小説:ColorChange


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愛に形はありますか?
《 a flashback  》

 カツン、カツンと、ピンヒールがコンクリートを打つ音が響く。

 それを中心に、
 先を歩く軽快な足音と、
 それを慌てて追いかけた足音に、そして中心に残った時間を刻むような重い足音。

 そこから少し遅れた滑らかな革靴の音。
 その後ろから、警戒して背後を振り返る度に歩調を乱す靴の音。

 ショッピングモールの駐車場からやってきた一団の目の前には、モール内へ繋がる扉。

 【ママ! 早く!】

 クリーム色の髪をぴょんぴょんと跳ねさせながら線の細い小さな少年が自動ドアを潜ると、ロサンゼルスの太陽で暖められた空気を割るようにして、様々な香りが漂ってくる。
 店内を彩る飾りつけはバレンタインデーのもので、

 "大切な人に素敵な贈り物を・・・"

 そのバレンタイン当日ともなれば、前日よりは人波も引いていて、更に、平日のお昼という事もあって、いつもよりは静かだった。
 吹き抜かれた中央部から階下を見下ろせば、そこには無数の店と集まった人。
 最上階のこの駐車フロアには客は疎らで、これから乗り込もうとするエレベーターは、ちょうど上がってきている様子だ。

 ウキウキと呼び戻しボタンを押す少年。
 来月で5歳になる予定の少年にとって、ショッピング中のこの仕事は誇らしいらしい。

 【ルビ! だめよ、先に行かないで】

 【ママ、遅い】

 呼びとめる母親に、少年は仕方なさそうに振り返って、まるで天使のようだと万人に謳われる顔立ちの頬を膨らませる。

 【ルビ。パパに手を引いてもらったら?】

 【――――・・・うん】

 母親の提案に、何かを考えるようにして一度だけ俯き、ルビと呼ばれた少年は顔を上げ、母親の背後に向かってくる父親を見た。
 自分と同じクリーム色に近い金髪を靡かせて、彫刻のように美しい男はふわりと笑う。
 隣にいる優しそうな顔のボディガードも、つられたように笑みを浮かべた。
 それに気付いた母親は、一瞬だけ視線を逸らす。



 【ルビ】

 父親に名前を呼ばれたルビは、子供にしては冴え過ぎた脳で、

 "バカバカしい親子ごっこだ"

 とこれから演じる茶番を嘲笑ったが、背後にいる母親のために、

 【・・・パパ】

 笑って、健気に口を開こうとした。

 【僕の、】

 エレベーター前まで入りこんだ母親と、自動ドアを過ぎたばかりの父親と、その間に立つ息子と、それを守るように取り囲むボディガードが3人。


 チーン。


 エレベーターが開く。
 何気なしに、誰の顔も、そこに向けられる。

 【ママ・・・】

 肩越しに振り返ったルビの、まるでトパーズのような瞳のヒマワリが大きく開かれた。

 出てきた4人の男達。
 全身黒ずくめの、男達。

 スローモーションから、


 【フリーズ!! 動くなッ!】

 状況が一気に加速する。



 【きゃ!】

 駆け出してきた男の一人に体をぶつけられ、膝から倒れ込む母親。

 【ケリ!】

 慌てて彼女の手を差し伸べるボディガード。
 ルビの左右を、4人の男達が嵐のように駆け抜けた。

 その手には、鈍く光る"黒い塊"
 1人だけ、黒いスポーツバックを肩に提げている。


 【ケヴィン!】

 父親、ケヴィンの傍にいたボディガードがその名を叫び、反射的に彼を背に守りながら、慣習のように懐に手を入れた。

 【よせ! トミー!】

 母親、ケリを庇っていたボディガードの、そのトミーの行動を制する声。
 4人のうち、目敏くトミーの反撃の動きに気付いた男が引鉄を引いた。


 スキュン!

 サイレンサーで殺された音。
 それでも、弾丸が風を切る事は避けられない。

 胸から鮮血を撥ねさせて、それでもなお、ケヴィンを庇うように倒れ込むトミー。

 ドサッ、


 【トミーッ!】

 ケヴィンは、血を吐きながらも、自分を守ろうと床に押しつけてくるトミーを呼んだ。


 自動ドアを抜けて、駐車場へと飛び出した4人。
 振り返り、向けられた4つの銃口。


 【ルビ!!】

 立ち尽くしていたルビに、ケリが飛びかかる。
 放たれた銃弾から庇うように、



 スキュン、スキュン!

 【きゃあッ!】

 彼女の背中に跳ねる2つの血線。
 ルビを下敷きに、力尽きたように倒れ込んだ。


 【ケリッ!】

 倒れ込んだその上に、更に体を重ねる1人のボディガード。

 スキュン、スキュン、スキュン、スキュン!

 4人の男達が、遠くに離れて行きながら、絶え間なく打ちこんでくる銃弾が、

 何度も何度も、そのボディガードの体を揺らす。


 【シンッ!? シンッ!? どけ! トミー!】

 ケヴィンの狂ったような怒鳴り声が響く。
 意識を失ったらしいトミーの体は、細身ながら重くなり、なかなか動かせない。

 もう1人のボディガードが、うつ伏せたまま銃で反撃を開始した。

 ピシュン、ピシュン、


 【シンッ! シンッ!】

 涙でぐしゃぐしゃになった顔を隠す事も無く、ケヴィンが一心不乱にその名を叫んでいる。

 妻と子の名を呼ばないケヴィンに、最後の1人となったボディガードは、眉間に深く、シワを刻んだ。



 ブラッディ・バレンタイン

 銃撃戦がときおり見られるカリフォルニア州でも、ハリウッドスターであるケヴィン・モーリス一家を襲ったこの悲劇はそんな煽りワードがついて、世界を揺るがすビッグニュースとなった。

 それでも、昏睡状態だったケリが半年後に目を覚ます頃には、事件はすっかり世間から風化していた。


 犯人のうち1人は、ショッピングモールの駐車場でボディガードにより射殺。

 他2人は駆けつけた警官により射殺。
 残り1名は、逃走のすえ、現金と共に身柄確保。

 ショッピングモール内にあるキャッシュディスペンサーへの現金補充時を狙った犯行で、ATM設置場所では警備員3名が遺体となって発見された。


 計画的に始まり、衝動的な終焉という、
 犯人側を語るとお粗末なこの事件の被害は、


 ケリ・モーリス 重体

 トミー・グラム 重体



 シン・ホン ――――― 死亡。


 享年31歳。



 2月14日。

 チョコレートブラウンの髪と瞳。浮かべる微笑みが泣けるほど優しい男が、それぞれに思い出だけを残して散った日―――――。








著作権について、下部に明記しておりマス。



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