして俺の方を向いた。 テーブルにトレイを下ろし、渡したグラスにビールを注いでやる。 「ありがとう」 軽く乾杯をして、グラスに唇と付ける。 立った泡に上唇が埋もれるのを見つめているうちに、彼女の細い喉が1度だけ上下した。 「美味しい」 満足気に笑って、テーブルに置かれたピザに目を向ける。 「・・・美味しそう、これ本当に冷凍?」 「冷凍のヤツにチーズとウィンナーを追加した」 「凄い」 ふふ、とまた笑い、ビールに口をつける。 耳のピアスが、揺れてキラリと光った。 ケリを愛撫するとき、自分がプレゼントしたものなのに、2人の間を隔てるモノのようで目障りだった。 (そういえば、結構舐めたけど、唾液に弱かったりするのか?) 手を伸ばして、ピアスを弾く。 驚いて目を見開くケリ。 「次は、コレも外して。セックスする時、邪魔で仕方ない」 「・・・」 薄暗くてはっきりとは判らないが、きっと真っ赤になっているんだろう。 「俺が傍にいるんだから、要らないだろ?」 離れていても声が聞こえるように送ったピアス。 「・・・はい」 短く答えたケリは、何を考えているのか、グラスの中のビールを見つめて俯いた。 暫く、まったりとして心地よい時間が流れた。 無音が苦しくない――――。 絶えず人目に晒されている俺が外界からすべてを遮断できるように造ったこのマンションも、知っているのは事務所の人間のごく一部。 ここは俺にとってはオアシスのような場所で、俺の原動力の一部と称っても過言じゃない。 だから滅多な人間には教えてこなかったし、過去に付き合った女達もここの存在を誰一人知らない。 それなのに、ごく自然に"ここ"にケリを招きたいと思ったのは、きっとこの結果が分かっていたからだろう。 俺のパーソナルスペースに自然に入りこんでいるケリという存在。 2人で紡ぐ時間に、心底から安らぎを覚えている俺は、 この沈黙にさえ癒される俺が描く未来は、 ―――――もう、1つしかない。 そんな事を考えながらケリに見入っていた俺は、 「・・・聞こえた」 不意に紡がれたケリの言葉が聞き取れなかった。 「ん?」 聞き返した俺に、ケリはさっきより長い言葉を口にする。 「ケヴィンの言葉に取りこまれそうになった時、あなたの声が、ちゃんと聞こえた」 「ケリ・・・」 俺を見つめてくるケリの瞳の潤みに、俺の心臓がドキリと鳴った。 「好き・・・とても、・・・あなたが好き―――――」 そう綴ったケリの唇はビールに濡れて光っていて、 俺を見つめる漆黒の瞳は涙で濡れていた。 耳元でうっすらと光るアレキサンドライトの鈍い紅。 ああ、 どうすれば、彼女の全てを俺のものに出来るのか。 言葉で耳を、 キスで唇を、 指先で髪を、 唇で肌を、 掌で頬を、 出来る限り、触れて浸食し、俺を覚えさせても――――。 SEXで体を、 気持ちで心を、 時間の許す限り、 "彼女の存在を確かめるように" "俺の存在を刻むように" 抱いても、抱いても、 初めて経験する俺の欲望が、ずっとその先に向かっている・・・。 天窓を見上げた。 深夜の空は、ガラスに映る室内の反射で本当の色を見せてはいない。 「――――ケリ」 返事の代わりに、衣擦れの音が聞こえた。 俺に顔を向けたんだろう。 意を、決した――――。 「ケリ」 もう一度名前を呼んで目を合わせる。 「そろそろ、12時過ぎたな」 「?」 台所を出る直前に携帯をチェックしたら23時40分だったから、そろそろ日付が変わった頃だろう。 不思議そうな顔をするケリ。 「気付いてなかったのか? 明けて、今日は24日だ」 「――――あ」 会えないと思っていたクリスマス。 ケヴィンからの招待で思わぬ事務所公認のスケジュール変更が出て、ラッキーな結果になった。 「クリスマス・イブだからというわけじゃないが、特別な夜にしたいと、今、思ってる」 「アキラ・・・?」 ケリの黒水晶が戸惑いに揺れていた。 不安・・・とも呼べる顔色。 もしかすると、「特別な夜にしたい」と言った俺の言葉の意味を、頭のどこかで理解したのかもしれない。 俺がこれから紡ぐ呪文は、明らかに、ケリのトラウマを刺激するモノ。 だからこそ、彼女には不安が先に来る。 俺は、持っていたビアグラスをテーブルに置いた。 念のため、ケリの手からもグラスを取って先に置いたグラスに並べる。 改めて向き合って、その漆黒の髪を手の甲で撫でた。 初めて見た時よりも毛先のカールが緩くなっている。 出会って1ヶ月と少し。 積み重ねた時間の分、変化もこうして2人のキャリアとして積み重なる。 そんな事すらも、相手が彼女だと喜びになるから不思議だ―――――。 「――――香織」 不安を隠すように握られていたケリの両手を取って、左の薬指にキスをした。 「次は、ここに指輪をプレゼントしたい」 「!」 見開かれたその目には、どんな意味が込められているのか、 「あんたと、」 それでも止まれない。 「こうしてずっと一緒に居たい――――」 たとえ、過去に脅えてNoと言われても、 「だから、その時は俺と」 ケリの誕生日の7月までには、 「結婚してくれ」 絶対にYesと、言わせてみせる――――。 |