小説:ColorChange


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愛に形はありますか?
《 Acting.by ケリ 》

 ハッと目を開けると、見慣れない天井だった。

 テラス部屋へと続くガラス戸から入る、仄かな明かりだけで浮かびあがった室内。

 「・・・」

 少し弾んでいる私の息。
 腰に巻かれたアキラの腕。

 ここは、アキラのマンションの、寝室のベッド――――。

 「私・・・」

 見た夢は、あまりにも切ないもので・・・、
 そして、不謹慎かもしれないけれど、懐かしい・・・。

 一度、目を閉じて、息を吐く。

 それから再び目を開けて、聞こえてくる呼吸の気配にゆっくりと目線をやると、アキラの寝顔がそこにあった。

 初めて見た、アキラの無防備なその姿。
 ほとんど私の部屋で会う事になる短いオフの時間には仮眠すらも取らないし、もし寝ていたんだとしても、意識を失くす私はいつも彼の後に起きるから・・・。

 艶やかな漆黒の髪を指先で撫で、反応を見る。
 睫の影さえも美しいアキラの呼吸はとても深くて、自分の部屋だからなのか、やっぱりリラックスしているのかもしれないと思った。

 今度は、藍色のシーツの上を滑るように動いてみる。
 時間はかかったけれど、どうにかアキラを起こさずにベッドから抜け出せた。

 床に落ちていたアキラの黒いシャツを拾って羽織る。
 ガラス戸を開けると、カラカラという音が宵に響いた。
 テラスのように見えて室内のそこからは、特に風が入ってくるわけじゃないけれど、視界が開ける開放感はある。

 ついさっきまで、アキラと愛し合っていたソファへと、私は倒れるようにして仰向けに身を投げた。

 目の前にある天窓。
 その向こうは夜の空。

 チラチラと光って見えるのは、反射か、星か――――。
 さっき、アキラに抱かれている時も、同じような事を考えた。



 「シン・・・」


 "あの時"の事は、今でもはっきりと覚えている。



 私の下で震えるルビの小さな体。
 激痛が遠くなり、だんだんと冷えていく私の背中。
 私に重なり、放たれてくる全ての銃弾を体で受け止めて、今際の際まで私の事を守ってくれたシン・ホンの温もり。

 その優しさとは正反対の、血の匂い、

 ケヴィンの叫び、


 『ケリ・・・』

 消え入りそうな、シンの声―――――。


 ずっと、忘れていた。
 シンが死んでしまったという事実ではなく、

 シンが私にくれた言葉を・・・。


 さっき見た夢で、私は全て思い出した―――――。



 「シン・・・」


 歪んでくる視界。
 目尻から耳の後ろに流れ込む熱い涙。


 『あなたを愛したら、きっと幸せになれたわね―――――』

 いつだったか、冗談交じりで言った私。

 それを、


 『これから、きっともっと幸せになれますよ』


 苦笑してかわしたあなた。



 "本当の答え"は、

 あの時、

 最後の息で、教えてくれた。



 『僕・・・は、幸せ、だっ・・・た。・・・僕は、言えなかっ・・・けど、ケリ、・・どは』



 ねぇ、シン。

 あの時、どんな表情(かお)をしていたの?
 薄れていく意識の中で、背後から聞こえてくるのは、息も絶え絶えのあなたの掠れた声だけで、

 チョコレート色の眼差しがどんな風に私を見つめていたのか、
 私に優しい言葉だけを紡いでいたその唇が、どんな風に動いていたのか、


 私には何も見えなかった・・・。


 『愛の形は人それぞれだよ―――――』


 日頃からそう言っていたあなた。
 それは、私を見守る愛を貫いたと言う事なの・・・?


 『この数年、僕は幸せだった。君の・・・、君の傍にいれて、幸、せだった。・・・僕は・・・ッ、言えなかったけど、ケリ――――、今度は・・・、今度こそは、』


 シン―――――。


 『"愛してる"と伝えてくれる男に出会って、幸せになるんだ―――――』


 あれは、あなたからの愛の言葉だった。
 あなたが言えなかった、私への、"愛してる"の言葉。

 どんな思いでその心を秘めてきたんだろうと、考えるだけで胸が痛くなる。



 「――――ケリ?」


 名前を呼ばれ、私はビクリと現実に帰った。
 顔を覆っていた手を避けると、ガウン姿のアキラが傍に立っていた。

 「アキラ・・・」

 「泣いているのか?」

 膝をついて覗きこんできたアキラの指が、私の顔を濡らす涙を拭う。


 「アキラ・・・」



 俺と結婚してくれ――――・・・


 その言葉に、素直に応えられなかった私を、シンが後押ししているのかと思うほどのタイミング。

 手を伸ばす。
 アキラが身を倒して寄り添ってくれる。
 彼の首に腕を廻して、縋りつくように、彼の匂いを全身で感じる。


 『"愛してる"と伝えてくれる男に出会って、幸せに・・・』


 シン。

 私、出会ったわ。


 「アキラ」

 「ケリ? どうした?」


 私の何かを察したのか、アキラの腕に力がこもる。


 「離さないで、アキラ」

 「ああ」


 "愛してる"と伝えてくれる男性(ひと)に――――。


 「離さない」

 「うん」

 「愛してる、ケリ―――」

 「―――私も」



 愛し方は、人それぞれ。

 愛の形も、人それぞれ・・・。


 そして、

 記憶に残る優しいモノはすべて、誰かからの愛の形として、こうしてじんわりと心に残る・・・。




 「私も愛してる―――――」



 シン。

 10年越しに受け取ったあなたの愛にも、

 本当に、ありがとう―――――。








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