小説:ColorChange


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愛に形はありますか?
《 Acting.by ケリ 》

 「クリスマス・イブだからというわけじゃないが、特別な夜にしたいと、今、思ってる」

 アキラがそう切り出した時、


 ドクン・・・ッ、


 自分の心がどう動いたか、私は嫌になるくらいはっきりと自覚していた。



 「香織」

 意思を以って、アキラが私の名前を呼んでくる。

 「次は、ここに指輪をプレゼントしたい」


 ・・・


 「あんたと」


 ・・・・


 「こうしてずっと一緒に居たい――――」


 ・・・・・待って、


 「だから、その時は俺と」



 ・・・・・・・アキラッ。


 無意識なのか、それとも演出の一つなのか―――――。

 私の左の薬指に何度も親指を擦りつけながら、アキラは真剣な眼差しで言葉を綴る。


 「――――――結婚してくれ」

 「・・・」

 女なら、好きな男性にこんな事を囁かれたら、至福のひと時に違いないはずで・・・。
 間違っても、今の私のように、黒く混乱してしまう事は無いんだと思う。


 私を真っすぐに見つめてくるその藍色の瞳に吸い込まれるままに、

 嬉しい――――――ッ!

 ・・・そう言って彼の胸に飛び込んでいけたら、このクリスマス・イブは、アキラの言うとおり、"特別な夜"になっていたはず―――――。



 でも――――――、



 こんなに、近くに居るのに、
 私とアキラの間に、大きな隔たりが見える。

 違う・・・。

 多分アキラからはそんな隔たりは見えていなくて、これは、喜びだけで走り出せない、私の問題。

 "結婚"という契約に対しての、

 私とアキラが持っている認識と経験の温度差が、蜃気楼のように、半透明の障害として立ちはだかっている。


 あんなに優しく、いつも愛しんでくれたケヴィンは、結婚して、たった1年で変わってしまった。
 恋人として"幸せな愛"を感じていたのは半年くらい。
 妊娠して、結婚式を挙げて、ルビを産んで・・・。
 あっという間に過ぎて行ったその1年が、私にとっての幸せな結婚生活。

 それから離婚が成立するまでの12年間、刻々と愛が色褪せていく様を、そして色を失って変形していく様を、私は片想いをしながら見つめてきた。

 "愛"が欠けた"夫婦"という名の契りがどれだけ空しくて残酷なものか、私は既に知っている。

 結婚をしなかったとして、もしかしたら恋人としての別れも同じ時期にやってきていたのかもしれない。

 けれど、


 恋愛の別れと、

 離婚とは、



 たぶん違う―――――・・・



 好きだという感情だけじゃない。
 人生を預けたいと全幅の信頼をおいて寄り添った筈の道を、運命の神様から叩き出されるあの絶望感。

 結婚しなければよかったなんて、後悔は思わなかった。
 けれど、人生が変わる事を覚悟して結婚を決意するほどに愛した人との"出会い"を一瞬でも恨んでしまうという、選択した道の先でのあの空虚な感情は、経験した人じゃないと、きっと分かってもらえない。

 ただ2人が別れればいいだけじゃなくなってしまう関係。
 家族や友人が結婚式で降らせてくれた幸せのシャワーを、悲しみの雨として結果を返さなければならない義務。


 「・・・リ? ・・・ケリ?」


 自分が泣けばいいだけじゃない。
 今度は確実に、ルビの事もその結婚生活のスタートから巻きこむんだから―――――。


 「ケリ!」


 グッと肩を掴まれて、私はハッと意識を現実に戻した。
 ぼんやりとしていた思考が霞を払っていくと、目の前にはアキラがいて、その厳しい眼差しに、私は一瞬怯んでしまう。

 「・・・あ、ごめ」

 思わず謝罪が口から出そうになったけれど、

 「何を考えてた?」

 アキラの低い声がそれを遮る。


 さっきまで優しい光に満ちていた藍色の瞳が、まるで憎しみを込めたように冷たくて、

 「ケヴィンとの事か?」

 けれど、その内側に孕むのは高温度の青い熱。

 「アキ、んッ」


 突然重ねられた唇。
 私の様子を窺う事も無く、彼の甘い舌が強引に口内に入ってくる。

 「んん、ッ」

 吸われた舌ごと呑みこまれてしまいそうな程に、容赦ないキスの貪り方をされているうちに、いつの間にかソファに押し倒されていた。
 アキラの大きな手が私の両手首を頭の上に固定して、身を捩るしか出来なくなった私の体を愛撫していく。

 「ケリ・・・」

 耳の傍で囁かれて、その呼吸が肌を刺激するだけで、痺れたように私の内側から熱情が湧き出された。
 躾けられた体が疼いて反応して、逃げ出そうとするのに彼の強い力がそれを許さない。

 「待って、まって、あ、・・・ん、」

 アキラの舌が、指先が、唇が、歯が、掌が、
 私の思考を真っ白にするために計算されて蠢いている。

 「アキ、ッ、あ、あぁ」

 考えないといけないのに、繰り出される愛撫に、じんわりと細胞が溶けだして、私の意思の全てが彼の支配下へと奪われていく―――――。

 「返事は今じゃない」

 アキラ・・・。

 「言っただろ? 次に、指輪を贈る時だ」

 抱えられる足の間に、

 「ケリ」

 アキラの吐息が熱くかかる。


 「あ、いや、ああッ」

 指と、舌が、私を激しく追い上げていく。

 「その時までには、一瞬も迷わないほどに」

 「ああ、や、・・・ッく」

 「心も体も」

 「アキ、ラッ」


 「俺だけでいっぱいにしてやる――――――」

 「あ、あぁぁッ・・・!」

 導かれた先に閃光を見る。

 私の身体が痙攣して跳ねる中、妖しく光る舌で自身の唇を舐め上げて、挑むように私を睨みつけていたアキラは、シャツの上から私の胸の先を挟んだ。


 肩で息をする私の様子を、アキラが上目のまま見つめている。
 ふ、と目が笑って、カリ・・・と甘噛みした行為が、私の体に新たな痺れを走らせた。

 「あぁッ・・・」

 痛みと、快感が、絡み合って私を襲う。

 「今度は、気を失わせない」


 ニヤリと笑うアキラ。


 「・・・え?」

 「珍しくこんなに時間があるんだ。悪いが今夜は、俺の気が済むまで抱く」


 嘘。


 「無理・・・」


 私がもたない――――。


 「アキ、」

 「無理じゃない。余計な事は考えずに、俺だけに集中しろ」

 「あ・・・ッ」


 挿入ってくるアキラの熱。
 揺さぶられる身体に、アキラのキスが無数に落ちてくる。
 あっという間に、その快楽に呑み込まれて、さっきまでの黒い塊は霧散したように姿を隠してしまった。

 「・・・はッ、ぁッ」

 狡いけれど、もう、今夜はそれでいいと思う。
 思いがけずアキラとこうして一緒に居られる時間を、出来得る限りは、幸せに綴りたい―――――。

 ただ、彼の熱情についていけるかは不安だけど・・・。


 「アキラ」

 意を決して、しがみつくように彼の首に腕を廻すと、

 「ケリ」

 嬉しそうに微笑んで、またキスの雨を降らせるアキラ。

 リズムを変え、力加減を変えて私を襲う快感の中、天窓から見える夜空には、ガラスに反射する人工の光がまるで星のように瞬いていて、


 「朝までに、気が済めばいいけどな・・・」

 ポツリと漏れたアキラの言葉に、私は思わず、祈りを捧げてしまっていた。








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